滋賀県庁の職員有志が、デザイン思考の手法で県民の本音から政策を考えるべき、と県知事に提言した。中核となったのは地元の「Policy Lab. Shiga」という任意団体。デザイン思考による新たな試みとして注目される。

Policy Lab. Shiga は、滋賀県庁の職員有志を中心とした政策研究プロジェクトだ。滋賀県民の未来を考えることを目的とした、若手職員が中心の非公式業務といえる。「行政の仕事は、与えられたスローガンや事務分掌だけにしばられがち。滋賀県では“対話と共感、協働で築く県民主役の県政の実現”という理念が県行政経営方針で定められているが、もっと組織の枠を越え、県民の本音を起点にした共感に基づく政策形成ができないか、考えた」と、Policy Lab. Shigaの筈井淳平氏は言う。本音といっても、アンケートや統計データでは分かりにくい。そこでデザイン思考に着目し、人間を中心とした考え方を生かそうとした。
滋賀県では三日月大造知事が2016年8月、デザイン思考の研究で知られる米スタンフォード大学のd.schoolを視察。デザイン思考の有効性を評価した談話を発表していた。「本県も人口減少局面を迎え、これまでに経験したことのない新たな時代に入っています」「“成長よりも成熟”“競争よりも共生”の社会づくりを進めていくためには、県政のあらゆる分野においてこれまでのやり方や考え方から脱し、県政に変革を起こしていく必要があります」「私たち行政もいま一度現場に入り、固定観念を排除して“本当の課題は何なのか”と課題を再定義し、たくさんのアイデアを出し合いながらその課題の解決に向けて挑戦していくことが必要だと感じています」といったものだ。
2030年の滋賀県民の悩みを4人のペルソナで示す
滋賀県庁内でもデザイン思考に対する意識が醸成されてきたなか、Policy Lab. Shigaの活動は17年7月にスタート。フェイスブックで呼びかけると予想以上に反響があったという。参加メンバーの関心に応じていくつかテーマを設定。アドバイザーとして東京大学ischool出身で滋賀県生まれの中山郁英氏に支援してもらった。今後滋賀県で暮らすには、どうすればいいかなどをデータやアンケートといった定量調査ではなく、デザイン思考の手法である観察やインタビューによって「本音」に迫った。
17年9月から18年3月までの7カ月間は第1フェーズとして、各チームが見つめたい相手の人物像を捉え、その人が滋賀で暮らすうえで抱えている問題を見つけた。「滋賀で働く人」「田舎を去っていく若者たち」「滋賀で育む子どもの居場所」「地域コミュニティと若者の接点」といった4つのテーマを打ち出し、「自分でない誰かになりたい13歳の男子中学生」「滋賀に移住した35歳の女性」など4人のペルソナ(架空の人物像)を描き、30年の滋賀県に暮らしている県民はどんな問題を抱えているのか、滋賀県に暮らす若者の苦労は何かなどを議論した。
さらにペルソナから明らかになった問題を解決するためのアイデアソンを、複数回にかけて開催。約3カ月かけてアイデアの検証と改善を繰り返し、より良い政策につながるようにした。例えば「滋賀に移住した35歳の女性」は孤立しがちなだけに、目的はなくても人が集まる場所を作るのはどうか、そのためには公園にもっと芝生を増やしたり、住宅街にいろいろなベンチを置くといったアイデアが出た。


滋賀県庁の制度を活用して提案を正式に発表
Policy Lab. Shigaの目標は個々の政策を議論すると言うより、県民の共感に基づいて政策を形成する「プロセス」を滋賀県の行政に反映していくことにある。今回のデザイン思考の取り組みは、そうした狙いにうまく合致したと判断。滋賀県の政策形成のプロセスに欠けているものは何か、その見直しに必要なことは何か、などをまとめて18年8月に滋賀県知事に向けた提言として発表。滋賀県庁の職員施策提案制度を活用し、県行政経営企画室に提出した。
提言には、滋賀県の行政方針の基本理念「対話・共感・協働」の姿勢について問題を提起した他、デザイン思考を政策の形成に生かせないかとした。さらに、組織や職務の壁を乗り越え、オープンな政策形成プロセスを重視すべきとした。11月5日には県知事との意見交換を行うまでになったという。
17年7月から約1年かけて行なってきたプロジェクトは、当初の目標が一区切りついたとし、解散した。提言に対する動きに注視しつつ、今後は職員のデザイン思考の実践を応援する活動へシフト。例えば年に3回、「行政にデザイン思考を活用しあう(しあいたい)人たちが集まり、そのノウハウや改善点を蓄積しあう場」を設ける。さらに年1回、初めてデザイン思考に触れる人にも取り組めるように、政策立案でデザイン思考を活用するトレーニングの機会を設けるという。行政でデザイン思考に取り組む人たちが、互いの実践や失敗、気付きを共有し、ノウハウとして蓄積していきたいという。

