デジタル技術の総合展示会「CES」において、2019年は大きな節目となった。日用消費財メーカー業界の巨人、米プロクター&ギャンブル(P&G)が初出展したからだ。電通で事業およびイノベーション支援を手がける森直樹氏がその背景を解説する。

CESに初出展したP&Gが展示した「DS3」は、水分量を減らすことでコンパクトなせっけんや洗剤を作れる技術
CESに初出展したP&Gが展示した「DS3」は、水分量を減らすことでコンパクトなせっけんや洗剤を作れる技術
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 筆者はP&GのCESへの意気込みを強く感じた。同社は、記者向け発表会とカンファレンス内の講演で情報発信し、比較的大きなスペースで展示もしていた。彼らはCESを「Consumer Electronics Show」ではなく「Consumer Experience Show」と捉え直し、“体験”をテーマにP&Gとテクノロジーの関係を広く発信したのだ。

 P&GのCDO(最高デジタル責任者)であるフィル・ダンカン(Phil Duncan)氏は記者発表会で、「我々は181年もの消費者向けイノベーションの歴史を誇り、イノベーションに関して新参者ではない」と語り、P&Gとテクノロジーの関係についてCESで広く発信する意気込みを示した。

P&Gが“破壊”を積極的にリード

 なぜP&GがCESへやって来たのか? その問いに対して、CBO(最高ブランド責任者)のマーク・プリチャード(Marc Pritchard)氏は、都市化、高齢化、資源の枯渇といった社会的・環境的な変化の圧力を受けたテクノロジーの飛躍的な進化が、消費者体験のあり方を変化させていると説明。こうした世界的な大きなディスラプション(破壊)を新たな体験を生む事業機会と捉え、同時に生活様式が大きく変わることがイノベーションの機会だと捉えていた。さらにプリチャード氏は、データとテクノロジーは、さまざまな問題の解決や、優れたカスタマイズを可能にすると期待を表にしていた。「今日の市場で成功できるか?」という質問に対して、「答えはイエスだ。ディスラプト(破壊)を積極的にP&Gはリードすることで対処している」と語った。

 また、同社の最高研究・開発・イノベーション責任者のキャシー・フィッシュ(Kathy Fish)氏は、「私たちは、消費者が商品、パッケージ、コミュニケーション、購買体験に求める最高品質のものを提供するために、“抗いようのない優位性”と言えるレベルまで高めます」と語り、そのためにイノベーションを起こす方法から改革をしているという。

 フィッシュ氏はその取り組み事例として、短期間で実用最小限の製品を作り顧客の反応を見ながら改善する「リーンスタートアップ」手法を採用した130件もの取り組みや、新たなパートナーシップの構築、起業家とのコラボレーション、P&Gが持つリソースを外部に開放するオープンイノベーションへの取り組みについて触れた。

P&Gのイノベーションの鍵を握るライフラボ

 P&Gはイノベーションを推進するために、ライフラボ(Life Lab)を運営している。CESでもその成果を紹介した。ライフラボは、「What if?(もし~なら)」をテーマに、科学とテクノロジーを、消費者への深い理解に組み合わせることで、消費者の日々の生活を改善するイノベーションを提供しているという。

P&GはCESでライフラボの取り組みを披露した
P&GはCESでライフラボの取り組みを披露した
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 ライフラボの成果として紹介されたのは、理容師の蒸しタオルを体感できるひげそり「Heated Razor」。そして、スキンケアブランド「Olay」では、1枚の自撮り写真からパーソナライズされたスキンケアアドバイスを得ることが可能な「Olay Skin Advisor」を提供。AI(人工知能)を活用した同サービスは、既に11カ国500万人のユーザーが体験しているという。電動歯ブラシ「オーラルB」では、何千人もの歯磨き動作で学習させたAIを搭載した「Oral-B Genius X」を紹介。ユーザーの歯磨きスタイルを瞬時に認識し、個々にフィードバックするという。高級スキンケアブランド「SK-II」による「Future X Smart Store」では、AIがショッピング体験をサポートする。

 そして、「DS3」は飛躍的な革新を目指すテクノロジーで、水分を除くことで、重量を80%、体積を70%、排気物質を75%削減したコンパウンド。洗剤やボディーケア製品として、クラウドファンディングサービス「Indiegogo」に出展している。P&GはIndiegogoを資金調達ではなく、市場からのフィードバックを得ることを目的に活用しているという。

 技術によるイノベーションに注力するのはP&Gだけではない。CESには、大手化粧品ブランドの仏ロレアルもヘルスケア用のウエアラブル「L’Oreal My Skin Track pH Breaks Cover」を出展していた。これは、ロレアルの研究部門であるロレアル・テクノロジー・インキュベーターが手掛けた最新技術のプロトタイプとして出展され、個人の肌のpHレベルを測定することで、カスタマイズされたスキンケア製品を生成するウエアラブルセンサーだという。

人の肌のpHレベルを測定する「L’Oreal My Skin Track pH Breaks Cover」
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ディープデータが次のビジネスに影響を与える

 CESの基調講演では、米IBM CEO(最高経営責任者)のジニー・ロメッティ(Ginni Rometty)氏が登壇。AI、ブロックチェーン、クラウドなどの技術がビジネスや生活に与える影響、変革を話した。ロメッティ氏は、テクノロジー業界の今後の焦点となる「ディープデータ」について触れた。

米IBM CEOのジニー・ロメッティ氏(右)
米IBM CEOのジニー・ロメッティ氏(右)
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 ディープデータとは、これまで収集も解析もされていなかったデータだと言う。例として、爪に貼り付けた小さなセンサーから得られる振動データなどから、パーキンソン病や統合失調症の診断をサポートしている事例を紹介した。ロメッティ氏は、データ収集による予測が効率的なビジネスを可能にするが、その鍵がディープデータにあると主張した。

 IBMの講演では、米デルタ航空のCEOであるエド・バスティアン(Ed Bastian)氏も登壇し、航空業界でのディープデータの重要性を語った。同氏は、テクノロジーが飛行機の欠航に関する問題の99%を解決したことを紹介した。その裏には、IBMが保有する気象データ会社の米ウェザーカンパニーとの協業によるディープデータの活用があるという。

 同講演には、米ウォルマートの食品部門の上級副社長チャールズ・レッドフィールド(Charles Redfield)氏も登壇。ウォルマートのブロックチェーン活用について触れた。ブロックチェーン導入前は、食品に関係するデータの追跡には7日間を要していたが、ブロックチェーンの活用はそれを2.2秒に短縮させたという。さらに、ブロックチェーン技術が提供する透明性が、関係者間の信頼関係を構築するのに役立ち、この要素はビジネスにとってさらに重要になると指摘した。

技術から体験を発信する場へ

 今回の取材を通じて、筆者はCESの変化の兆しを感じ取ることができた。もちろん5GやAI、新興領域としてロボティクスやヘルスケアな多くの技術革新や新領域が注目されていた。しかし、P&Gの出展や発信に象徴されるように、多くのセッションで技術そのものではなく、技術が作り出す“体験”が語られていた。

 そもそも、18年のCESでは、主催団体であるCTA(全米民生技術協会)が、技術単体ではなくエコシステムに注目することを提言していた。AIや5Gといった目玉となるテクノロジーが大きく前進し、脚光を浴びているが、先端的な米企業のトップ層はそうした技術の採用によるエコシステムや顧客体験の変革に目を向けている。日本企業も、顧客体験とエコシステムについて向き合う必要があるだろう。