遠隔操作ロボットの研究・開発などを手掛けるベンチャー企業のメルティンMMI(東京・新宿、以下MELTIN)が、新しい技術を活用したロボット「MELTANT(メルタント)」の製品化を急ピッチで進めている。遠隔操作ロボットの一種で、人間が踏み込めない危険な場所での使用を想定。これまでの遠隔操作ロボットよりも重量物を持てるだけでなく、人間の手と同様に細かい動きも忠実に再現できるという。「もう一つの身体」を意味する「アバター」として売り込む。

「MELTANT(メルタント)」の映像など総合的なクリエイティブディレクションではビジュアルデザインスタジオWOWが、プロダクトデザインではTAKT PROJECTが担当するなどデザインの要素も重視
「MELTANT(メルタント)」の映像など総合的なクリエイティブディレクションではビジュアルデザインスタジオWOWが、プロダクトデザインではTAKT PROJECTが担当するなどデザインの要素も重視

 MELTINは、人体を流れる電気信号を解析して人間の動作を忠実に再現する「生体信号処理」と、人体の構造を模倣することで既存の遠隔操作ロボットが実現しにくい動作を行う「ワイヤー駆動」の技術を独自に開発した。2018年3月にはコンセプトモデルの「MELTANT-α(メルタント・アルファ)」を発表。さらに数年以内には次のモデル「MELTANT-β(メルタント・ベータ)」を実現させることも明らかにした。

 MELTANT-αが今までの遠隔操作ロボットと異なる最大の特徴は「手」である。一般的な遠隔操作ロボットのハンド部分 は、人間と比べて非力で大きい。MELTANT-αの手は「人とロボットのギャップはどこから生まれているのか」という疑問から人間の筋肉と腱の構造を徹底的に分析し、人間の手を“模倣”することで着想を得たという。

人間の手の複雑な動作をワイヤー駆動技術で再現

コンセプトモデルの「MELTANT-α(メルタント・アルファ)」。人体構造を模したワイヤー駆動により重量物を持てるだけでなく、独自のアルゴリズムで制御することで細かい動きも実現
コンセプトモデルの「MELTANT-α(メルタント・アルファ)」。人体構造を模したワイヤー駆動により重量物を持てるだけでなく、独自のアルゴリズムで制御することで細かい動きも実現

 これまでの遠隔操作ロボットでは関節部分にアクチュエーターを搭載するため、関節が大きく重くなる。それをワイヤー駆動にした他、独自の制御アルゴリズムを開発したことで人間の手と同じサイズや重量のままで、力強くて繊細な動きが可能になったという。例えば卵を割らずにつかんだりペットボトルのキャップを開けたりすることや、片手で2kgのボトルを持ち上げたり4kg以上のモノを両手で支えたりすることもできる。

今までの遠隔操作ロボットにはない繊細な動きも可能になった。ペットボトルのキャップを開けたり、片手で2kgのボトルを持ち上げたりできるなど、人間のように動ける
今までの遠隔操作ロボットにはない繊細な動きも可能になった。ペットボトルのキャップを開けたり、片手で2kgのボトルを持ち上げたりできるなど、人間のように動ける

クリエイターも交えたプロジェクトチーム

 だが今回のプロジェクトの大きな特徴は、そうした技術的な面だけではなく、多くのクリエイターも加わっている点。デザインの力によって投資家の前向きな判断を引き出すためだ。

 総合的なクリエイティブディレクションでは、仙台や東京などにオフィスを構えるビジュアルデザインスタジオWOWが、プロダクトデザインではTAKT PROJECT(東京・文京)が担当している。WOWのコンセプター/クリエイティブ ディレクターである田崎佑樹氏はMELTINのチーフ・クリエイティブ・オフィサーにも就任した。資金面では、ユーグレナなどが運営するベンチャーキャピタルのリアルテックファンド(東京・港)などが参画している。「テクノロジーとファイナンス、クリエイティブの3つが強固に結び付いてプロジェクトが進んでいる」とTAKT PROJECTの吉泉聡・代表取締役クリエイティブ ディレクターは言う。田崎氏も「これまでの研究・開発の成果を投資家に的確に示すためにも、クリエイティブの力は欠かせない」と話す。

 どんなに機能が優れていても、デザインや伝え方が劣っていてはユーザーの理解を得られない。MELTANT-αの発表でも、クリエイターの力を借りることで単なる「試作品」を作るだけではなく、洗練されたコンセプトモデルを作ったり、使用している場面を想定したスタイリッシュな映像を制作したりした。デザインによって投資家の判断がどう変わるのか。そもそもデザインはどこまで投資家の判断基準になり得るのか。投資家にとってもデザイナーにとっても、一石を投じるケースと言えそうだ。

ロボットとは異なる「存在」に

 開発に先立ち、田崎氏はプロジェクトチームのメンバーである技術者やクリエイター、ベンチャーキャピタリスト、さらには外部の識者も交えて、「思考実験」と呼ぶワークショップを数カ月にわたって開催した。「未来のサイボーグ社会はどうあるべきか」などをディスカッションし、そこからMELTANT-αに対するメンバーのベクトルを合わせた。出てきた回答の一つが、今までのような単なる遠隔操作ロボットとは違い、新しい「存在」にすることだった。そこで吉泉氏はMELTANT-αのデザインコンセプトを「アニマ(生命)」として、開発にも反映させたという。

「思考実験」と呼ぶワークショップの模様。マーケットや製品について議論するのではなく、「未来」について意見を出し合い、「サイボーグ社会」の在り方などを考えた
「思考実験」と呼ぶワークショップの模様。マーケットや製品について議論するのではなく、「未来」について意見を出し合い、「サイボーグ社会」の在り方などを考えた

 例えば、開発途中のMELTANT-αでは背中にメカ部分が集中して膨らんでしまい、人間らしく見えなかった。MELTANT-αが「何かを背負っている」ようにデザインすることで乗り越える方法もあったが、納得できなかったという。そこで技術者に相談し、内部の構造を徹底的に見直してもらうことで、できる限り背中が膨らんで見えないようにデザインした。「人間の肩甲骨に当たる部分を工夫したことで、最終的にうまく処理できた。やってみると、結局はMELTANT-αの背中が人間の肩甲骨と同じような構造になっていた。いいデザインにしようとすればするほど、人間の構造と同じようになった」(吉泉氏)。

 今後はMELTANT-αをベースに「ハンド単体」「ハンド・アーム」「全身」の3つのプロダクトおよびアバターのサービスも展開する計画。災害や高所、水中といった危険な環境の他、宇宙や深海での遠隔作業のニーズもありそうだ。さらに遠隔手術など医療分野も視野に入れている。物理的な移動から解放されたアバターとして、新たな市場を切り拓いていくという。

耐久性やリアルタイム性に優れ、遠隔操作では1万8900km離れた場所からも実証した。この他、MELTANT-αの指先の力加減を操作者が感じることもできる
耐久性やリアルタイム性に優れ、遠隔操作では1万8900km離れた場所からも実証した。この他、MELTANT-αの指先の力加減を操作者が感じることもできる

(写真提供:メルティンMMI)

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