2019年は流通小売業界のIT、AI(人工知能)活用が一気に進む──そうした予感が強まる取り組みが、セブン-イレブン・ジャパンやトライアルカンパニー(福岡市)から相次いでお披露目された。人手不足という切迫した社会課題の解決へ、業界こぞってIT、AIによる省人化へ大きな投資がされそうだ。
セブン-イレブンは2018年12月17日、画像解析技術を活用して“顔パス”で決済できる新業態の運営を、NECの東京・三田国際ビルオフィスの20階で開始。ディスカウントストア大手のトライアルカンパニー(福岡市)は18年12月13日に、夜間の完全無人化を実現した「トライアル Quick大野城店」の営業を福岡県大野城市で始めた。
セブン-イレブンの新業態には顔認証を活用したセルフレジや、AIがデータを解析して発注商品を提案する需要予測システムなどの新技術が取り入れられている。常駐する従業員はわずか1人。セルフレジの使用方法の案内や商品の補充、商品発注が主な業務となる。最少人数でも運営できる新業態の試験運用となる。
同店はセブン-イレブンが推進する「マイクロマーケット」戦略の一環と位置付けている。マイクロマーケットとはオフィスや大学、病院内といった小商圏を指す。セブン-イレブンは自動販売機型店舗も含め、そうした施設の一角への出店を加速させている。店舗を施設内に設置することで、さらに「近くて便利」な企業コンセプトを推し進め、市場シェアの拡大を狙う。「当社のビルの7階にも、高階層の従業員向け店舗を14年12月に開設した。1階の従来店と合算した売り上げを指数化すると、17年度は14年度と比較して1.6倍になった」(セブン-イレブン・ジャパンの古屋一樹社長)。
NEC三田国際ビル20階店はこれと同様の取り組みだ。入店にはNECの社員証が必要になる。三田国際ビル20階店の売り場面積は約26平方メートルで、通常店舗のおよそ6分の1程度。取扱商品数は約400で同7分の1以下だが、NECの社員ならわざわざ最下層まで降りる必要がなく買い物ができる。
三田国際ビルの地下1階には「セブン-イレブン三田国際ビル店」が既に入居しているが、1日の来店客数は延べ4000人に上り非常に多いという。昼食時にはセルフサービス型の電子レンジに長蛇の列ができてしまう。そこで、利用を分散化させる狙いで高階層で働く従業員向けに開設した。さらにNEC社員だけが利用する限定的なシチュエーションである特徴を生かし、NECと共同で新技術を取り入れた新業態として開発した。
社員証連動で給与天引き支払い
この新業態ではNECの技術を活用して利用者向けには利便性、従業員向けには業務改革という視点で新価値の創造を目指した。利用者向けに提供する価値のうち注目すべきはキャッシュレスへの対応だ。NECの画像認識技術を活用して、“顔パス”で支払いが完了する仕組みを導入した。
利用者は初回利用時に店内のセルフレジを操作して、自身の顔画像を登録する。セルフレジのカメラ機能で撮影した顔画像と、非接触ICカードの社員証の情報をひも付ける。ひも付けの完了後は、会計時に顔を認証するだけで自動的に給与天引きで代金が支払われるため、そのまま退店できる。会計時に自ら商品バーコードをレジに読み込ませる必要があるため、商品を手に取りそのまま退店できる「Amazon Go」ほどの衝撃はないが、それでも決済にかかる時間の大幅な短縮が期待できそうだ。また、2回目以降の利用は入り口のカメラがNECの社員と判断して、自動扉が開いて入店できるようになる。
初回利用者やプライバシーの問題から顔の画像を登録したくない場合には、カードリーダーに社員証をかざすことで入店や決済もできる。決済方法はまずは顔認証と、社員証の読み込みの2種類のみ対応する。今後、電子マネー「nanaco」やQRコード決済での支払いへの対応も予定している。
もう1つの利便性が商品提案だ。店内に設置した大型のディスプレーと、レジ前の小型のコミュニケーションロボット「PaPeRo i」を通じて来店者ごとに適した商品を提案する。具体的には画像解析で来店者の性別や年代を判定して、ターゲットごとに商品動画を流したり、ロボットがお薦め商品を紹介したりして“接客”する。例えば、20代の女性にはカフェラテを、30代の女性にはちぎって食べるパンを薦めるといった具合だ。運営開始時には8種類のコンテンツを用意しているという。
来店者に店舗がより便利になるシステムを提供する一方、従業員向けには効率的な店舗運営を可能にする技術が導入されている。NECが開発したAIによる需要予測もその1つ。天気、気温、キャンペーンなどのデータに基づき、AIが商品の発注量を決めて提案する。従業員はその提案を確認しながら調整をして発注できる。発注業務の時間短縮が見込めそうだ。
「ホワイトボックス型AI」とは
同システムの最大の特徴は「提案する発注量の根拠を管理画面で示せる」ことだとNECの常務でCTO(最高技術責任者)の江村克己氏は言う。もし、AIが通常よりも多い発注量を提案してきたとしても、販売増加の要因をシステム上でひも解ける。単純な例で説明すれば、おでんの発注量が多い場合、管理画面では「翌日以降の気温の低下が販売に影響を与える可能性が高い」といったことが一目で分かる。NECはこれを「ホワイトボックス型AI」と名付けている。データの演算処理とその結果がブラックボックス化しがちなAIのアルゴリズムになぞらえた名称だ。セブン-イレブンはこのAIによる需要予測を、三田国際ビル20階店の他、約30店に導入して試験運用をしているという。
生産性の向上を狙う従業員向けの取り組みではあるが、セブン-イレブンが目指すのはあくまで省人化であり、無人化ではない。「デジタルや機械でできる仕事は自動化して、従業員はより接客などに注力する。顧客との接点の近いところが人がすべき仕事になる」(古屋氏)。それが店舗の競争力につながるという。例えば、商品棚に取り付けるPOP作りなど「来店者に喜ばれるコミュニケーションや、陳列などに注力するためのイノベーション」(古屋氏)との考えだ。
三田国際ビル20階店は、まず1年間をめどに運営する。店舗を利用する従業員に対する満足度調査などを実施して、利便性を評価する。その評価などに基づき不要な技術を取り除いたり、新たな技術を取り入れたりして、よりマイクロマーケット市場に合った店舗作りを目指す。
夜間無人化で人件費4割削減
接客を重視し省人店舗にこだわるセブン-イレブンに対して、夜間限定ではありながらも無人化に踏み切ったのがトライアルだ。
新業態のトライアル Quickは24時間営業で、午後10時~午前5時の間はプリペイドカードかアプリのQRコードを店舗入り口のカメラにかざして入店する。決済は全てセルフレジで行う。さらに商品バーコードのスキャンを買い物のカートに付いた独自の端末か、スマートフォン向けのアプリで行えば専用ゲートを通過するだけでレジに並ばずに決済が完了する。レジの人員がゼロになったことで、人件費を4割削減できたという。ただし、オープン当初は夜間オペレーション構築のためのスタッフを配置し、たばこや酒を販売する際の年齢確認も行う。
バックヤードの無人化に向けた取り組みにも力を入れる。冷凍冷蔵ショーケースにAIを搭載したカメラを設置し、撮影した映像をディープラーニング技術で解析して、ペットボトル飲料などの在庫状態を1品単位で管理する。欠品をカメラが検知し、自動発注できるという。「以前は棚のブロック単位で陳列状態を認識していた。1個単位で欠品を認識できることで在庫管理の精度が上がる。スタッフへの補充指示も自動でできる」(トライアルの楢木野仁司会長)。
ショーケースには買い物客の行動を検知するためのカメラも設置されており、AIは来店者と従業員を見分けることも可能だという。このカメラの映像を基に年齢と性別を推定したうえ「買わなかったけど立ち止まった」「手に取った後に戻した」などといった「非購買情報」の取得もする。こうして解析した来店者の店内行動データと、店内に設置した200台のカメラの画像情報を合わせることで、品ぞろえや棚割り、クーポン配布の最適化に生かしていくという。さらに、「(心拍など体のデータを取得できる)バイタルセンシング技術を使って、買い物客の感情を見るのが次のステップ。だが、これにはデータの蓄積が必要」(ディープラーニング技術を提供したパナソニックのスマートファクトリーソリューションズの足立秀人常務)。
今後の取り組みを予感させる機能も見受けられる。それが、店内の全商品(約1万2000枚)に導入した電子値札だ。管理画面で設定するだけで、棚の値札に表示する値段の変更を可能にした。需給に合わせて価格を柔軟に変えるダイナミックプライシングの導入も見据えているという。
トライアルはこれまで衣食住全てを同じフロアで扱う大型店舗「スーパーセンター」をメインに出店してきたが、今回の店舗は約300坪のスーパーマーケットサイズ。「スーパーセンターは出店余地が限られており、新たなフォーマットとして小型業態が必要と判断した。19年には福岡や佐賀に10店舗前後出店し、将来的には年間50~100店舗を出せる体制にしたい」(楢木野会長)。
パナソニックも支援事業に本格参入
さらにトライアルではディープラーニング技術を搭載したカメラやレジ機能付きカートの低コスト化を進めており、これらのシステムの第三者への販売も検討中だ。来春にはその体制を整えたいという。ITを活用した新業態への参入ニーズの高まりを受け、支援ソリューション市場も広がりそうだ。
パナソニックもこの市場に名乗りを上げた。小売店でのデジタル技術を活用した新たな顧客体験の構築へ本格投資をする。同社は19年1月1日、350人規模の新組織「現場プロセス本部」を新設する。「製造業で培ったノウハウやロボティクスをテコにお客様のつくる・運ぶ・売るを革新」することに取り組む。
「売る」の領域では、小売店の店員の業務効率化の支援と、Amazon Goのような新たな顧客体験構築の支援の「両方に取り組む」とパナソニック コネクティッドソリューションズ社の樋口泰行社長は意欲を見せる。 空港などに導入しているAIによる顔認識技術などを小売店にも生かしていく考え。
同社は18年10月に、中国の火鍋チェーン海底撈(ハイディーラオ)の店舗に「自動おかず倉庫」を導入。注文に応じて食材が盛り付けられた皿を選んでトレーに並べる作業をロボットで自動化している。