山梨県の河口湖に2018年10月1日、ぜいを尽くした温泉旅館がオープンした。「ふふ 河口湖」だ。元々は静岡県熱海市に07年12月に開業しており、10年以上を経て2号店を出し、19年、20年と全国へ広げていくという。強気の背景には、供給過剰に見えて、1泊10万~30万円というリッチなインバウンド客好みの旅館が絶対的に足りない日本の現実がある。

「ふふ 河口湖」は全室が富士山を望むスイートルームで、天然温泉付き
「ふふ 河口湖」は全室が富士山を望むスイートルームで、天然温泉付き

 鳥の声、木々の葉音が耳に届く。河口湖の森の中に「ふふ 河口湖」はある。全室が富士山を望むスイートルームで天然温泉付き。浴槽には富士山の溶岩を敷き詰めてあり、遠赤外線で体がじんわり温まる。バイオエタノールの暖炉が室内を明るく照らす。

旅館は河口湖の森の中にある。あえて木を残しながら開発したリゾートだ
旅館は河口湖の森の中にある。あえて木を残しながら開発したリゾートだ

 コンセプトは「境界のない森のリゾート」。自然と一体化した空間をつくるため、あえて森の中に旅館を構えた。切り開いた木々や周囲の石もインテリアなどに姿を変え、再利用されている。

 「山のは」と名付けたレストランでは、まきと溶岩石を使って、四季折々の地産食材を使った創作日本料理をふるまう。ワインどころの山梨だけあって、赤、白、スパークリングはもちろん、旅館オリジナルのワインまで用意した。

甲州富士桜ポークを溶岩石にのせ、焦がしバター醤油で焼き上げた、その名も「溶岩」。ブルーベリーを添えた
甲州富士桜ポークを溶岩石にのせ、焦がしバター醤油で焼き上げた、その名も「溶岩」。ブルーベリーを添えた

 森の呼吸を聞きながら、ゆったりと過ごすもよし。星空観察会や河口湖のカヌー体験などのアクティビティーに繰り出すもよし。客室では、仏パリのスキンケアブランドsisley(シスレー)の「インルーム ラグジュアリー スパ」を受けられる。

「スモールラグジュアリー」

 価格は1泊9万2100~27万300円(税・サービス・入湯税込み)。客室数は32と絞る一方、1室の面積は60~135㎡とゆったりと確保し、「スモールラグジュアリー」というべき、空間を作り上げた。このスモールラグジュアリーこそが、ふふを読み解くキーワードだ。

 熱海のふふもまた、26室全てが源泉掛け流しの露天風呂付スイートルームである。客室の平均単価は8万~10万円だが、予約の取れない宿として有名だ。東京五輪をにらんだ建設ラッシュが続き、一見、ホテルや旅館は供給過剰に見えるが、実はこうした1泊10万円クラスで全室温泉付きの特別な体験を売りにする宿は、日本で最も足りていない。いわば、最後のブルーオーシャンといえる。星野リゾートの最上級ブランド「星のや」も日本では5軒にとどまっており、必ずしも客室に温泉はついていない。ふふは、至れり尽くせりの極上路線に振り切ることで二度、三度と足を運ぶような根強いリピーターを呼び込むことに成功した。

 熱海のふふを運営してきたのは、うどんチェーン「つるとんたん」でも知られるカトープレジャーグループ(東京・千代田)。2軒目のふふを展開するに当たり、パートナーとなったのが、都心でオフィスビルを数多く持つ不動産大手のヒューリックだ。ヒューリックが86.7%、カトープレジャーグループが13.3%を出資して合弁会社「ヒューリックふふ」を設立し、ふふの全国展開に乗り出したのだ。

日光、京都、奈良、強羅へ

 河口湖を皮切りに、2019年には熱海に別邸「木の間の月」を、20年には日光、京都、奈良、21年には箱根の強羅にふふを出す。ヒューリックの常務執行役員、髙橋則孝氏は「全部で10軒。三浦半島か房総半島か伊豆半島か。あと数軒は手掛けたい」と意欲的だ。いずれも、運営はカトープレジャーグループが担う。

 いずれも50室に満たない規模で、スモールラグジュアリーを突き詰める。「50室を超えると、料理を作り置きしなければならないなど、サービスのクオリティーを維持できない」(カトープレジャーグループ)からだ。

 ヒューリックの前身は、日本橋興業。1957年、富士銀行(現みずほ銀行)の資産管理会社として出発した。そのため、駅から徒歩数分の好立地にある銀行の店舗を多数持っている。

 創業50年の2007年にヒューリックと社名をあらため、翌年に東証1部に上場。増収増益増配を繰り返した結果、上場9年で売上高9倍超、経常利益5倍超に膨れ上がり、17年12月期の売上高は前期比34%増の2896億円、経常利益は20%増の618億円にも達した。

 会長の西浦三郎氏は昨年、「ヒューリックドリーム」(日経BP社)という著書を出したほど、目覚ましい成長を遂げ、株の時価総額では不動産業界で4位の6800億円余りになっている(18年10月9日時点)。

3Kのうち「観光」を開拓

 業績は好調ながら、なぜ、今、高級温泉旅館を手掛けるのか。ヒューリックの髙橋氏は「少子高齢化が進むなか、オフィスビル事業は頭打ちだ」と背景を語る。さらなる拡大に向けて着目したのが3K戦略。3Kとは、きつい、汚い、危険ではない。高齢者、観光、環境だ。

 高齢者は有料老人ホームや介護施設を手掛けること、環境は自然採光や自然換気など、ビルに環境性能を盛り込んでいくこと。3Kのうち、特に伸びしろがあるとみたのが、観光だった。

 少子高齢化が進む一方、リタイアしたアクティブシニアの間では、ちょっと高めの旅行が人気となっている。シティーホテルでも1泊3万円はする時代、夕食と朝食がついて天然温泉にも入れて10万円前後なら「ものすごく高いわけでもない」(髙橋氏)。さらに、東京五輪に向け、訪日外国人客(インバウンド客)が増えるなか、海外の富裕層をもてなすフィールドとして、地方に高級旅館が足りないと見て「都心から2時間圏内の温泉地」にターゲットを絞り込んだ。

 一方のカトープレジャーグループの加藤友康代表兼CEO(最高経営責任者)も、ヒューリックと手を組むことは願ってもない好機だった。河口湖は加藤氏が10年前に出合った場所で、いつかこの場所に旅館を造りたいと思ってきたという。「美しい日本の地で、1室1室違う空間を創造する。そして日本のおもてなしでもてなす。こうした考え方が、ヒューリックさんと合致した」(加藤氏)と振り返った。

 カトープレジャーグループは「熱海ふふ」に加え、「箱根・翠松園」、「ATAMI 海峯楼」と高級温泉旅館を複数手掛けてきたノウハウがある。一方のヒューリックは不動産企業として、豊富な開発実績を持つ。熱海ふふが10年の時を経て旅館ブランドとして一本立ちしたとみて、両社の力を合わせて「ふふ」を「世界のFUFU」として日本を代表する高級リゾートに育て上げるという。

「世界のFUFUへ」という思いを込め、「FUFU JAPAN」と併記した
「世界のFUFUへ」という思いを込め、「FUFU JAPAN」と併記した

 ただし、スモールとはいえ、世界に二つとない空間を作るにはそれなりの投資が必要だ。ヒューリックの髙橋氏によると、1軒当たりの投資額は30~40億円。10軒建設すれば300~400億円だ。ある程度の資金力がないと、これだけのスピードで開発はできない。スモールラグジュアリーが全国に広がらないゆえんでもある。

 ヒューリックにとっては、全物件の投資額に占めるオフィスビルの比率を現在の7割から半分に引き下げ、観光などの非オフィスで稼ぐ挑戦となる。カトープレジャーグループにとっても1カ所だけだったふふを数年で10カ所に増やすのだから、大きなターニングポイントだ。ふふが広がることは、すなわち日本の高級リゾートの裾野が広がることでもある。