岡山県を中心に24店舗のスーパーを展開するマルイ(岡山県津山市)が大手顔負けのデータ経営を始めている。BIツールを駆使して、社内のデータを統合分析できる体制を整えた。リアルタイムな販売状況の把握で商品在庫の適正に配置する実験を実施。精肉商品の売り上げを2割増加させた。2019年度にはこの取り組みを全店に広げる。
扉を開けると、ひんやりとした空気が漏れる。白衣に身を包んだ従業員が、黙々と肉を切り分けてパックに詰めていく。作業室と事務室は大きなガラスで仕切られている。従業員はそのガラスの先にある、大型のディスプレーを確認しながら作業を進める。ディスプレーに表示されているのはスーパーの肉売り場の映像と、各店舗のリアルタイムな商品の販売データだ。どうやら、今日は「鶏もも肉」がよく売れていることがデータから分かる。映像に映し出された店舗の肉売り場では、鶏肉のコーナーに立ち寄る人が多い。鶏もも肉の在庫が減っていることも確認できる。
ここはマルイが2018年3月に開設した「ミニプロセスセンター」と呼ばれる精肉商品の配送センターだ。毎日、午前6時、午後12時、午後4時の3回に分けて精肉商品を配送する。センター名に「ミニ」を冠しているのは、4店舗を対象とした試験的な取り組みだからだ。
粗利率は平均7~8%上昇
センター開設の狙いは機会損失の防止だ。店舗の販売データから商品ごとの売れ行きをリアルタイムに把握して、配送する精肉商品の在庫を適正化し、欠品による売り損じを防ぐ。データは1時間ごとに更新される。従来は各店舗の店長の経験則で発注量を決めてきた。これまでの店舗運営で培った経験に基づき発注をしても、欠品を招くこともある。現時点でも誤差が生じているのだから、今後多様化する顧客ニーズに対応するために、取り扱う商品が多品種少量展開に向かえば、人の感覚による発注では対応しきれなくなることは明らかだ。
そこで、経験則ではなくデータで裏付けすることで発注量を算出し、意思決定のスピードを速めて、生産性を向上する。それにより、顧客のニーズにきめ細やかに対応して満足度を高める。そんな次世代の小売業を見据え、マルイはデータ経営へとかじを切る。一足飛びにデータ経営へとかじを切ることは難しいため、まずはデータを一元管理できる体制を整え、活用できる施策から徐々に取り組み始めている。データに基づく中央集権型の精肉商品の配送は、まずは勝北店など4店舗を対象とした取り組みとしてすべり出した。
ミニプロセスセンターでは対象店舗ごとに50~60SKUの販売情報をリアルタイムに分析しながら、各便で店舗に配送する商品数を決める。台風直撃の直前など、翌日に備えて食材を買い込む顧客が多いときには急きょ売れ筋商品を、臨時の4便で送り込むといった対応もした。
試験運用の成果は上々。機会損失の防止効果は確実に出ており、店舗によっては精肉商品の売り上げが2割増加。「粗利率も4店舗平均で7~8%向上している」(プロセスセンター畜産部門の大森洋平マネージャー)。この成果を受け、19年度中に全店の精肉商品の配送を一手に担う大型プロセスセンターを設置することを決めた。
競合対策実施までの期間を8分の1に
マルイはこうした取り組みを実行するために17年11月、BIツール「Domo」を活用して、全社員がいつでもデータを確認できるプラットフォームを構築した。Domoに集約するデータは多岐にわたる。店舗の売り上げや在庫情報、35万人が登録する電子マネー機能付きカード会員の性年代別ごとの来店客数といった統計データ、カード会員の登録者数、電子マネーの利用率など、さまざまなデータを一元管理できる。これにより、データドリブンで売価や、店舗に配送する商品数などの意思決定のスピードを上げ、競合優位性を築こうとしている。
「少子高齢化、人口減少という課題を抱える日本市場では、データ分析から需要のある商品作りや、効率良く販売する取り組みで生産を高めていく必要がある」。松田欣也社長はこう危機感をにじませる。この危機感がマルイをデータ経営への変革へと向かわせた。
Domoの導入後は競合対策を実施するスピードも速まっている。「従来は、競合が店舗を開設してから、対策を打つまで2カ月近くかかっていた。それが1~2週間以内に打てるようになった」(マルイ常務取締役の中山益文営業本部長)。それを可能にしたのが、「地域別顧客の増減マップ」だ。
マルイは35万人のカード会員を保有する。会員は会計時にカードを提示すれば、購入金額に応じてポイントがたまる。マルイは会員情報と購買情報を統合的にデータとして取得できる。このデータを用い、競合店の開設前後で、町別にどの客層が増減しているかを把握する。著しく減少していれば、競合に顧客を奪われていると仮説を立てる。
例えば、若年層が大きく減少していれば「所得が低く、価格志向性の高い層が流出している」といった仮説を立て、そうした層を呼び戻すためのマーケティング施策を打つ。そして、その効果を購入者のデータから分析する。このようなPDCA(計画、実行、評価、改善)サイクルを回せるようになった。
とはいえ、これまでデータに基づくPDCAサイクルを回したことのない従業員が大半だ。そもそもデータすら見たことがない人が多数だろう。データ経営の推進には教育体制の強化も欠かせない。マルイはDomoの導入後、すべての店舗の店長にタブレット端末を配布。いつでもDomo上のデータにアクセス可能になったものの、「データを見て、すぐに対策や施策が頭に浮かんで実行できる店長はせいぜい2割程度」(松田氏)。そこで、教育専門部隊を設置。実際にデータを見ながら施策や競合対策を検討して、実行させることでトレーニングしていく。教育体制を強化することで、早期にデータに基づく施策を打てる体制作りを進める。
松田氏はこう警鐘を鳴らす。「日本のスーパーは、欧米に比べて過剰とも言えるほどのサービスを提供して、生産性をむしろ押し下げてきた。例えば、データの活用で需要を予測して、毎日の発注業務を週3回にする。そういった取り組みをして生産性を高める必要がある。さもなくば、小売業に明日はない」。