細谷正人氏が新たな視点でブランディングデザインに斬り込み、先進企業に取材する連載「C2C時代のブランディングデザイン」。番外編として、連載に大幅に加筆して発刊した書籍『ブランドストーリーは原風景からつくる』の内容を一部抜粋して紹介する。今回は世界的な建築家の田根剛氏と細谷氏による特別対談を掲載。
<前回(番外編の第3回「生活者の感情に響かせ、行動変容させるブランドづくりのポイント」)はこちら>
細谷 田根さんが2018年に東京で開催した初の個展「田根 剛|未来の記憶Archaeology of the Future」に、私は伺ったことがあります。田根さんの著作も読ませていただきました。考古学的な(Archaeological)リサーチと考察により、「場所の記憶」から未来をつくる建築の考え方を田根さんは「Archaeology of the Future」と呼んでいます。
私は仕事の中でも「自伝的記憶」がブランドづくりに影響すると考え、研究してきました。例えば、菓子のマドレーヌの香りから、母親がマドレーヌを作ってくれたキッチンや、その風景が見えてくるといった現象です。記憶研究の中にマドレーヌの香りにちなんだ「プルースト現象」という言葉もあります。『ブランドストーリーは原風景からつくる』の本でも、自伝的記憶がブランドの未来をつくっていくと考えています。田根さんの展覧会を拝見したとき、まさに人の記憶を可視化していると思い、以前からお話をお聞きしたかったのです。なぜ田根さんは、記憶が未来の原動力になるとお考えなのでしょうか。まずはそこからお聞かせください。
田根 単純に言えば、06年に「エストニア国立博物館」の国際コンペティションに勝ったことがきっかけだったかもしれません。敷地にもともとあった旧ソ連時代の軍用飛行場の滑走路を引き伸ばし、博物館の屋根として設計しました。そのときの提案が「MEMORY FIELD」というタイトルだったのですが、当時の自分はまだ若くて何も分からず、建築とは何だろうかと実は模索していたのです。
それまで建築は新しさを提案しなければいけない、新しさこそが価値であり、未来であると思う一方で、古さを否定し続けていいのだろうかと考えていました。しかし、新しいものをつくっても、すぐに古くなって壊されてしまう。こんなことを続けていても、本当に僕らは豊かになるんだろうかと。
エストニアの国立博物館のコンペでも、本来は負の遺産であるはずの旧ソ連の存在を無視せず、負の遺産を自分たちの力で未来に変えていくことこそ、エストニアが威信をかけるべき国立博物館の姿ではないか、と僕たちは勝手に与えられた敷地を飛び出して提案したのです。これは個人的な思い込みでしたが、幸いにもエストニアは、僕たちの提案を自分たちの未来にしていこうと判断していただきました。過去を受け入れて未来につなげようとする考え方は、国として勇気がある決断だと思います。
場所のあるところには記憶がある
そのとき、建築に対するもやもやしていた自分の思いが、ぱっと開けてきたように感じました。場所のあるところには記憶があるのではないか、建築を守り続けたり、建築を未来に向かって記憶を継承したりしていくことにこそ、意義があるんじゃないかと。場所の記憶という価値観なら、新しさに対抗できる。今までのような新しさだけを追求するものではなく、記憶を紡いでいくものならば、建築はまだまだ可能性があるんじゃないかと、ぼんやりと考え始めたのです。その後、記憶を意識するようになり、展覧会の話があったときに記憶をテーマにしてやろうと考えたのです。
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