カネボウ化粧品の子会社エキップ(東京・品川)は、化粧品ブランド「SUQQU(スック)」の店舗で、動画撮影ができるデジタルミラーを設置した。顔マッサージの指導を受ける様子を、顧客のスマホに送り、SNS拡散を狙う。2018年内の予約が数分で埋まる大反響を得ている。

エキップは、化粧品ブランド「SUQQU(スック)」の店舗でデジタルミラーを導入した。スタッフの指導を受けながら、顔のマッサージをする様子を撮影し、動画をスマホに送信できる
エキップは、化粧品ブランド「SUQQU(スック)」の店舗でデジタルミラーを導入した。スタッフの指導を受けながら、顔のマッサージをする様子を撮影し、動画をスマホに送信できる

 国内外の買い物客が訪れる東京・銀座の商業施設「ギンザシックス」の地下1階。豪勢な装飾を施し、最新の製品を並べた化粧品メーカーの店舗がいくつも並ぶ。

 2018年12月上旬、この店舗に東京都在住で45歳の女性会社員が訪れた。マッサージクリーム、メーク落とし、美容液、保湿クリーム、ファンデーション、口紅と、化粧品のほとんどをスックの製品でそろえる固定ファンだ。「マッサージ歴はもう5年。改めて自己流になっていないかチェックをしたかったんです」。

 店員からデジタルミラーの話を聞き、それなら試してみたいと、レッスンを受けた。今までは紙の手順表を見ていたが「自分のスマホで、しかも自分の顔で動画が確認できて正確なマッサージができるのがいいですね」と女性は評価する。

独自の顔筋マッサージをレッスン

 エキップは花王グループのカネボウ化粧品の全額出資子会社で、03年から大人の女性をターゲットとした化粧品ブランドのスックを展開している。ブランド創設以来の主力製品は「マスキュレイト マッサージ&マスククリーム」。価格は100グラムで6000円(税別、以下同)、200グラムで1万円。マッサージをする際の指どまりが良く、肌にうるおいを与えるクリームとして定評がある。

 このクリームの効果を高めるために、スックは独自の「顔筋マッサージ」を推奨してきた。映画界で活躍したメーキャップアーティストの故・田中宥久子さんがスックの初代クリエイターとして考案したものだ。額部、目の周り、口元、頬、フェイスラインなどマッサージは9種類。例えば、額部であれば、指の第一関節を使って眉毛の上の部分を数回に分けて押していく。従来はこのマッサージ手法を記載した紙を顧客に配布してきた。

 紙では微妙な位置などマッサージの手法を伝えきれない。そこでスックの店舗ではスタッフによる顔筋マッサージのレッスンを提供してきた。レッスンは無料で、メークオフからマッサージ、スキンケア、メークの手法まで1時間余りをかけて指南する。ただ、「レッスンを受けたときは効果を実感できるが、自宅では次第に自己流になってしまい、あまり効果が感じられなくなってしまう」(エキップSUQQUマーケティング部の夏目麻衣子氏)という課題があった。

スックの主力製品「マスキュレイト マッサージ&マスククリーム」。肌の美しさの土台を築くために、独自の顔筋マッサージをしながら使用することを推奨している
スックの主力製品「マスキュレイト マッサージ&マスククリーム」。肌の美しさの土台を築くために、独自の顔筋マッサージをしながら使用することを推奨している

 そんなときに花王グループのデジタル施策を検討する会議の中で、メモミラボ(米カリフォルニア州)のデジタルミラーが話題となった。メモミラボは、アパレル向けに試着した服の色を画面上で変化させるシミュレーション機能を持つミラーを開発したことで知られる。エキップはこのシミュレーション機能ではなく、メーキャップ用ミラーの録画機能に注目した。主力商品を普及させるためのツールでもある独自の顔筋マッサージと「スマホと動画の相性がいい」(夏目氏)と判断したためだ。

 ミラーの操作は簡単で、レッスンするときに画面下部のマッサージの種類を示すアイコンを店員がタッチするだけ。「どのスタッフも問題なくすぐに使えるようになった」(店舗スタッフでチーフコンサルタントの吉澤勇気氏)と、混乱はなかった。

 マッサージのレッスン後、顧客のスマホに専用アプリをインストールしてもらう。さらにミラーに表示したQRコードを読み取ってもらうと、動画をダウンロードできるようになる。レッスンで使った製品のリンクを表示し、同社のECサイトへ誘導する機能もある。

 マッサージを受けているときに、顧客がスマホのカメラで自撮りするという手もありそうだが「レッスン時には自分の両手でマッサージの練習をしてもらうので、自分で撮影するのは難しい」(吉澤氏)。ミラーのサイズはスマホ画面よりも大きいので、視認性がいいというメリットもある。

 現状では、スックの顧客情報とデジタルミラーのシステムは、ひも付けていない。花王グループのセキュリティー規定で問題がないかを十分に検証したうえで、連携は「将来的に考えていく」(夏目氏)。専用アプリを使ってQRコードを読むという手段でセキュリティーは担保しているが、念のため撮影から3日後にはサーバーから動画を削除する仕組みとしている。

1万円「諭吉ファンデ」がSNSで話題

 デジタル施策を進めるうえでは、他社との差異化も意識した。同じギンザシックス内でスックの向かいに店舗を構える資生堂は、17年夏から商品の使用方法や肌測定の結果を表示する「デジタルカウンセリングミラー」を導入済み。パナソニックも、銀座の体験型サロンで画像認識でしわ、毛穴、シミなどを検知して肌の状態を分析する「スノービューティミラー」を設置している。スックは診断ではなく、顔筋マッサージとミラーという組み合わせの独自性で訴求する。同時にスマホ活用に慣れた「20代のデジタルネイティブ層も狙う」(夏目氏)ことをもくろんでいる。

顧客のスマホに専用アプリを入れて、デジタルミラーに表示されたQRコードを読み取ると、撮影した動画をダウンロードできる
顧客のスマホに専用アプリを入れて、デジタルミラーに表示されたQRコードを読み取ると、撮影した動画をダウンロードできる

 スマホで動画を保存してもらうことで、正しいマッサージ方法を確認できるという顧客にとっての実利面に加え、エキップが期待するのはSNSでの口コミ効果だ。

 「諭吉ファンデ、買っちゃった」。ここ数カ月、美容に敏感な女性の中でインスタグラムなどSNSで話題になっているのが、スックのもう一つの主力商品であるファンデーション。価格は1万円と高価ながらも、肌のつやを高める効果が高いとされ、SNS上の投稿には1万円札の福沢諭吉から取った異名のハッシュタグが付けられる。

 18年10月に試供品が雑誌の付録になったことも影響し、使った印象を楽しげに写真付きで報告する女性がSNSで多数見られる。SNSは、それほど良いのなら高くても買ってみたいと思わせるブランド力を底上げする存在となっている。

 SNSの他にも美容情報を伝える人気YouTuberの動画を見て、「YouTubeで実演していたあの製品をください」と来店する客も多いという。ところがマッサージクリームはあくまで下地を整える製品で、他の化粧品と比べるとSNSで話題になりづらかった。エキップは、デジタルミラーのレッスン動画をSNSにアップする人が増えることを期待している。

東京・銀座の商業施設「ギンザシックス」の地下1階にあるスックの店舗
東京・銀座の商業施設「ギンザシックス」の地下1階にあるスックの店舗

 導入効果の兆しは見え始めている。18年9月に都内で開催したイベントでデジタルミラーを使ったマッサージのレッスンを提供したところ「これまではアイシャドーや口紅についてSNSで話題にする人が多かったが、マッサージで録画したよ、と体験リポートを書く人が増えた」(夏目氏)と言う。そうした影響もあり、18年12月から銀座の店舗でデジタルミラーを使ったレッスンを提供すると告知をすると、年内の予約約100人分が募集開始から数分で埋まったという。

 売り上げの変化など成果はまだ見えていないが、体験した顧客からは「最先端のサービスを受けられた、自己流のマッサージを見直すことができたという声があり、ファンの固定化につながっている」(吉澤氏)と評価する。今後は国内41店舗にも導入を拡大していく他、英国や台湾など海外の14店舗でもデジタルミラーの導入を進め「顔筋マッサージブームを起こしたい」(夏目氏)と意気込む。

(写真/花井智子)

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