スマートニュース(東京・渋谷)のアプリダウンロード件数が堅調だ。2018年10月に3500万件(日米合算)に達した。その背景には巧みなテレビCM戦略がある。徹底した利用者調査で訴求すべき点を洗い出し、地方局へのテスト出稿で“勝ちパターン”を見つける。お笑いコンビ千鳥のテレビCMもこうして生まれている。
スマートニュースは、スマートフォン向けニュースキュレーションアプリ「スマートニュース」を提供する。テレビCMの活用といっても、単に大量出稿するばらまき施策を行っているわけではない。むしろ、その逆。テスト的に複数の広告クリエイティブを少額で地方のテレビ局に出稿し、その効果をデータで可視化する。緻密なデータ分析を行い、その結果からクリエイティブ、放送すべき番組、時間帯の最適な組み合わせを導き出す。この分析結果に基づき、放送範囲を広げることで広告効果の最大化を狙う。こうしたマーケティング戦略で、大きな成果を上げている。
統合マーケティングが必要に
「競合が先行してテレビCMを放送していたため、認知度に大きな開きがあった。サービス名の検索ボリュームには2倍近い差があり、これを逆転させることが命題となった」
スマートニュースのマーケティング責任者を務める執行役員マーケティング担当の西口一希氏は、こう振り返る。競合とは同じキュレーションアプリの「グノシー」を指す。グノシーはスマートニュースに先駆け、14年3月にテレビCMの放送を開始。キュレーションアプリとして高い認知度を獲得した。これに続く形で、スマートニュースもテレビCMを放送したものの、先行者との壁は厚く、認知度では後塵を拝していた。
では、デジタルマーケティングはどうだろう。スマートニュースはネットサービスを提供する企業ゆえ、データ分析のスキルにたけた従業員も多く抱えている。データに基づく効率的な広告配信は、実現できていた。しかし、ダウンロード件数が増えるにつれて、利用者獲得の難易度は上がっていく。その要因はやはり認知度の拡大にある。「認知の有無でネット広告の獲得効率は2倍の差が出る。利用意向がある見込み客であれば、さらに2~4倍、広告からのダウンロード率が高まる傾向にある」(西口氏)。つまり、スマートニュースの認知層を刈り尽くしてしまうと、残された非認知層を獲得するのが難しくなるわけだ。
この認知層を広げる手段として、テレビを活用する。若年層を中心に視聴時間が減っているといわれるテレビだが、今でも広告費用に対するリーチの効率は群を抜いて良い。テレビCMを効果的に使って認知を拡大することは、すなわちネット広告の獲得効率の向上にもつながる。テレビCMを巧みに使いアプリの認知を高めることで、結果的にネット広告の効率性も向上する。これにより、マーケティング全体の最適化につながる。
顧客層を5分類しニーズを把握
西口氏がテレビを活用するうえで最も重視するのが、広告クリエイティブだ。といっても、「面白くてネットで話題になる広告クリエイティブを作れ」と言いたいわけではない。「一番のファクターは、製品やサービスの持つ独自の便益をどう訴求するか」(西口氏)にある。
「伝えるべき便益がはっきりしていれば、それを伝えるための広告クリエイティブのアイデアはいくつも生まれる。ところが、マーケターの側で伝えるべきポイントが定まっていないと、広告代理店に丸投げすることになる。結果、コミュニケーションアイデアに頼った広告クリエイティブになってしまう」と西口氏は指摘する。コミュニケーションアイデアに頼った広告を西口氏は「広告を売る広告」と表現し、サービス利用にはつながりにくいと言う。その理由は後述するが、そういった広告表現に陥らないためにも、「まず製品やサービスの強力な競合優位性を見定めることが重要だ」(西口氏)と強調する。
その便益を見つけ出すために、西口氏はスマートニュースの利用者を5つに分類した。サービスを認知しており、(1)利用頻度が高い「ロイヤル顧客」、(2)利用頻度が平均的な「一般顧客」、(3)過去に使っていたものの今は利用していない「離反顧客」、(4)サービスを認知しているが利用していない「見込み客」、(5)そして「未認知客」だ。このうちロイヤル顧客と一般顧客に対して、認知経路や利用のきっかけ、継続利用のポイントなどについて何十人もの人に直接聞いた。
この利用者インタビューから浮かび上がってきた、スマートニュースを使う1つの理由が「海外ニュースを英語の原文で読める」という機能だった。英語の勉強のために、そうした機能が使われていた。確かに他社にはない機能だが、極めてニッチでもある。当然、そのポイントをテレビCMで打ち出すアイデアについては「社内からも、投資家からも反対にあった」(西口氏)。だが、「ニッチということは独自性の裏返しでもある」と西口氏は判断した。
広告が話題になっても売れないワケ
そこで、この「英語の原文が読める」というコンセプトについて、ニーズを調べるために調査を実施すると、便益と感じる項目として高い結果が出た。「英語ニュースというとニッチに感じるが、きちんと便益を伝えきれればマーケットニーズは大きい」(西口氏)ことが分かった。
これを根拠に、英語を原文で読める便益を伝えるテレビCMを女優の吉岡里帆を起用して制作。その他、これまで通りの「早朝に1分でニュースをまとめて読める」、さらにニッチに振り切った「将棋のニュースが読める」といったメッセージを伝える7つの広告クリエイティブを制作した。これを、比較的広告費の安価な地方のテレビ局で、同じ番組で放送して、クリエイティブテストを行った。
広告効果測定に使う指標は主に、「Google」で特定の単語がどれだけ検索されているかを分析できる「Google トレンド」での検索数の上昇度合いと、アプリのダウンロード数だ。西口氏はプロクター・アンド・ギャンブル・ジャパンやロート製薬で実務を通じてマーケティングを学んできた。その経験から、「テレビCMをきっかけに売れる商品は、CM放送後に製品やサービスでの検索数が必ず上昇する」と言い切る。
逆に言えば、どれだけ広告自体が話題になっても、製品やサービス名での検索数が増えない場合は売れない。これが、先述したコミュニケーションアイデアに頼った広告では、サービス利用につながりにくい理由だ。そのような広告は、往々にして広告そのものが話題になりがち。だから、西口氏はテレビCM放送後、すぐにGoogle トレンドでサービス名を検索して上昇率を見る。そして、「検索数が増えない場合は、その時点でクリエイティブとしては全然ダメ」(西口氏)と判断する。
さらに翌日、ダウンロード件数を突き合わせて分析する。この結果から、検索数が増加し、なおかつダウンロードにつながるクリエイティブを見つけ出す。西口氏は「テレビCMがダウンロードに影響を及ぼしたのは、放送後から数分」と設定している。結果としては、「英語の原文が読めるポイントを打ち出した広告クリエイティブは最も効果が高かった」(西口氏)。
“勝ちパターン”の見つけ方
次に、効果の高かったクリエイティブを近しい時間帯で他の局や、曜日で放送し分けていく。それぞれ、同様に効果測定を行うことで、広告クリエイティブ、出稿番組内容、局などの組み合わせから最も効果の高い“勝ちパターン”を導き出す。例えば、番組内容。視聴率が低くても、ダウンロードにつながる場合がある。これは視聴態度が重要になるという。「真剣に視聴されるような番組は実はダウンロードにつながりにくい。番組に集中していて広告の優先順位が低くなる。スマホを片手に見ているような番組のほうが、考えたり検索したりする隙がある」からだと西口氏は分析する。こうして見つけ出した勝ちパターンにのっとって、放送範囲を広げていく。
18年に開発して、テレビCMで強力に訴求する「クーポンチャンネル」も全く同様のプロセスで開発されている。「スマートニュースを使わない層へのインタビューをする中で、最も使われているのはマクドナルドなど、大手飲食チェーン店のアプリだった。しかも必ず、数週間に1度は使われている」(西口氏)。その目的はクーポン。つまり、クーポンチャンネルは既存顧客の利用頻度向上と、新規顧客の開拓の両方に効く機能であると考えた。
クーポンは「ニュース」なのかという議論も社内では巻き起こったが、「新聞の折り込みチラシの一種と考えれば、生活に必要な情報の1つであることは間違いない」と西口氏は結論付けた。ただし、あくまでトップページのニュース面を経由しないとクーポンチャンネルにはたどり着けない仕様にすることで、きちんとニュースにも目を通してもらうことを目指した。単なるクーポンアプリになってしまうことを避けるためだ。
この仮説は当たり、クーポンチャンネルを伝えるお笑いコンビの千鳥を起用したテレビCMは利用者拡大につながっている。その成果が評価され、CM総合研究所が発表した2018年度「消費者を動かしたCM展開 特別賞」にも選ばれた。
これを追いかける形で、グノシーにも18年12月からクーポン機能が加わった。独自性の追求は、競合とのいたちごっこでもある。かつて、ブランド認知度でグノシーを追った立場から、今度は機能面で追われる立場となったスマートニュース。さらなる独自の便益を生み出し、それを伝えるマーケティング施策に取り組んでいく考えだ。