新しい商品やサービスを開発し、今までにない市場の創造が求められている日本企業。「イノベーション」の掛け声とともに、多くの企業が必死になって新たな分野を切り拓こうと探っている。そんな中、2018年3月に創業100周年を迎え、日本を代表するものづくり企業のパナソニックは、次の一手をどう打っていくのか。

パナソニックで家電分野を担当するアプライアンス(AP)社。開発現場やデザイン部門などを取材すると、新たな一面が見えてきた。「AI(人工知能)やIoTといった最先端技術の開発や導入はもはや家電でも当たり前。だが技術面だけでは、すぐに追いつかれ、他社との差異化は難しい。技術以外の“何か”が欲しい」――。開発担当者などに取材すると同様の答えが返ってくる。“何か”とはいったい何か。それを求めて苦悩し、格闘する姿は、多くの日本企業のヒントになりそうだ。
“何か”に向けた1つのキーワードが浮かんだ。それは外部との積極的なコラボレーションだ。社内だけにとどまらず、あらゆる場面で外部の意見はもちろん、人材までも取り込み、場合によっては協業も推進していく。外部とのつながりを強化することで、社内で見つからない“何か”を見つけるのだろう。そうしたパナソニックの姿勢の一例が見られたのが、米テキサス州オースティン市で開催された一大イベント「SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)」だった。
開発に新しい息吹を導入
SXSWは毎年開催され、回を重ねるごとに多くの日本企業の視線を集めている。18年は3月9日~18日の開催で、世界中から映画や音楽、インタラクティブ(デジタルコンテンツ、デジタルテクノロジー)といった各業界の専門家が集結。家電の開発者とは異なる意見を求めるため、欧米企業に交じって今年も日本企業のソニーやパナソニックなどが出展した。
SXSWが注目されるのは、製品や技術を単に披露する展示会とは異なり、町中のホテルやレストラン、公園など、あらゆる場所が「会場」となり、「セッション」と呼ぶ来場者と開発者の意見交換会が頻繁に行われるためだ。各分野の専門家と直接に会えるため、このセッションを楽しみに参加する開発者は多い。パナソニックは昨年に続いて市内のレストランを借り切った「パナソニック・ハウス」を設け、開発中の製品の数々を展示。レストラン内で開発者と来場者がセッションをする光景も見られた。


パナソニックからは主に「Game Changer Catapult(ゲームチェンジャー・カタパルト)」(以下GCC)と呼ぶAP社のプロジェクトメンバーが参加していた。家電分野を中心とした新規事業の創出と、それをリードする人材育成を目的に16年に設置。社内横断的な新規開発のプロジェクトである。これまで社内にない新しい事業を発案することを条件に開発を推進している。
SXSWでは今までの開発成果として、マルコメと協業したIoT技術を利用する自家製味噌づくりのシステム、資生堂からの協力も得て開発したインタラクティブに香りを体験するテーブルなどを展示した。さらには犬用の歯ブラシ、おにぎりを作るロボット、歯科のホワイトニングに代わって歯を漂白するための新デバイスなど、ユニークなアイデアとそれに基づくプロトタイプがあった。そこには、もはや従来の家電の姿はない。外部の力も借りた自由な発想に、多くの来場者が目を見張っていた。しかも、これらの多くが一般社員たちによって発案されたとは、驚くべきことだ。
GCCは新製品開発に向けたプロジェクトの事務局的な役割を担う。開発の主役は一般社員たちだ。毎年出てくる多くのアイデアをGCCで審査して開発案件として採用。発案した一般社員も、通常業務と並行して開発に参加している。GCCの存在は、一般社員の意識を確実に変えつつあるようだ。一般社員が変われば、従来の“家電”メーカーとは違う企業になっていくのかもしれない。
「新しい“KADEN(カデン)”を生み出すために、GCCが発足した。これまでのものづくりの枠組みだけでなく、顧客に新しい価値を提供することが企業の役目になる。そのためには、従来の“家電”メーカーであり続けることに意味はない」。GCCを推進してきたAP社事業開発センターの深田昌則GCC代表は、こう言い切る。既存の枠組みとは異なる開発プロセスが、社員の意識を変え、カデンにつながると期待している。こうした社員の意識を変える試みはGCCだけではない。開発を支えるデザイン部門でも始まった。



外部からいい刺激を与える
4月2日、AP社のデザイン部門の新拠点「Panasonic Design Kyoto」が京都市に設置された。滋賀県草津市のAP社や大阪府門真市のデザイン部門を移管したもので、草津市や門真市、そして東京にあるAP社の各デザイン拠点の新たな要(かなめ)となる。草津市と門真市の中間にあり、歴史や文化を感じさせる街として、京都市を選択した。約150人のデザイナーが活動する拠点としてはもちろん、開発者なども交えながらオープンイノベーションを推進する「場」としても利用していく。
そうしたデザイン部門の組織体制と関連し、ある1人のデザイナーがパナソニックに中途入社したことが、デザイン業界で話題になった。それが英デザインコンサルティング会社のシーモアパウエルでデザインストラテジストを務めた池田武央氏だ。新卒入社のデザイナーがほとんどの同社にとって、実績や経験がある外部のデザイナーを受け入れることは極めて異例だ。
もともとは池田氏にデザイン部門をどう改革したらいいかと相談したのがきっかけ。外部のデザイン事務所がどのように案件を手掛けているのかを知りたかったという。「その結果、社内のデザイナーの多くはプロダクトデザインが中心のため、デザイン戦略を立案できないし、リサーチャーもいなかった。プロトタイプを作るエンジニアもいないし、CMF(色、素材、加工)のスペシャリストもいなかった。いろんな穴が見えてきた」(AP社デザインセンターの臼井重雄所長)。
これまでのデザイン部門を見直すため、改革を提案した池田氏本人に白羽の矢が立った。池田氏の入社を皮切りに、社内のエンジニアをデザイン部門に異動させたり、リサーチャーやCMFの人材を強化したりしている。デザイン部門にエンジニアを在籍させるのも、同社にとって初めての試みだった。

池田氏はプロダクトデザイナー出身だが、フィンランドのアアルト大学で「戦略デザイン」の修士課程を卒業。このときデザイナーとエンジニア、マーケターが融合するチームの重要性を知る一方で、デザイナーの職能の狭さも実感。デザインコンサルタント会社では、インサイトによる情報収集から戦略立案まで一貫して担当していた。海外から有名なデザイナーを招く考えもあったが、それでは何も変わらないと臼井氏は判断。現在のインハウスデザイナーに良い刺激を与えるためにも、池田氏に入社してもらった。
池田氏の入社を機にデザイン部門内に“FLUX”と呼ぶデザイン統括部門を新たにつくり、池田氏が部長に就任した。FLUXには「流動」「流転」「絶え間ない変化」といった意味があるという。さらにデザイン部門は京都への移転をきっかけに京都大学工学研究科と手を組み、生活空間や家電製品のイノベーション創出に向けた協力関係を構築すると4月24日に発表した。その記者会見の席上、AP社の本間哲朗社長は「異分野とのかけ合わせがイノベーションに結びつくだけに、積極的に協業するようにしている」と述べた。絶え間ない変化が始まりつつあるようだ。
次々と協業を発表し、実験を繰り返す
デザイン部門だけではなく、折しも18年3月からは意外な組み合わせともいえる業務提携の発表が相次いだ。例えば、寝具メーカーの西川産業とAP社は、快適な睡眠環境サポートを目的とした睡眠関連サービスを共同開発すると宣言。眠りの知見を持つ西川産業と、寝室環境の重要な要素である温度や湿度、照明など制御技術を持つAP社の強みを生かし、新たな事業開発に着手する。
さらにカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)の企画協力の下、家電・住宅領域の新たな顧客接点となる「RELIFE STUDIO FUTAKO(リライフスタジオ フタコ)」を「二子玉川 蔦屋家電」に新設し、3月10日より営業を開始したことも発表した。書籍などで生活提案するCCCのノウハウを融合し、生活の質を高めるライフスタイル提案を行うという。記者会見ではパナソニックの津賀一宏社長とCCCの増田宗昭社長の協業姿勢が印象的だった。


その津賀社長がしばしば訪れる場所が東京・渋谷の一角にある。外見は雑居ビルに近いが、これこそが「100年先の世界を豊かにするための実験区」としてスタートさせた「100BANCH(ヒャクバンチ)」と呼ぶ「場」である。AP社ではなくパナソニック本体が手掛けている枠組みだが、目指す方向や狙いは同じ。開発を主導するメンバーは公募で選ばれた外部の若い世代たち。中には高校生もいる。開発のテーマはIoTだけでなく、昆虫や植物、ファッションなど幅広い。およそパナソニックらしくないテーマもある。
津賀社長は若者たちに交じって議論に参加し、ユニークな試みがあれば社内の人材との接触も促す。実際に、そうした例が出てきている。パナソニックは新しい変化に対応すべく、さまざまな手段を用いて自ら変わろうとしている。実績が問われるのはこれからだが、日本のものづくり企業にとって参考になる点は多いはずだ。

SXSWでの取り組みについて表現を一部修正しました。[2018/06/25 16:30]