史上空前の売り手市場になっている昨今の就職事情の変化を受け、“できる”学生を獲得したい企業側の採用活動にも変化が求められている。SNSの口コミ分析などデジタルマーケティングの手法を駆使した「採用マーケティング」に乗り出したパナソニックが、大きな成果を上げている。採用コンテンツのエンゲージメント数は以前の約5倍。その具体策とは。

パナソニックの採用ページ
パナソニックの採用ページ

 少子化を背景に近年の大学生の就職活動は、空前の売り手市場になっている。厚生労働省と文部科学省がまとめた調査によると、2018年3月卒の大学生の就職率(4月1日時点)は前年同期比0.4ポイント増の98%で、1997年の調査開始以降で過去最高を記録。大学入試さながらの“全入時代”が訪れている。

 一方で、優秀な学生を獲得したい企業の採用活動は熾烈を極める。2020年卒の大学3年生を例にとると、18年6月からのインターンシップ募集に始まり、19年3月からの企業説明会の解禁、20年卒の大学生が4年生になる6月には採用面接の解禁と、現在の採用活動は早期化・長期化している。その間、売り手市場を謳歌する優秀な学生は、複数の企業から“内々定”を獲得してギリギリまで天秤にかけるという状況で、目を付けた学生に振り向いてもらうのは容易ではない。

 そこで注目されているのが、「採用マーケティング」というジャンル。就活媒体に広告を出す、合同説明会に出展するだけだった従来の採用活動に加え、学生が高頻度で接触しているSNSの活用や、ネットの効果測定を基にしてエンゲージメントを高めていく施策を打つなど、デジタルマーケティングを取り入れた採用手法だ。ここ数年でベンチャー企業を中心に広がっているが、ついに大手企業も参戦し始めた。

 採用コンテンツに対する18年のエンゲージメント数が、17年の約5倍――。

 こんな目覚ましい実績を叩き出しているのが、パナソニックだ。同社は17年1月に専門の採用マーケティング室(現・採用ブランディング課)を設立。SNS上での認知、好意形成を支援する博報堂グループのスパイスボックスと組んで、パナソニックの採用系コンテンツの効果分析、世の中の採用トレンドの把握、競合比較を進め、それを基に採用広報をブラッシュアップしてきた結果だ。

パナソニックの採用関連のエンゲージメントが急上昇(スパイスボックス調べ)
パナソニックの採用関連のエンゲージメントが急上昇(スパイスボックス調べ)

 パナソニックは、就職支援会社による「就職したい企業ランキング」で、総じてランキングが下降傾向にあった。「就職先の候補として学生に想起されていない。また、大企業ゆえの事業内容の分かりにくさ、誤ったイメージや偏見があった」(パナソニック採用ブランディング課の杉山秀樹氏)のが課題という。また、同社の内定者のうち「情報発信が就職の決め手となった」と回答する人が以前はゼロだったが、今は3割程度に上るほどに急上昇しているという。では、具体的に何をしたのか。

ネットの“空中戦”が新卒採用の成否を握る

 パナソニックの採用マーケティングで主に活用してるツールは、スパイスボックスの「THINK」だ。これは、「いいね!」やシェア、コメント、リツイートなどFacebookとTwitterでの総アクション数、SNS上の口コミ総数から独自の「エンゲージメント数」を算出するもの。前出のエンゲージメント数約5倍という数字は、パナソニックの採用コンテンツが以前より学生などに格段に話題を呼んでいることを示す。一般的な指標であるPV(ページビュー)だけでは推し量れない、コンテンツへの“共感”を見える化するものだ。

 例えば、これを使ってパナソニックは広告出稿先の新卒採用メディアを選定した。エンゲージメント数による独自ランキングを作成し、「FastGrow」などの上位メディアに記事広告を出稿。同時にどんな切り口の採用コンテンツが高いエンゲージメントを獲得しているかを分析した。

 その結果、「キャリア選択の意思決定など、学生の不安と悩みにダイレクトにひも付くコンテンツが有効」(杉山氏)であることから、現役社員の生の声を届けるコンテンツを作成。それが11月にFastGrowに掲出した「『内定欲しいのに、まだLinkedIn使ってないの?』SNSをハックし、夢のキャリアを実現した男が教えるキャリア構築法」で、こちらのエンゲージメント数は1094に上る。また、同じくFastGrowに出稿した「ベンチャーからの大手転職組に訊く、『大企業オワコン説』は本当か?」もエンゲージメント数786と、高い水準に達する記事も出ている。ちなみに、採用マーケティングに積極的で学生に人気のメルカリの記事で平均のエンゲージメント数は400~500という。

パナソニックの採用ホームページ
パナソニックの採用ホームページ

 こうしてターゲット学生が知りたい情報を親和性が高いメディアやSNSで発信し、効果測定、修正を繰り返すことで、パナソニックの採用ホームページの閲覧数も急増している。しかも以前は募集要項と採用プロセスのページだけにアクセスが集中していたものが、生き生きと働く社員のインタビューや採用責任者メッセージのページが多く読まれるようになった。18年1月~3月の実績で、社員インタビューは前年同期比約9倍、採用責任者メッセージは同6.5倍という結果だ。「ベンチャー企業は楽しそうに働く人の姿をしっかり伝えているが、大手企業は情報発信が少ないぶん損をしていた。そこを変えることで、意図したトラフィックが生まれた」と杉山氏は話す。

 19年が始まり、20年卒の学生の就活に向けた情報収集は、これから最盛期を迎える。SNSを駆使する現代の学生に対して効果的にアプローチできるか否か。ネット上の“空中戦”が企業の採用活動の成否を分けるポイントになる。

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