「お水」「注文」「会計」などと側面に書かれた直方体の小さなブロックがテーブルに置かれている飲食店が徐々に増え始めている。エスキュービズムが開発・提供する飲食店向けソリューション「ねがブロ」は、用件が書かれた面を上にして置くと、リクエストがリストバンドを巻いた店員に伝わるIoTワイヤレスツール。人手不足に悩む外食のほか、工場の組み立てラインにも導入が広がっている。

用件が上になるようにブロックを倒すと店員のリストバンドに伝わる
用件が上になるようにブロックを倒すと店員のリストバンドに伝わる

 「ご注文がお決まりになりましたら、こちらのブロックを倒してお呼びください」――。

 JR埼京線北戸田駅近く、イオンモール北戸田内にあるイタリアンレストラン「パステルイタリアーナ」。買い物客でにぎわう週末、早めのランチを済ませようと入店すると、席を案内してお冷を持ってきた店員がこんな説明をしてくれた。

 テーブルの上には2.5cm四方×高さ5.4cmほどのブロックが、使い方が書かれた台座にセットされていた。ブロックの側面4面に「お水」「ご注文」「ピザお替り」「食後のデザート」、底面に「呼び出し」のアイコンシールが貼られていて、用件が上になるようにブロックを倒す。この指令が、手首にゴム製のリストバンドを装着している店員にBluetooth通信ですぐさま伝わる仕組みだ。

「ご注文」を上にして倒すと、店員さんが注文伺いに来た
「ご注文」を上にして倒すと、店員さんが注文伺いに来た

 ランチメニューの中からパスタとドリンクバーのセットを決め、「ご注文」と書かれた面が上になるようにブロックを倒すと、1分も待たずに「ご注文をお伺いします」と店員がやって来た。このお願いごとを伝えるブロック、「ねがブロ」を導入する飲食店が増え始めている。

 飲食店でよく見かける、ボタンを押して「ピンポーン」と鳴るコールベルと何が違うのか?

 コールベルの場合、3番テーブルのお客が押せば、表示板に数字が表示され、3番のお客が呼んでいることが伝わる。ただしその用件までは把握できない。席まで出向いてお水であることが分かり、ピッチャーを取りに行ってまた席に戻ることになる。ねがブロを導入していれば、この無駄な往復を排除できるわけだ。

 同店を経営するフードリーム(東京・文京)経営管理本部の田口雅規氏は、導入の成果について次のように語る。「1組のお客様に5~6回往復していたところ、1~2回は減らせている。顧客満足も高く、(推奨意向を示す)NPS(ネットプロモータースコア)が非導入店との比較で10ポイント以上高い結果が出た。横浜スカイビルや越谷レイクタウン、町田、長津田、橋本駅前など他店舗でも導入を始めた」。

システム開発元は飲食店も経営

 ねがブロを開発、提供しているのが、EC支援システムなどを提供するエスキュービズム(東京・港)。ECサイト構築運用システム「Orange EC」や、店舗運営支援アプリケーション「Orange Operation」を軸に、ECと実店舗の商品データや顧客データを基幹システムと連携させる“裏方”を担い、リテールテックカンパニーを標榜している。

 同社の薮崎敬祐社長は、「POSレジの導入で飲食店との取引が増え、外食業が抱える課題を見聞きしたことが開発のきっかけになった」と語る。

 同社がユニークなのは、外食・小売り向けのシステム開発にとどまらず、実業にも乗り出すことだ。2015年7月、東京都中野区の商店街「中野ブロードウェイ」にスイーツ専門店「雪見亭」を出店(現在は閉店)したほか、14年には自前のシステムで運用する自社ECの販売商材づくりのために家電事業を開始(今年5月に家電子会社の株式を他社に譲渡)。一人暮らしにマッチした省サイズで値ごろ感のある同社製品は「ルーム家電」として話題になり、ビッグカメラなど大手量販店でも取り扱われ、年商20億円規模にまで成長した。取引先の本業まで自前で手掛けることが、現場目線に立ったシステム開発、改善を可能にしている。

人手不足の外食をIoTが救う

 話をねがブロに戻そう。ねがブロ導入のメリットは無駄な往復の削減にとどまらない。客側の目線から見ても利点が大きく3つある。

 1つ目は静かであること。コールベルはピンポン音が頻繁に鳴るため店内が慌ただしく感じる。ファミレスはともかくとして、落ち着いた環境を提供する店舗でコールベルが鳴るのは興ざめだ。IoTワイヤレス通信でくつろぎの空間を演出できる。

 2つ目は、店員を呼ぶストレスの軽減。隣の席との仕切りを高くした半個室感のある店舗は、落ち着いて食事ができるものの、死角が増えるため、次の料理や食後のデザート、コーヒーを給仕するタイミングの把握が難しくなる。客が「そろそろ次の料理を」と思っても、近くに店員がいないと、立ち上がって通路側に出て呼びかけたり、通るのをしばらく待ったりすることになる。これは客側にストレスをかけていることにほかならない。お客側に意思表示を委ねることで、最適なタイミングでサービスを提供できる。

 3つ目は、同席者との会話が遮断されないこと。お水をもらう際、遠くにいる店員に「すみませーん」と声をかけ、呼び出した店員に「お水を」とリクエストするたびに途絶えていた会話が、ねがブロがあれば中断することもない。

 店舗によってブロックの側面に記載するリクエストは自由にカスタマイズできる。紅茶専門店では「差し湯」のリクエストを入れたり、外国人観光客の多い店舗では日本語、英語、中国語の3カ国語を表記したり、といった具合だ。料金は、ブロック10卓分とリストバンド4本、管理用のタブレット、台座・充電器などカスマイズを含めなくても優に50万円を超える。飲食店には大きなコストだが、運用次第では配置人員を減らすこともできるだろう。

 サービス業の理想としては、お客の要望を先回りして察知して給仕することが一流のスタッフの条件かもしれない。だが、高級料亭などはともかく、人手不足の折、少人数で現場を回す必要がある中でそれは難しい。店員の負担と客側のストレスを同時に解消するねがブロは、人手不足に悩む外食産業にとって頼もしい味方になりそうだ。

 無駄な往復に焦点を当てると、対象は外食にとどまらない。農機メーカー大手のクボタも工場にねがブロを導入し、組み立てラインで起こるトラブル内容の把握と対応に役立てている。クボタの従業員がねがブロ導入店で食事をした際、自社工場で活用できると思いついたという。

 イノベーションは必ずしも画期的な新技術や革新が伴う必要はない。ちょっとした不便や面倒に気づき、既存技術を組み合わせることで、作業工程を大幅に改善、効率化できる可能性がある。エスキュービズムの、取引先の本業に取り組んでしまうほどの現場志向は見習うべきものがある。