自社生産の商品をネットで消費者へ直接届けるダイレクト・トゥ・コンシューマー(D2C)業態が米国で急成長中だ。その1つであるコスメブランド「Glossier(グロッシエ)」が熱狂的な人気を集めているのをご存じだろうか。創業者のエミリー・ウェイス氏は1日のほとんどを「Instagram」をはじめとするあらゆるSNS上で過ごすという。顧客との徹底的な対話が成功の秘訣だ。

コスメブランド「Glossier」がサンフランシスコに開いたポップアップストアは初日から多くの人でにぎわった
コスメブランド「Glossier」がサンフランシスコに開いたポップアップストアは初日から多くの人でにぎわった

 今年の3月から約1カ月間、コスメブランド「Glossier(グロッシエ)」がサンフランシスコのミッション地区の一画にある人気ダイナー「Rhea’s Cafe」を大胆に変身させ、全く新しい形のポップアップストア(期間限定店舗)をオープンさせた。

 リップスティックとフライドチキンが両方手に入るというユニークなストアコンセプトは、ブランド名の“Glossy(艶やか)”とフライドチキンの“Greasy(脂っこい)”をかけた、気の利いたシャレにもなっている。化粧品と食を組み合わせたその新しいポップアップストアの出現にサンフランシスコの女性たちは熱狂した。

 筆者はオープンから1時間もたたないタイミングを狙って、平日の午前11時半ごろに店舗を訪れた。店内での体験を損なわないよう、その時には既に入場制限がかけられ長蛇の列ができており、さまざまな年齢、人種の女性たちが今か今かと入店を待ちわびていた。中には車で何時間もかけて、カリフォルニア州外から両親と一緒に来たというティーンエイジャーもいた。

ドレッサー前でこぞって自撮り

 1時間ほど待って入った店舗の中は、ダイナーの雰囲気を生かしつつ、Glossierの作り出した特有の空間が広がっていた。ブランドカラーであるミレニアルピンクの壁にパステルカラーのフラワーアレンジ、キラキラとした商品たちがフォトジェニックに展示され、おしゃれな大人のためのお菓子の国のような雰囲気だ。

 カウンターをカスタマイズして作られた、象徴的な存在のドレッサーの前では来店者がこぞって自撮りをしていた。興奮した女性たちで溢れかえった店内には、「エディター」と呼ばれる店員が潤沢に配置されており、商品は飛ぶように売れていた。

 ポップアップストアが大盛況で終了した後、Glossierの創業者でありCEO(最高経営責任者)のエミリー・ウェイス氏は「約1カ月で2万人がこのポップアップストアを訪れ、20秒に1回のペースで商品が売れた」と語った。

 大きな成功を収めたGlossierはニューヨークの既存店舗に次ぎロサンゼルスへの固定店舗の出店を決めた。ちなみに、1平方フィート当たりの売上高ではApple Storeが最高とされているが、ウェイス氏曰く、Glossierのニューヨーク店の売り上げ効率はそれを超えるという。西海岸でのさらなるマーケットの拡大を目指す。

Glossierニューヨーク店は高い売り上げ効率を誇る
Glossierニューヨーク店は高い売り上げ効率を誇る

美容ブログメディアからコスメ開発へ

 ウェイス氏は、米ファッション誌「Vogue」でアシスタントをしていた2010年に「Into The Gloss」という美容ブログメディアを立ち上げた。有名人の美容法やメイクのコツなどのコンテンツが人気となり、その後月間150万ユーザーが訪れるサイトにまで成長。さまざまなブランドからコラボの依頼が絶えなかったことも手伝って、ブログを通じて得たインサイトを基に、14年にGlossierを始めた。消費者にとって伝わりやすく、手ごろな価格で、信頼できる商品を自ら提供することにしたのだ。

 「艶やかな肌が1番の美」という考え方の下、「ノーメイクメイク」と呼ばれるこれまでなかったカテゴリーで、実生活で普段ほとんどメイクをしないというミレニアル世代の共感を呼んだだけでなく、メイクしなくても誰もが美しいというメッセージが多くの女性の心をつかんだのだ。

「艶やかな肌が1番の美」という考え方を持つGlossier
「艶やかな肌が1番の美」という考え方を持つGlossier

 Glossier誕生の数年前から、メガネのオンライン販売を手がける「Warby Parker」をはじめとした、SPA(製造小売り)方式により、自社で開発・生産した商品を直接顧客にオンラインで販売する「ダイレクト・トゥ・コンシューマー(D2C)」と呼ばれるビジネスモデルで成功する企業が徐々に増えている。Glossierも同様のアプローチで、ブランドの認知から商品購入までをウェブ上で完結する徹底した体験デザインやマーケティングで瞬く間に熱狂的な人気ブランドに成長した。

1日のほとんどをSNS上で過ごす創業者

 Warby Parkerは、自宅にメガネを取り寄せて無料で試着ができる“Home Try-On”と呼ばれる施策で、これまで難しいと言われていたオンラインでメガネを販売することに成功したが、Glossierの場合はユーザーとの徹底した対話に成功の秘訣がある。例えば、ウェイス氏は1日のほとんどをSNS上で過ごす。あらゆるチャネルを常にウオッチして消費者のリアルな声に耳を傾けているのだ。彼女曰く「現在の美容市場は完全にオンラインに移っている。なぜなら、消費者が今いるのはそこだから」。また、ビジネス向けコミュニケーションツール「Slack」上に自社のグループを開設し、100人のトップユーザーを招待して毎週1100件以上のやりとりを交わしている。

Glossier創業者でCEOのエミリー・ウェイス氏(Ovidiu Hrubaru/Shutterstock.com)
Glossier創業者でCEOのエミリー・ウェイス氏(Ovidiu Hrubaru/Shutterstock.com)

 また、Glossierは「最もインスタ映えするブランド」と自称するくらいInstagramでのマーケティングに長けている。全ての商品は開発に十分な時間をかけ、つい写真に撮りたくなってしまうようなデザインに仕上げており、商品を購入した際にもらえるピンクのポーチやステッカーにも工夫が凝らされている。有名人を使わず、濃いフォロワーを抱えるさまざまな才能を持つ一般人とコラボし、ブランドの認知にも成功している。これも対話を重要視する彼らの戦略の1つだ。

 美容関係の情報は、ブランド側からの発信より友人からのお薦めを信用するということ、自分に関係あるトピックには消費者が積極的にコメントなどで参加してくることをウェイス氏は自身のブログ運営から学んだ。そこで、肌のトーンやそれぞれの顔の個性などの多様性も徹底的に意識して、誰もが当事者としてGlossierと関わることができるようにブランドを作り上げた。

 今では、カナダと英国にも進出を果たし、これまでに8640万ドル(約94億円)の資金を調達。今後もさらなる出店や海外展開に力を入れる予定だ。

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