資生堂創業の地である東京・銀座の中央通りと花椿通りの交差点。そこにリニューアルオープンしたフラッグシップストア「SHISEIDO THE STORE」が好調だ。デザインを手がけたのはnendoの佐藤オオキ氏。繊細な作り込みで濃厚な資生堂ブランド体験を実現。ファンづくりに成功した。
資生堂の製品が一堂にそろう同店舗は、ただ商品を販売するだけの場所ではない。エステティックやヘアメーキャップ、フォトスタジオでの撮影、個室での美容レッスンなどのサービスを提供。それに加え、素材にこだわったカフェの機能を持ったコミュニティースペースを用意。各フロアにはそれぞれの分野の専門家が常駐し、その技術を余すことなく顧客に伝える。狙ったのは、同社創業146年の歴史で培ってきた知見や技術、ブランド価値、文化的価値など「ここでしかできない体験」の実現だ。
同店舗のリニューアル(2018年1月)を指揮した資生堂の増塩由子氏は、この店舗を「世の中が大きく変わるなか、資生堂の変わらない価値を提供し続け、銀座から世界中にファンをつくるための場」だと位置付ける。資生堂の本店として、「SHISEIDO」や「クレ・ド・ポー ボーテ」などのプレステージブランドの価値を向上させることも大きな役割だという。
リニューアル後、もともと好調だった海外からの旅行者の来場客が前年以上に増加したのはもちろん、ここを訪れる日本人顧客も大幅に増加。リピーターも多く獲得し、一見客からコアなファンまでの幅広い層から支持を受ける施設へと進化した。その背景には、デザインによる問題解決があった。
花椿を店内のあらゆる場所に
例えばリニューアル前の店舗は、1階から2階への動線がエレベーターに限定されており、新店舗ではそこに階段を設けて、手早く買い物を済ませたい人は1階に、じっくりとカウンセリングを受けたい顧客を2階へと誘導。滞在目的に合わせたゾーニングを行い、ストレスを軽減するレイアウトに。2階へアクセスしやすいように入り口正面に大きく階段のスペースを取り、階段には資生堂の象徴ともいえる花椿マークのシルエットをかたどった手すりをオリジナルで作るなど、階段を上る行為を少しでも楽しくするようなデザインを細部にわたって作り込んだ。
実はこの花椿マークのシルエットは、手すりだけではなく今回のインテリアのあらゆる細部にちりばめられている。床、壁、テーブルやカウンター、カーテンの模様や鏡、照明など、店内で使われるパーツや什器のほとんどが、花椿のシルエットをモチーフに3次元化したものばかりだ(下写真)。
「こんなところにも、花椿のシルエットがある」。そんな発見が、店内を奥まで探検したくなってしまうような回遊性につながり、何度訪れても新しい発見ができる店舗になっている。花椿に囲まれた空間は、訪れる客を自然と資生堂のファンへと変えていく。
デザインを手がけたnendoの佐藤オオキ氏は「146年にわたる伝統と、常に新しい技術を追求し続ける革新的な姿勢。資生堂の2つのイメージが混じり合う場所を目指した」と、そのコンセプトを語る。「伝統」を象徴するモチーフとして花椿。そしてもう一つの要素である「革新性」を象徴するのが、椿油や化粧コットン、ファンデーションを内装の素材として取り込むという、挑戦的な素材活用だ(下写真)。
「繊細かつ徹底した作り込みを行ってもらい、その研ぎ澄ました高い完成度で、日本的な美意識を世界に発信できる店舗となった」。佐藤氏のデザインについて、増塩氏はこう評価する。
もう一つ、nendoと資生堂が目指したことがある。店舗が銀座の街と一体となるようなデザインだ。「都市はそれぞれに特徴を持っている。そんな都市の特徴を店内にも取り入れながら、一方で店舗のデザインが街に影響を与えるような、そんな関わり方をすることも銀座を代表する店舗として大切だと佐藤氏とは話し合った」(増塩氏)。
例えば2階のグリッド状に並ぶカウンターはその特徴が最も表現された場所だ。もともと同店舗に訪れる顧客は、家族や友達と一緒に来る場合が多く「対面式のカウンターテーブルではなく、正方形のテーブルを囲む形にしたほうがスムーズに接客できる」(増塩氏)という研究から生まれたもの。これをnendoは銀座の街並みのようにデザイン。椅子やワゴンなどの家具が、正方形のテーブルの中にぴったりと収納できるようになっており、銀座の街の整然としたイメージを店内のインテリアにもそのまま引き継いでいる。
花椿マークと化粧品、さらには銀座という街を通じて、ブランドにつながるさまざまな要素をまとめ上げ、ここでしか体験できない価値を「SHISEIDO THE STORE」はつくり上げている。
写真/Takumi Ota