ブランディングプランナーの細谷正人氏が新たな視点でブランディングデザインに切り込み、先進企業に取材する連載「C2C時代のブランディングデザイン」。カプセルホテル業界にデザインで新風を吹き込んだナインアワーズ(東京・千代田)を取り上げます。今回は解説編。

創業時からナインアワーズのクリエイティブディレクションとプロダクトデザインはDESIGN STUDIO S代表の柴田文江氏が担当。睡眠環境の最適化を目指す研究にも取り組み、カプセルユニットのバージョンアップも推進している(ナカサ&パートナーズ)
創業時からナインアワーズのクリエイティブディレクションとプロダクトデザインはDESIGN STUDIO S代表の柴田文江氏が担当。睡眠環境の最適化を目指す研究にも取り組み、カプセルユニットのバージョンアップも推進している(ナカサ&パートナーズ)

 ナインアワーズは毎日誰でも行う3つの基本行動に着目し、(1)汗を洗い流す、(2)眠る、(3)身支度をする、に重点を置いたコンセプトを持っています。ナインアワーズが考えるカプセルは全体的に落ち着いた雰囲気で、中にはコンセントやUSBポートや小物を置く小さなくぼみがあり、最小限ながら気が利いている印象です。さらに寝転がったときに見えるカプセルの天井は柔らかな曲線で、調節のできる照明は淡く、自分が胎児になったような気分になりそうです。3つの基本行動を時間に置き換えると、汗を洗い流すが1h(時間)+眠るが7h+身支度をするが1hとなり、3つを合わせて9h=ナインアワーズというわけです。

 24時間の中で考えてみると、8hを仕事、2hを通勤、2hを食事、3hを趣味やTVやインターネットと考えれば、健康で気持ちよく暮らすために必要な、残りの“9h”に着目したのはユニークかもしれません。宿泊施設として、空間的な記憶だけでなく、当たり前になっていた日々の暮らしのルーティンを見つめ直すための概括的な記憶をつくり上げようとしていると思います。単なる宿泊施設としてではなく、生活機能として俯瞰(ふかん)してみれば、その“9h”が都市生活にフィットする機能として用意されることによって、新しい滞在価値を提供することができるからです。

 前回のインタビュー編で、代表取締役の油井啓祐さんはナインアワーズで最も大切にしているのは「本当に豊かなものとは何か」という視点だと話してくれました。この“9h”は、私たちの生活の中でも、最も重要な時間なのでしょう。この“9h”を豊かにできれば、都市生活の中での人生や暮らし方が、もっと豊かになるのではないかという発想です。

 「秋葉原で僕の父がカプセルホテルをずっと1軒経営していて、突然亡くなってしまって相続することから始まったんですけど、そこに来ているお客さんたちを見ている中で、せいぜい滞在時間って10時間ぐらいしかなかったんですね。家に帰れなくて翌朝また早く出ていく人たちが使っていたので、そういうミニマルな片泊まりというか、ちょっと隣に泊まるみたいな休息に対してちょうどいいサービスをつくることが、都市の生活者の中の本当の豊かさにつながるんじゃないかと、そういうところから考え始めました」と油井さんは言います。

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