パルコは2019年秋に東京・渋谷店のリニューアルオープンを控えている。この一大イベントに向けて、テナントの集客を支援するマーケティングサービス「デジタルSC(ショッピングセンター)プラットフォーム」を目下開発中。IoT、AI(人工知能)、MR(複合現実)を組み合わせて、購買体験のパーソナライズの強化を狙う。

パルコはVR、MRを活用して体験のデジタル化を目指す
パルコはVR、MRを活用して体験のデジタル化を目指す

 デジタルSCプラットフォームはデータとAIを用いて、顧客一人ひとりに合わせて商品提案をすることで、来店後の買い上げ率や館内の買い回り率を高める仕組み。「パーソナライズ」された購買体験の強化が最大の肝となる。渋谷店のオープンに併せて、構想する機能の一部から提供を始める計画だ。

 「最近(偶然の出会いを意味する)『セレンディピティ』という言葉をよく使うが、ショッピングセンターであるパルコの役割は来店者と、入居するテナントや販売されている商品の出合いの機会を創出すること」。

 こう話すのはデジタルSCプラットフォームの開発を主導するパルコ執行役の林直孝グループICT戦略室担当だ。

「新生渋谷パルコ」は2019年秋開業予定
「新生渋谷パルコ」は2019年秋開業予定

 これまではチラシなどアナログな施策が中心だったショッピングセンターとしての役割を、デジタルSCプラットフォームを開発することでデータとAIで強化する。パーソナライズされた利便性の高い買い物体験がパルコの魅力を高め、結果的に顧客とテナントの双方に対する価値提供につながると考えた。

パルコは2019年の提供開始に向けて目下「デジタルSCプラットフォーム」を開発中だ
パルコは2019年の提供開始に向けて目下「デジタルSCプラットフォーム」を開発中だ

オンラインとリアルのデータを統合

 デジタルSCプラットフォームで活用するデータは大きく2つ、1つはオンラインのデータだ。パルコが提供するスマートフォン向けアプリ「POCKET PARCO」上のテナントブログの閲覧履歴や、テナントの店頭在庫をネットから購入できるECサービス「カエルパルコ」の購買データなどを活用する。もう1つはリアルのデータだ。館内に設置したセンサーや、商品に取り付けた電子タグのRFIDで、顧客の館内での行動や商品の在庫情報などを把握する。これらのデータを統合的にAIに分析させて、データに基づきテナントや商品を推奨して買い上げ率や買い回り率の向上につなげることを目指す。

 このデータに基づく新しい購買体験をつくる打ち手の機能として、パルコはVR(仮想現実)、MRの開発に力を入れる。例えば、来店時にスマホのカメラを使い画面に館内を映すと、映像に矢印が重なるように表示されて、過去にアプリでお気に入り登録した商品の売り場まで案内してくれる。売り場までの道すがら、関心がありそうな商品をAIがコンシェルジュのようにお薦めして、セレンディピティを演出する。そんな機能が実現できれば、パーソナライズされた購買体験の提供につながる。

パルコ執行役の林直孝グループICT戦略室担当
パルコ執行役の林直孝グループICT戦略室担当

 VRやMRを活用した新しい購買体験を作るべく、パルコが協力を仰ぐのがVRベンチャー企業のPsychic VR Lab(東京・新宿)だ。同社と協力して、MRを活用したバーチャル空間が融合した新型店舗や、VRのクリエイターを発掘するコンテストなどを実施している。

 パルコが初めてVRを使ったサービスを世に送り出したのは17年3月のこと。米国のテクノロジーの大型イベント「サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)」に、20年後をテーマにした未来型店舗をPsychic VR Labと開発して出展した。この店舗ではゴーグルを付けた状態で商品を見ると、商品の左側を向けばその製造工程が映像で見られ、右側を見るとその商品を着古して味の出た様子を見ることができた。

 商品の誕生から、現在、そして未来という時間軸をその場で体験しながら買い物を楽しめるというコンセプトだった。その展示では閲覧した商品をカートに入れて、購入までできる機能は開発していなかったが、来場者からは「実際に購入はできるのか」といった問い合わせがひっきりなしに寄せられたという。単なる体験で終わるのではなく、実際の購入まで落とし込まれているサービスへの関心が高いことが分かった。

VOYAGE GROUPと共同でパルコの福岡店をバーチャル空間化した
VOYAGE GROUPと共同でパルコの福岡店をバーチャル空間化した

 同時期にはVOYAGE GROUPと共同でパルコの福岡店をバーチャル空間化。ゴーグルを付けることで、自宅にいながらにして遠隔で買い物を楽しめるVRコンテンツ「VR PARCO」を開発した。利用者は360度映像で店舗内を回遊しながら棚に目線を合わせて商品を選択すると、詳細な情報が見られ、さらにカートに追加して実際に買うこともできた。同コンテンツは実験的な取り組みではあったが、公開した17年3月22日~4月9日の期間で2万件を超えるアクセスがあり、そのうち想定を超える10%がカートに商品を入れた。ここまでは良かったが、カートに入れるだけで購入まで至った人はわずかだった。

2つの実験で至った結論とは

 これら2つの実験から林氏はVRの活用への可能性について、遠隔での買い物よりも、「リアルな売り場にMRで3Dの空間・表現を重ねた」(林氏)新しい購買体験を提供するほうが、高い価値になると判断した。確かにVRを活用した遠隔での買い物は、従来のネット通販とは異なる購買体験を提供できる。ただし、バーチャル空間である以上、販売員による「接客」が提供できないため、現時点では実店舗での購買体験を超えられないと考えた。将来的にはAIが音声で“接客”する時代も訪れる可能性もあるものの、購買体験の付加価値としての可能性が見えているMRの開発を優先した。

 この方針の下、17年9月にはリアル店舗でありながら商品の在庫を置かず、マイクロソフトのMRデバイス「ホロレンズ」を付けてバーチャル空間に並んだ商品を選び、その場でネット経由で購入するショールーム型の店舗を、東京・青山にあるパルコのセレクトショップ「ミツカルストア」に期間限定で出店した。ただし、この店舗では購入の段階で、iPadに持ち替えてから購入の完了をする必要があった。

 18年3月のSXSWでは、これをさらに進化させたデモ店舗を出展。ゴーグルで商品を選ぶと仮想のモデルの着ている洋服が切り替わり、着用イメージが閲覧できた。3Dスキャンで取り込んだ洋服の画像を用意することで実現した。さらにバーチャル空間内で購入できる機能も開発した。利用者がバーチャル空間上で購入ボタンを押すと、画面上に仮想のブラウザーが表示されるため、このブラウザーを操作して購入するといった機能だ。

 購買体験だけではなく「アート」や「カルチャー」とファッションの融合を重んじるパルコの理念もVRやMRで表現しようとしている。パルコは18年6~7月にかけて、VRのクリエイターを発掘する「NEWVIEW AWARDS 2018」を開催。Psychic VR Labが提供する、写真などを取り込んで立体空間を創作できるソフト「STYLY」で作った作品をグローバルで募集。7カ国から219作品が集まった。コンテストを実施することで、いち早く優秀なクリエイターを囲い込むのが狙いだ。

パルコは2019年の渋谷店のリニューアルオープンに向けて、17年から相次ぎVRやMRを活用した実験店を開発している
パルコは2019年の渋谷店のリニューアルオープンに向けて、17年から相次ぎVRやMRを活用した実験店を開発している

 クリエイターとの関係性を構築した先に林氏が期待するのは、顧客ごとにパーソナライズされた空間の提供だ。「売り場はブランドのイメージに合わせて、3年ごとに内装を刷新することが多い。もしMRが一般化すれば内装を変えなくても、来店者ごとに内装の見え方や聞こえる音楽をパーソナライズできる可能性がある」と林氏は言う。これもパルコの考える新しい購買体験の1つだ。

スマホに出遅れた経験が投資を加速

 もっともパルコはVRやMRが、すぐに消費行動を大きく変えるほどの即効性のある施策だとは考えていない。近い将来、購買体験に大きな影響を与える技術になると考えて投資を進めている段階だ。林氏はスマホの活用で出遅れたという意識が強い。パルコはいち早く従来型携帯電話向けのECサイトに対応して売り上げを上げた。にもかかわらずスマホはというと「対応が遅れるうちに、あっという間にスマホで買い物をする体験が、パソコンを追い抜いていった」(林氏)。

 想定以上のスマホの普及スピードに慌てたパルコは13年にサイトをスマホでの表示に最適化し、14年にはアプリを提供してオムニチャネルに対応するなど、スマホ対応を急ピッチで進めた。林氏は次世代の技術にいち早く目をつけ、研究しなければ競争優位性を得られないことを体感することとなった。

 「携帯電話が登場してから、スマホが普及するまで進化のスピードはどんどん早まっている。今はMRを体験するには専用のゴーグルが必要だが、これが一気に小型化するのにそう時間はかからないだろう」と林氏は予測する。今後、ゴーグルが小型化される、あるいは全く新しいデバイスが登場して誰もがMRを簡単に利用できる未来はそう遠くないと見る。そうした時代に向けて、テナントの誰もがVRやMRをマーケティングに活用できるようにデジタルSCプラットフォームの開発を進めていく。

(写真/山田愼二)