2018年4月17日から22日にかけて、イタリア・ミラノで世界的なデザインイベント「ミラノデザインウィーク2018」、通称「ミラノサローネ」が開催された。ソニーが同イベントに出展したのは5年ぶりだ。ソニーの展示スペース「HIDDEN SENSES」の来場者は2万5000人を超え、今年度のベストプレイフルネス賞にも選ばれるなど高い評価を得た。このHIDDEN SENSESの設計に、初めて本格導入されたのがVR(仮想現実)だ。現地に行かずとも、出展場所の構造をVRで詳細に把握。導線設計や、実装前のデザインの改善などに役立てた。

ソニーはデザインイベント「ミラノデザインウィーク2018」に5年ぶりに出展。展示ブースの設計に初めてVRを活用した
ソニーはデザインイベント「ミラノデザインウィーク2018」に5年ぶりに出展。展示ブースの設計に初めてVRを活用した

 VRの導入以前、ソニーでは展示スペースの設計段階でより多くの商品を展示したい事業部門と、来場者にストレスを与えない設計をしたいデザイン部門とで議論が擦れ違うことは少なくなかった。例えば、事業部門から「テレビを3台並べて展示したい」という要望に対して、「窮屈に見える」「通路を通りづらくなる」とデザイナーが言葉で説明しても伝わりにくい。そのため議論が進みづらいことが課題となっていた。

 ところが、イベント会場に出展する展示スペースや店舗のような空間をデザインする場合、製品のデザインとは異なり、設計段階で実物に近い試作品(モックアップ)は作れない。設計に携わる誰もが空間デザインについて知識を持つわけではなく、平面の設計書やモニターに映した映像では実際の展示ブースの完成像を想像しにくい。実際に施行した段階で課題に気づき、イベント直前になって修正を施すといったことも少なくないだろう。

 ソニーもこのギャップを埋めるために、「設計段階から具体的に空間を見てもらって、プレゼンテーションできる手段を模索していた」(ソニークリエイティブセンタースタジオ3ソリューションデザインチームの菊谷文孝デザイナー)。菊谷氏が着目したのがVRだ。設計段階からVRを活用して仮想空間として実際に体験することで、空間デザインの専門知識を持たずとも感覚的に理解が進み、同じ土壌で議論ができると考えた。

VRで再現したソニーの展示スペース
VRで再現したソニーの展示スペース

 それを実現するために活用したのが3D CADの図面データを取り込むだけで、自動的に実寸サイズのVR空間を作りだすクラウド型のVRソフトウエア「SYMMETRY」だ。VRソフト開発のDVERSE(ディヴァース、東京・渋谷)がβ版を無償提供している。既存の3D CADデータをそのまま活用できるため、新たな手間をかけずにVRを設計に活用できるのが特徴だ。VRゴーグルを着用することで、VR化した空間を自由に見て回れる。

 ソニーはこのソフトウエアを来場者の導線設計や、設計後のデザイン評価などに活用した。設計に携わる担当者が交代交代にVR化した空間を体験しながら、導線設計やデザインの評価を進める。具体的には順番にVRゴーグルを付けて空間を見ながら、改善案を言っていく。他の参加者は、VRゴーグル着用者の見ている映像を別途用意したモニターで確認しながら、意見を確認して議論を深めるといった具合だ。

ミラノに行かずに構造を把握

 VRは段階的に活用した。最初はミラノサローネの会場の構造の把握だ。「会場の写真を見せられても、どういうルートで展示スペースにいくか分からない」(菊谷氏)。そこで、建物の平面図を基に3D CADに直してVR化した。

 すると通常のルートでは、会場の入り口から展示スペースまではかなりの距離があることが分かった。さらに、展示スペースの入り口と出口が一カ所しかないことも分かった。「物理的に遠いと、よく分からないという理由で引き返してしまう人もいる。入る前から行列ができていれば、それが目に入った時点で来場を断念される恐れもある。さらに入り口と出口が一カ所では入場者と退場者がぶつかる可能性もあった」(菊谷氏)。このようなさまざまな課題が浮き彫りになった。

 そこで会場に入ってすぐ近くにあった非常口を、あえて展示のスペースの入り口として活用することで展示スペースまでの距離を短縮。加えて、展示スペースの出口まで一方通行で観覧できる導線設計を施した。入り口と出口が別々になることで、来場者と退場者がぶつかることも避けられた。

入り口は奥に行くに従って、非対称のハの字形であることもVRで事前に把握
入り口は奥に行くに従って、非対称のハの字形であることもVRで事前に把握

 導線設計だけではなく、デザインの設計段階でもVRは役立った。例えば、会場までの通路は奥に向かうにつれ、非対称に狭まるハの字形になっていることを事前に把握できたことで、ディテールにこだわったデザインを施せた。具体的には入り口の布地をつるす設計をしたものの、布地にロゴをプリントする際、すべてのテキストをセンターぞろえでプリントすると、見る位置によってはズレて見えてしまうことが分かった。そこで奥にいくに従って、プリントをずらすことでどの位置から見ても自然に見えるように修正した。細かな点だが、こうした緻密な設計が完成度の高い展示につながる。

 このようにVRを活用して議論を深めて、週1回の会議で修正点を確認。「アイデアを評価するのに助けになった」(菊谷氏)。こうして綿密に設計したミラノサローネの展示スペースは「施行後に現場が慌てるようなことはなく、イメージしたものを理想に近い形で作ることができた」と菊谷氏は振り返る。実際、クリエイティブセンター企画推進グループクリエイティブ企画チームでPR担当マネージャーを務める渡辺真理子氏は「VRで体験することで、空間デザインの知識を持たなくても議論の論点がよく理解できた」と振り返る。

 菊谷氏はVRを空間デザインの設計において「なくてはならないツールになりつつある」と評価する。VRはゲームなどエンターテインメント業界での利用が主立っており、ビジネスへの活用はまだ浸透していなかった。ソニーのような先進企業で活用が進むことで、今後、店舗設計など幅広い業態に広がりそうだ。

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