細谷正人氏が新たな視点でブランディングデザインに斬り込み、先進企業を取材する連載「C2C時代のブランディングデザイン」。2回にわたって、町家を生かしたワコールの宿泊事業を取り上げます。今回は山口雅史副社長と楠木章弘町家営業部長へのインタビュー編。
細谷正人氏 ワコールは2018年4月から、町家をリノベーションした「京の温所(おんどころ)岡崎」を含め、合計4軒の宿泊施設を京都市内にオープンしています。町家の価値を生かし、泊まるだけではなく、京都に暮らしているような体験を提供しているともいえるでしょう。ネーミングやコンセプト、ロゴデザインの監修を著名なデザイナーの皆川明氏が担当するなど、多くのクリエイターが参加している点も注目されました。東京・青山の複合文化施設「スパイラル」を運営するグループ会社のワコールアートセンターと連携し、ワコールならではの視点で京都の魅力を発信しようとしていると聞きます。こうした宿泊施設を、なぜワコールが手掛けるのか。まずは背景や理由を教えてください。
山口雅史氏(以下、山口) 当社はインナーウエアを中心にお客さまにさまざまな価値を提供する会社ですが、少子高齢化の進行やファストファッションの増加など、国内の市場は大きく変化しています。次の柱を育てるためにも、新しい事業開発にチャレンジしなくてはなりません。13年度から社内公募制度を立ち上げてアイデアを募集したところ、今回の町家を生かした宿泊事業の提案が楠木から出てきました。
楠木章弘氏(以下、楠木) もともとはスパイラルとの連携で、ワコールグループ全体のシナジー効果を何か出せないかというテーマで考えていました。それを実現するとともに社会課題を解決する事業を提案したいと思案していたところ、社会との共存が重要になると考え、京都が抱えている課題である町家の減少問題が浮かび上がってきたのです。京都の景観が危機的な状況にあると知り、何とか町家を保全し活用できないかと考え、リノベーションした宿泊事業に結び付きました。
山口 ワコールの事業は女性を美しくするというのが最大のテーマで、美はもちろんですが、健康や快適さを提供し続けていく、というのもミッションです。今回の町家の事業は当社の事業領域に、100%ではありませんが、かなり重なる部分がありました。多くの町家は空き家になったり、マンションや駐車場になったりしていますし、京都の古き良き街並みがどんどんなくなっていく。当社は京都に生まれ、京都に育ててもらった企業なので、京都に対して恩返しをしないといけないという意識もありました。そこで京都の魅力度がアップする事業として、さらにワコールのブランドや企業イメージが向上し、ワコールの新たな価値にもつながると思い、ゴーサインを出したのです。
もちろん事業として推進する以上、当社も利益を出さないと続けていけませんし、ワコールが手掛ける意義がお客さまに伝わらないと意味がありません。事業化に成功しなければ、当社のブランド価値にも影響を与えるでしょう。まずは約3年間で合計10軒ぐらいをオープンしたいと考えています。今後は稼働率を上げて採算ベースに乗せていきます。
宿泊事業は女性が求めるライフスタイルの提案にもつながります。ワコールのお客さまとも親和性が高いのではないでしょうか。
楠木 おっしゃる通りです。京の温所は品質にこだわった施設ですから、ワコールの高品質なブランドに信頼を寄せていただいているお客さまと合うと思います。美や健康、快適さという当社のテーマにも親和性があります。美は施設の美しさに共通し、健康は心のゆとりであり、ほっとするイメージです。そして、美と健康が快適さにもつながっています。
町家の状況を調査すると、町家を使った飲食店は多いんですよ。しかし飲食店向けにリノベーションすると、厨房をつくったり全部吹き抜けにしたり、飲食店以外には使えなかったりします。当社は町家をお借りして宿泊施設としてリノベーションしているので、住居としてお返しすることができます。ライフスタイルの「衣・食・住」のうち、「衣」は手掛けてきているので、今回は「住」というわけです。


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