細谷正人氏が先進企業のブランディングデザインに斬り込む連載「C2C時代のブランディングデザイン」。和菓子や洋菓子を製造・販売するたねやグループ(滋賀県近江八幡市)を3回にわたり取り上げます。今回は山本昌仁CEOへのインタビュー前編。
たねやグループ CEO
細谷正人氏 和菓子のたねやをはじめ、バウムクーヘンなど洋菓子のクラブハリエとしても知られるたねやグループは、2015年1月に「ラ コリーナ近江八幡」(以下、ラ コリーナ)と呼ぶ施設を開設しました。まるでテーマパークのように広々とした土地で目立つのは、屋根が芝に覆われた大きな店舗です。
和・洋菓子の売り場が並び、焼きたてのバウムクーヘンが味わえるということで、土日や休日になると大勢の来場者が詰め掛けるとか。ここに本社オフィスも移管するなど、他社に見られないユニークな試みですが、菓子を扱う企業がなぜ、こうした施設をつくったのでしょうか。ブランディングの視点から興味があります。
山本昌仁氏 ありがとうございます。私どもは社会に必要とされる企業を目指す、社会に必要とされる人を目指すという考え方が根本にあります。私たちが自己主張するだけのお店をつくるのではなく、行ってよかったなと、お客さまに喜んでいただける空間になっているのかどうかを重視しています。
この連載「C2C時代のブランディングデザイン」では、ネットの活用によってお客さま同士のコミュニケーションが増えるなかで、どのようにビジネスを行っていくかを先進事例に取材しています。ラ コリーナも多くのお客さんが訪問し、すごく楽しんでいるようですね。
当社は菓子の製造・販売を明治時代から145年以上も続けてきました。田舎臭くてもいい、泥臭くてもいいから、家族で経営していたときも2000人のスタッフがいる現在でも変わらず、代々伝わってきているやり方を、たねやの精神をお伝えする「場」が必要だと感じました。それをラ コリーナに結実させたのです。来ていただいて、私たちの姿勢や理念を、ご覧くださいと。お客さまが感じたことを、写真に撮っても構わないし、ネットに掲載しても自由です。自分だけのラ コリーナを見つけてほしいですね。
ラ コリーナのコンセプトは「自然に学ぶ」ことにあると聞いています。これは、どういうところから出てきたのでしょうか。
これからの時代は、すべての企業が社会との関わりを求められています。そこで当社の役割は何かを考えたとき、「自然に学ぶ」ということを、人間はもう少し考えていかないとあかんと。そうなると、お客さまは重要な存在ではありますが、常にお客さまが第一で、お客さまが良ければいいという考え方ではなく、やはり地元の滋賀県に伝わる近江商人の考え方である「三方よし」の精神に戻ってしまうんですね。
「三方よし」は「売り手」「買い手」「世間」がそれぞれ「よし」というのがビジネスの理想になるという考え方ですが、実は比較的最近になって出てきた言い方だそうです。それでも、私の山本家や近隣で商売をされている方は「三方よし」のような考え方を代々伝えてきました。私も、そういったことを常々言われていましたので、お客さま第一というより、売り手、買い手、そして世間すべてが良くならなくてはいけないと感じています。
最近「何とかファースト」とか言われますが、一方だけが良ければいいのでしょうか。それで本当に、この世の中が成り立っていくのでしょうか。そうした考え方が行き過ぎると、地球環境も、どうなってしまうのかと思うようになりました。これからの世代に今の問題を押し付けてはいけません。だからこそ「三方よし」という近江商人の心をしっかりと引き継げるお店をやりたいと思ったのです。
私は商売人で、政治家になるつもりもないので(笑)、自分ができることを毎日、行動に移していくしかありません。理論で何かを言うのではなく、行動で表現していく。お菓子屋としてできることを、ラ コリーナで表現していきたい。それが「自然に学ぶ」につながりました。ラ コリーナのシンボルマークは「アリ」です。これは、いつも人々が集い、にぎわう場でありたいということと、自然の中で生き続け、優れた社会性を持つアリの姿に学びたい、という思いを表現しています。
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