NEC史上最年少の33歳で研究員の最高位に就いた藤巻遼平氏が退社し、同社からカーブアウトした米シリコンバレーの新会社「ドットデータ(dotData)」の経営者となる決断をした。NECがAI(人工知能)分野で強みを持つ異種混合学習と呼ぶ技術を開発した実績を持つ藤巻氏。ビッグデータの本場で挑む勝算について聞いた。

ライバルと同じ体制で真っ向勝負
なぜ、NECから飛び出そうと考えたのか。2017年11月のインタビューではNECのような大企業でR&D(研究開発)を裁量を持って自由にやらせてもらっていることに満足していると言っていたが。
我々が取り組んでいるデータアナリティクスやAIの分野において、世界と真っ向勝負で戦うためだ。そうした思いが次第に大きくなってきていた。動きが極めて激しい分野であり、世界のライバルと伍してプロダクトを市場に出すスピードで負けてしまう。
こうした分野はR&D、製品開発、事業部、それぞれがそれぞれの役割をしっかりとこなすこれまでの大企業型では通用しないと思っている。
自分自身が、R&Dだけでなく、スタートアップのように、製品の企画からマーケティング、販売まですべての事業をやりたいとの思いも以前から持っていた。プロダクトオーナーとして、ビジネスのスペックも自らが決めたい。
NECにとっては新進気鋭のAI研究者を失うこととなる。
そこは考え方だと思う。NECにとって3つのメリットがあるのではないか。まずは我々を通して、社内に本場のスタートアップのマインドを吹き込めることだ。
「第2の藤巻」が出てくる環境づくりにも
2つ目として、優秀な技術者を集めやすくなる面もあるだろう。今回のように我々のカーブアウト(大企業からの事業切り出し)を支援したことで、「チャレンジする人を認める会社」と見てもらえるだろう。今回のように自分がずっとNECにいるわけではないので「第2の藤巻」が出てきてほしいし、そのような環境を作る必要がある。
最後が今後もプロダクトを進化させていく我々の新会社と連携しているところだ。世界的に見ても競争力があると考えている。具体的なことは言えないが、NEC時代に開発したアセットも活用させてもらえる。
こうした良さを分かってもらうことも含め、この1年弱くらいNECのコーポレート部門と話し合ってきた。結果として、NECからカーブアウトして新しい会社をシリコンバレーに作ることとした。日本の大手企業としてこうしたスキームを使うのは初めてではないか。
もちろん良好な関係を保ち続けることで、我々にもメリットがある。我々のプロダクトについて、日本市場ではNECが独占的な販売権を持つことになる。我々は日本市場に大きな営業部隊を持ってスタートし、米国など世界の市場に注力できる。
新会社のプロダクトの強みはどこにある?
コアとなるビッグデータの分析エンジンが我々のIP(知的財産)であり、他には似たものがないと思っている。これに磨きをかけていく。
一般にビッグデータを分析する際にデータサイエンティストは、収益などの最終結果に影響を与える、特徴量と呼ぶ変数に注目して分析を進める。我々の技術は最も効果が高い特徴量を生のデータから、さまざまな組み合わせの中から自動で探し出すものだ。
2カ月以上の分析を1日で
例えば、日本航空(JAL)と2017年に実施した実験では、「男性で直近3カ月間の搭乗回数が多いと、ハワイ便のチケットを買いにくい」という分析結果を出した。ここで3カ月という数字を提示したが、これが1週間なのか1年間なのか、それとも他の期間なのか。もっとも結果に効くものを自動で探し出してくれる(参考記事:JALとNECがAIで顧客の行動分析を実証、仮説を自動生成し、ブラックボックスを回避)。
このように我々の技術は分かりやすい特徴量で提示できるので、誰にでも解釈できる。時にAIで問題となりがちな、計算ロジックのブラックボックス化の問題も回避できる。実際に、普通は2~3カ月かかるような分析作業を1日で済ませることも確認している。
我々のプロダクトの特徴は既に顧客がいて、成果もある。初期の段階からSMBCグループに採用してもらっている。このほか複数の顧客がいる。ビジョンを掲げてその後にプロダクトを開発していく一般的なベンチャーと大きく異なる。
ますます重要となっているデータプライバシーの面でも優位な面がある。我々の技術はデータの持つ属性などのコンテキスト(文脈)を理解していない。純粋にそのデータを見て、どの要因が効くのかを判断している。
新会社が本格スタートする際、どのような人員構成でNECの出資はどの程度になるのか。
私は準備が整ったらNECから自己都合の退職をして、新会社にCEOとして移る。同じく日本のNECからシリコンバレーに来ている3人の研究者も同様に退職して新会社に移る。

当初は10人以内で新会社を始めるつもりだ。オフィスは当初はここ(米カリフォルニア州クパチーノにあるNECの研究所)で始めるかもしれないが、その後は外に出て独自にシリコンバレーに構えるつもりだ。
メンバーは日本人で固めるつもりはなく、米国の会社として技術者の採用を行っているところだ。実際、CFO(最高財務責任者)は欧米の人材にジョインしてもらっており、さまざまなアドバイスを受けている。
詳しい数字は言えないが、当初はNECの出資比率が高いが段階的に下がっていく見通しだ。
現時点の課題をどのように考えている?
チームビルディングが最重要
プロダクト開発ももちろん大事であるが、やはりチームビルディングの重要性を痛感している。
と言うのも、大企業だと誰かが手が空かない場合、他のメンバーがカバーする。これがスタートアップだとそうもいかない。こうしたことを念頭に置いて、人選には時間と手間をかけている。
我々の新会社が求める、スキルとロールがマッチする人を探し出すのはなかなか大変な作業だ。自分がいいと思った人材でも、CFOなどのアドバイスで思い直すこともある。
我々のプロダクトの場合、エンタープライズの顧客と直接やり取りする場面が多い。このため一般的なスタートアップマインドだけでは不十分な面がある。米グーグルにいるようなエンジニアとは異なる人材と思っている。
