フェイスブック ジャパンは2019年1月25日、山口県下関市との事業連携協定を締結した。2月20~21日にはセミナーを開催し、市民や地元の企業にSNS活用を呼びかける。高齢化や人口減少が加速する中、再開発やハコモノだけではなく、時代の変化を取り入れたソフト面の進化が自治体にも求められている。

山口県下関市とフェイスブック ジャパンは2019年1月25日に事業連携協定を締結した。写真は調印式の様子
山口県下関市とフェイスブック ジャパンは2019年1月25日に事業連携協定を締結した。写真は調印式の様子

 本州の西の端、関門海峡に面する港湾都市。歴史のある町の中では、ひときわ目立つガラス張りの建物がある。15年にオープンしたばかりの下関市役所だ。その会議室で19年1月25日、下関市長の前田晋太郎氏とフェイスブック ジャパン社長の長谷川晋氏が報道陣のカメラの前で協定書にサインを交わした。

SNSでインバウンド需要取り込み

 「中核市として生き残り、下関を希望の都市にするには、市民全体がオール下関でいち早く時代に適合し、変化していくことが最も重要」。前田氏はフェイスブック ジャパンとの提携の背景をそう説明した。05年に北部の豊浦郡4町と合併した当時の人口は30万人超だったが、現在は約26万人と高齢化の影響で次第に減っている。

 活性化に向けた突破口は観光業にある。下関は、名物の「ふく(ふぐ)」やアンコウ、ウニなど魚介類が豊富で、グルメ目的で訪れる観光客は多い。関門橋、巌流島、角島といった「インスタ映え」する観光スポットもある。同市を訪れる観光客数は現在は年間約700万人。22年までに観光客数1000万人に増やすビジョンを掲げており、観光業の拡大が重要な課題となっている。

 ここ最近は、外国人観光客からの注目度も高まりつつある。同市の中心部からほど近い、西側の沖に浮かぶ人工島「長州出島」は岸壁延伸工事が18年に完了。世界最大級のクルーズ船の寄港が可能となり、中国方面からの観光客が増えている。

下関市長の前田晋太郎氏はFacebookやInstagramの活用で市民を巻き込みつつ、「オール下関で時代に適合し、変化していく」と話す
下関市長の前田晋太郎氏はFacebookやInstagramの活用で市民を巻き込みつつ、「オール下関で時代に適合し、変化していく」と話す

 人口減少が進む中で、高まるインバウンド需要にどう対応し、発展につなげていくか。これらの課題に取り組みながら、「ネットの時代、AIの時代に適合した都市、世界につながる先進都市を目指す」(前田氏)ためにフェイスブックとの提携が必要だったとする。

400人収容ホールでセミナー

 フェイスブック ジャパンは地域の経済やコミュニティーを発展させる取り組みを拡大している。18年に「Facebook」日本語版の開始から10周年を迎えたことを機に、「日本固有の課題に対して、コミュニティーと技術で解決し、成長の機会にしていく」(長谷川氏)という目標を掲げた。18年夏に神戸市と提携し、SNSを使った中小企業のビジネス拡大などを目的としてセミナーを実施した。地方自治体との大型提携は、下関市が2例目となる。

 下関市では2月20~21日に、下関市民会館の400人が収容できるホールでセミナーを実施する。初心者向けにはFacebookや「Instagram」を使った基本的なマーケティング手法、中級者向けとしては、マーケティング課題の抽出方法、適切なKPIの設定、ターゲティング戦略の見極めなどを解説する。

 フェイスブック ジャパンとして今回初となる取り組みが、旅行・観光業に特化したセミナーだ。日本国内だけではなく、インバウンド客に対して、下関の魅力や観光資源をSNSでアピールしていく手法を伝える。18年6月、前田市長自らが東京・港のフェイスブック ジャパンを訪問して長谷川社長に直訴し、「すてきな料理や観光や歴史遺産の情報発信を強化したいという市長の話を聞いた」(長谷川氏)ことが提携につながった。フェイスブック ジャパンは、観光特化のセミナーを新設するという形で市長の思いに応えた格好だ。

「炎上」対策もアドバイス

 SNSの情報配信による安心安全の街づくりも進める。市民と行政をつなぐコミュニティーを作り、有事の際には安否確認や避難に関する情報提供などに使う。既に下関はFacebookやInstagramの公式アカウントを開設しているが、より効率的で魅力的な発信ができるようにフェイスブック ジャパンがサポートする。不適切な情報の配信による「炎上」対策の運用ルールをどう定めるべきかといったアドバイスもする。

フェイスブック ジャパン社長の長谷川晋氏は、一過性の取り組みではなく、継続的な成果を出していくことが大切という
フェイスブック ジャパン社長の長谷川晋氏は、一過性の取り組みではなく、継続的な成果を出していくことが大切という

 SNSを利用した観光振興の取り組みは他の自治体にも広がっている。例えば、新潟市は17~18年にInstagram上のフォトコンテスト「#新潟グラマー」を実施し、多数の投稿を集めた。政府が手掛けた例もある。内閣府は、沖縄の魅力を発見することを目的に、InstagramやTwitterなどを通して沖縄県の住民から写真の投稿を受け付けるサイト「OKINAWA41」を設けている。国土交通省は、伊豆半島や房総半島の写真をインスタグラマーや大学生が投稿するイベント「半島のじかん」を18年に開催した。

 自治体がSNSを活用したイベントを実施しても、その後、短期で終了してしまうケースも散見される。課題は取り組みを定着させ、着実に成果を出していくこと。フェイスブックと下関との提携は始まったが「まだ道半ばというより、道1%にすぎない。下関の皆さんと一緒にさまざまなことを試し大きなインパクトを出したい」(長谷川氏)と決意を示した。

【インタビュー】市長はヘビーユーザー、同世代の社長と意気投合

 下関市はフェイスブック ジャパンとの提携に何を期待し、どんな成果を目指すのか。自らがFacebookのヘビーユーザーという下関市長の前田晋太郎氏と、同市長から提案を受けて提携を結んだフェイスブック ジャパン社長の長谷川晋氏に話を聞いた。

下関市長の前田晋太郎氏(右)と、フェイスブック ジャパン社長の長谷川晋氏(左)が、日経クロストレンドの独占インタビューに応えた
下関市長の前田晋太郎氏(右)と、フェイスブック ジャパン社長の長谷川晋氏(左)が、日経クロストレンドの独占インタビューに応えた

前田市長はFacebookをどう利用していますか。

前田氏 私が11年に市議会議員に当選した直後から、Facebookを利用している。当時は、ちょうどSNSが流行し始めたころ。自分の活動や市政を、どう市民に伝えたらいいかを考えていた。偶然、そのときにFacebookを使おうと、ふっと思いついた。それから丁寧に自分の考えていることや、下関の情報を発信していくことで、次第にネット上でつながる友達が増えていった。今は1週間に2~3回は投稿している。「いいね!」は、多いときには1000を超える。

 横浜DeNAベイスターズ(注:前身の大洋ホエールズは、かつて下関を本拠地としていた)の1軍が下関に12年ぶりに帰ってきて、3月に試合してくれることになった。そんなうれしい情報を発信したときには、多数のシェアをしてもらっている。国会議員を含めても、私よりFacebookを使いこなしている政治家は何人いるか、という自負がある。

フェイスブックに提携の話を持ち掛けたきっかけは。

前田氏 大学時代の友人がフェイスブックの担当者を紹介してくれた。8年前にFacebookを使い始めてから、何か連携できたら、と考えていた。日本法人のトップに会うのは本当に夢だった。声をかけていただいたので、最大のチャンスだなと考えた。ぜひお願いします、と声をかけた。東京に出張するときに、長谷川社長の空いている時間があったため、6月にお会いできた。

長谷川氏 世代が近い(前田氏は76年生まれの42歳、長谷川氏は77年生まれの41歳)こともあってカジュアルに、いろんな話をしてもらった。観光の情報発信がしきれていないので、そこを何とかしたいこと。クルーズ船の停泊で外国人観光客が増え、市を盛り上げていることなどの話を聞いて、熱意を感じた。普段からFacebookを深く使っていただいており、人と人をつなぎ、情報発信をしながら議論ができるという特性を理解いただいている点も、話が進みやすかった理由の1つだ。

前田氏 名前の漢字が2人とも(下関で活躍した歴史上の人物である)高杉晋作の「晋」でしょう。すごいなと。まず話はそこから入った。運命的なものを感じた。

多数のSNSがある中で、提携先にフェイスブックを選んだ理由は。

前田氏 行政が発信するものなので、配信できる情報量のバランスが取れていないといけない。Twitterは芸能人の個人的なつぶやきを読むには面白いが、市としては適切な量のテキストとビジュアルを組み合わせて見せたい。その点で、自治体が使うにはFacebookが一番いい発信ツールだと理解している。だからこそ、自分でも市会議員の頃から愛用している。

長谷川氏 Facebookは実名を出して使ってもらうため、リアルな人のつながりに限りなく近い。市政としてしっかり情報発信し、震災防災にも役立てたいといった自治体には、使いやすいと言ってもらえることが多い。その一方で、ビジュアルは国境を超えやすい。食、旅行の情報などを世界に発信したいという自治体は、Instagramに興味を持ってもらうことが多い。

19年は下関の「勝負の年」

インバウンド需要をどのように拡大していきますか。

前田氏 当然、世界シェアが最大のFacebookだから、海外に発信できる魅力がある。例えば先日、香港からクルーズ船がやってきて、3000人がドーンと下関を訪問した。あるフク料理屋に話を聞くと、ランチ時間に10人くらいで来て、20~30万円をばさっと置いて帰っていったという。その人たちは、観光の雑誌に載っていた1枚の記事を見ただけで、ここで食べようと決めたという話だ。そうした情報発信を、今後はFacebookを使っていかに戦略的にやっていくかということだ。

下関市長の前田晋太郎氏のFacebookページ。自身の活動や下関市に関する情報を配信している
下関市長の前田晋太郎氏のFacebookページ。自身の活動や下関市に関する情報を配信している

 今回の提携で一番大事なのは、下関市とフェイスブック ジャパンが取り組むだけではなく、市民をいかに巻き込むかだ。市民の皆さんが、よーし波に乗っかろうと動き出せば、周りで見ている人たちも、気持ちが変わってくる。社員全員でFacebookに登録しようという会社が出てくるとか、そうした動きも出てくるだろう。私もこれからあちこちで呼びかけていく。今回の提携は、その起動の日にしていく。やるのなら徹底的にやるのが私の信条だ。

 自分たちの商売を盛り上げられることが分かれば、そこにエネルギーが生まれる。市民の中でFacebookを使い始める人が増えれば、市として提供する防災など安心安全のための情報も効果が2倍、3倍と上がっていくだろう。その相乗効果に期待したい。ゆくゆくは観光や防災だけでなく、福祉や育児などさまざまな情報を発信していくことになるだろう。

今後の目標は。

前田氏 2022年に観光客1000万人が目標達成の大きな柱になる。今年は勝負の年だ。ウオーターフロント開発で何十年ぶりかにホテルの誘致が決まる。大型クルーズ船の拠点港を目指して国に申請もしている。採択を受ければ、より多くの観光客がどさっと訪れるだろう。横浜DeNAベイスターズも来る。政治でやっぱり大事なのは、元気でやる気のある人たちに、エネルギーを与えること。Facebookは、そのための重要な存在となる。

(写真/菅 敏一)

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