日産自動車は、デザイン業務の効率向上を狙い、VR(仮想現実)の導入を急ピッチで推進中だ。デザイン担当役員の執務室にもVR機器を常設し、デザインの意思決定に利用している。2018年内にもデザイン部門がある神奈川県厚木市の日産テクニカルセンターと海外の主要デザイン拠点をVRシステムで結び、グローバルなデザイン業務の効率化につなげる。

デザイン業務に積極的にVRを導入している日産自動車。外観やインテリアにも生かし、モデル作成の削減や確認時間の短縮といったデザインの意思決定に成果を挙げたという。これまではデザイン部門がある神奈川県厚木市の日産テクニカルセンター内で主に使用してきたが、2018年内にも海外の主要デザイン拠点をVRシステムで結び、グローバルなデザイン業務にも活用。さらなる効率化を進めていくことを明らかにした。「グローバル活用は試験運用の段階だが、十分に対応可能と判断している。18年内にも実運用へと進めたい」(グローバルデザイン本部デザインリアライゼーション部の磯聡志・主担)。
同社は情報システム部門やデザイン部門に加え、ITベンダーと連携しながら推進。04年からVRを活用し、10年からはCGを活用したデザイン開発にも着手している。現在はHPやエヌビディアのハードウエアの他、オートデスクのソフトウエアを利用している。IT投資額は非公表。原則としてITベンダーの製品を、そのまま導入しており、カスタマイズなど追加の独自開発はしていない。さらにVRの一環として「ハプティクス」と呼ぶ、いわゆる触覚技術についても研究中。ボタンを押す様子などを仮想空間でシミュレーションできないかと探っている。VRの活用に期待する製造業は多いが、どう使うべきか迷っているケースは少なくない。特にデザインの業務で大きく踏み込んだ例として、同社の試みは注目されそうだ。
インフィニティのコンセプトカー開発もVRで
VRが社内に浸透している例として、専務執行役員グローバルデザイン担当のアルフォンソ・アルバイサ氏の活用が挙げられるだろう。横浜市にある本社の執務室にもVR機器が常設され、いつでもVRでデザインを確認できる環境が整っているという。本社で業務している合間にもデザインを判断できるため、業務のスピードが速まった。


18年1月に米デトロイト市で開催された「2018年北米自動車ショー」で初公開した同社の「インフィニティ Qインスピレーションコンセプト」の開発にもVRを活用した。コンセプトカーだけにデザインの確認は重要課題だが、VRで何度もデザインを見直した後にモデルを制作したので、デザインがより精緻になったという。さらに技術面に加え、今までにないドライブ体験を提案できるよう、インテリアもVRを活用してデザインにこだわった。この他、車だけでなく展示会ブースのデザイン業務にも活用するなど、さまざまな場面でVRが威力を発揮した。


あえてリアルさを目指さない
多くの企業がVRの活用にためらう理由は、VRにどこまでのリアルさを求めるかで判断が分かれるからだろう。既存のデザイン業務の置き換えを狙おうとすると、やはりリアルさが欲しくなり、どうしても導入のハードルが高くなってしまう。「やはり実物を作った方がいい」といった声が上がれば、VRを活用する意味が薄れてしまいがちだ。そこで同社の場合、既存業務の置き換えではなく、新しい業務プロセスの一つとしてVRの活用を推進している。デザインの魅力を高めるために必要とする、今までにない取り組みといった位置付けだ。
「リアルさと比較しても意味がない。VRを活用すれば、極端に言えば、車を持ち上げて検証することもできるなど、リアルの世界では難しいことを簡単に実現できるようになる。VRの導入価格も以前と比べて格段に安くなった。費用対効果を考えても、実に多くのメリットがある」(磯氏)。実際、数千万規模だったシステムが、最近では100万円程度になった例もある。導入の敷居は下がりつつあるため、これまでより手軽に導入できそうだ。
「VR元年」といったキーワードが叫ばれ、ゲーム機などエンターテインメント分野で注目を集めるVR。だがビジネス活用で見ると、市場の広がりは今一歩のようだ。VRの活用は多くの可能性を秘めるだけに、ビジネス活用では従来とは違う評価軸も考慮しながら判断する必要がありそうだ。

(写真提供:日産自動車)