アマゾンの音声AI(人工知能)アシスタント「Alexa」を活用した、世界初の“AIボディーガード”アプリの開発が進んでいる。「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル」で、SDGsのゴールをAlexaで解決するハッカソン「Change for Good」で優勝した電通チームのアイデアだ。

ハッカソン「Change for Good」でのプレゼンの模様。マイクを持ってスピーチしている右側の女性が電通のコピーライター、濱田彩氏
ハッカソン「Change for Good」でのプレゼンの模様。マイクを持ってスピーチしている右側の女性が電通のコピーライター、濱田彩氏

 アプリの名称は「walk with me」。例えば、夜、自宅まで1人で歩いて帰ることが「心細い」と感じたら、「Alexa、一緒に帰ろう(Alexa, walk with me)」とスマートフォンに話しかけると、現在地を記録しながら目的地に到着するまで Alexaが会話をしてくれるという。Alexaとの会話にユーザーが一定時間応答しなかったり、「助けて!」など、あらかじめ設定した言葉で呼びかけたりすると、スマートフォンに内蔵している2つのカメラが起動し、同時に録画を開始する。その映像は、事前に登録している家族や友人、警察などの連絡先に同時送信されるという仕組みも盛り込む計画。いずれも実証実験を行い、実用化を目指すという。

 2018年6月に開催された「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル」で、SDGsのゴールをAlexaで解決するハッカソン「Change for Good」が行われた。walk with meは、そのハッカソンに参加した東京とフィリピンの電通チームが発表した企画だ。ハッカソンには審査を通過した世界各国の7チームが参加し、東京とフィリピンの電通チームが優勝した。優勝したら企画を商品化して18カ月以内に納品することもルールに盛り込まれており、まずはフィリピンで開発している。プロトタイプは年内に完成する予定で、その後、日本版にローカライズして商品化することも検討しているという。

授賞式の様子。東京とフィリピンの電通で結成した合同チームのメンバー。濱田氏は、全世界の電通で働く若手クリエイターが集まるクリエイティブ研修に参加。そこでフィリピンのクリエイターと交流したことがメンバーに選出されるきっかけとなった
授賞式の様子。東京とフィリピンの電通で結成した合同チームのメンバー。濱田氏は、全世界の電通で働く若手クリエイターが集まるクリエイティブ研修に参加。そこでフィリピンのクリエイターと交流したことがメンバーに選出されるきっかけとなった

路上での暴力をなくすために

 全チームに与えられたミッションは、人権問題に取り組むNGO団体「グローバルシチズン」が取り組んでいる課題をSDGsの1から6までのゴール(貧困をなくそう、飢餓をゼロに、全ての人に健康と福祉を、質の高い教育をみんなに、ジェンダー平等を実現しよう、安全な水とトイレを世界中に)のいずれかに当てはめ、Alexaを活用して解決すること。開催期間は2日間。そのハッカソンにフィリピンの電通からテクノロジストと2名のアートディレクター、コピーライターに加え、東京の電通からコピーライターの濱田彩氏が参加。5人編成の合同チームで取り組んだテーマは、SDGsのゴール5「ジェンダー平等を実現しよう」だ。

 男女平等というテーマで話し合うなかで、「夜道を女性が1人で歩くことは怖い」という話題になったという。実際、どういった事件があるか調べてみると、「例えば、大阪の警察署に届けられた路上でのセクハラに関連する事件は年間で数万件もあった。海外のデータもいくつも見つかり、世界中で同様の事件が起きていることが分かった」(濱田氏)。

 ゴール5の中には「暴力をなくす」という細分化されたカテゴリーもある。夜道での事件を踏まえ「どうやったら路上での暴力をなくせるか」というテーマに転換し、自分たちの課題に設定。Alexaでどう解決するか、検討を開始した。

プレゼン資料の一部
プレゼン資料の一部
右上の画像は、2つのカメラが同時に録画を始めることを説明している。カメラが起動した場所は「安全ではない、もしくは安全だと思えなかった」と判断できる。その位置データを回収すれば、防犯カメラや街灯を増やすなどの安全対策にも活用できる可能性があるという。アプリを介さず、SNSで「#WALKWITHME」とハッシュタグを付けてつぶやけば、その現在地データを回収できる仕組みも考えた
右上の画像は、2つのカメラが同時に録画を始めることを説明している。カメラが起動した場所は「安全ではない、もしくは安全だと思えなかった」と判断できる。その位置データを回収すれば、防犯カメラや街灯を増やすなどの安全対策にも活用できる可能性があるという。アプリを介さず、SNSで「#WALKWITHME」とハッシュタグを付けてつぶやけば、その現在地データを回収できる仕組みも考えた
開催期間中、参加した7チームのために準備されていたワークスペース
開催期間中、参加した7チームのために準備されていたワークスペース

Alexaは全ての人の守り人

 競合商品を探してみると、帰り道を見守るために「人と人をつなげるアプリ」はいくつもあったという。例えば、家族や恋人、親友など、事前に登録している人に「これから帰る」とサインを送り、モニターをしてもらうというアプリがある。夜、遅い時間にこそ必要なアプリだが、相手に負担を掛けてしまうという懸念もある。「家族や恋人、親友などの代わりをAIが果たすべきだと思った」と濱田氏。そして、世界初のAIボディーガードというアイデアが生まれたという。夜道が怖いと思うのは女性だけに限らないことにも気づいたという。男性やLGBTの人が襲われることは、珍しいことではないことも分かった。「当初は『Alexaは女性の守り人』だと考えていた。だが、『Alexaは全ての人の守り人』であるべきと、テーマを広げた」(濱田氏)。

 ハッカソンの参加者に与えられたワークスペースには、アマゾンやグローバルシチズンの担当者、グローバルで展開するクリエイティブエージェンシー、HUGEのクリエイターなどが常駐。濱田氏は積極的に企画を見せて意見を聞き、ネーミングやプレゼン方法などのアドバイスも参考にしたという。

 オープンスペースでのプレゼンテーションだったため、終了後に何人もの人から「素晴らしいアイデアだ」と声を掛けられたそうだ。東京の電通でも評判は良く、フィリピン版のプロトタイプを基に、日本版の制作に向けて準備を進めている段階だという。

 ただ、課題もある。18カ月以内の納品がルールでありながら、優勝しても予算が与えられるわけではない。電通フィリピンの場合は、チーフ・クリエィティブ・オフィサーのMerlee Cruz-Jayme氏がアイデアを気に入ったことから、自社で開発を進めているという。だが、日本版の制作予算をどう捻出するかは、まだ決まっていない。例えば、警備会社と連携するなど方法はあるはず。電通のネットワークを駆使し、日本でも商品化を実現したい考えだ。

●「walk with me」に搭載される主な機能(予定)
1:「Alexa、一緒に帰ろう」と話しかけるとアプリが起動。目的地に到着するまで現在地を記録しながら、Alexaが会話をしてくれる

2:Alexaとの会話に何秒間か応答しないなど、異変があった場合は、スマートフォンに内蔵する2つのカメラで同時に録画を開始

3:録画した映像は、事前に登録している連絡先(家族や友人、警察など)に同時送信する

(写真提供/電通)

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