※日経エンタテインメント! 2023年4月号の記事を再構成
エンタテインメント作品作りを変える「5大新潮流」を解説する「エンタ界の新スタンダード」特集。今回のテーマは「電子チケット」。「非接触」という特性から、コロナ禍での導入が進んだ一方、NFTと組み合わせることでユーザーにとって新たな利点も生まれているという。
紙のチケットに代わる存在として、近年、音楽ライブなどで活用される機会が増えてきている電子チケット。従来の紙のチケットがデジタルデータ化され、スマートフォンに直接届くため、チケットの購入から受け取り、そして入場まで、1台のスマートフォンで完結できるのが利点だ。では、エンタメ界の「新スタンダード」となりつつある、電子チケットの現状と未来はどうなっているのだろうか。
電子チケットは、ユーザーの利便性向上や不正転売防止のために、これまで数々のサービスが誕生してきた。しかし、興行側の負荷や金銭的コストの問題から、なかなか普及が進まなかった。そんななか、大きな転換期となったのがコロナ禍。感染防止の観点から、“非接触”という全く新しいニーズが生まれたのだ。
コロナ禍で電子チケットの使用率は5倍に
チケット発券クラウド「MOALA Ticket」を提供し、長年、電子チケットシーンを見てきたplayground代表取締役の伊藤KG圭史氏は、「興行側が、『感染防止対策の一環として非接触にしたい』と、“コロナ禍=電子チケット”みたいな雰囲気にガラッと変わりました。弊社の独自調査では、コロナ禍前後での全体のチケットに占める電子チケットの割合は、発券枚数ベースで4%から20%へと、5倍に急増しています」と語る。
現在の電子チケットの種類を見ると、スマホの画面をスワイプすることでもぎる「スワイプ方式」、電子スタンプをスマホの画面に押す「スタンプ方式」、2次元バーコードのQRコードを機械で読み取る「QRコード方式」の3つで大半を占める状況にある。
そんななか、近年、新たなトレンドとして話題となっているのが、「顔認証方式」の電子チケットだ。事前に登録した顔写真データと来場者を、入場ゲートの機械で照合することによって本人確認を行い、チケットの偽造やなりすましといった不正入場を防ぐだけでなく、スムーズな入場も可能にしている。
複数の企業が参入するなか、テイパーズはチケットの不正転売問題が世間で大きな話題となっていた14年からいち早く、NECと組んで顔認証方式をスタート。Tixplusが提供する電子チケットサービス「チケプラ」は、21年からパナソニックと組んだ顔認証方式を採用している。
なかでも注目を集めるのが、playgroundが提供する「MOALA Ticket」だ。独自の生体認証技術「BioQR」を搭載し、顔認証エラーの発生確率を世界トップクラスの0.015%以下にまで抑えていることなどが特徴だ。
さらに、電波を使うことなく顔認証サービスを提供できることも大きい。「大規模会場でのライブや大型フェスでは、来場者が数万人にのぼるため、電波障害が発生しがちです。そのため、顔認証方式の導入を見送らざるを得ないアーティストが多々いました。『MOALA Ticket』は、完全オフラインに対応しているため、興行側そして来場者にとっても大きなメリットになっています」(伊藤氏、以下同)。
今後の顔認証方式の展望については、「入場だけでなく、イベント体験全てまかなえるようになる」と伊藤氏は指摘する。「事前購入グッズの引き換えや飲食購入なども、顔認証チケット1枚で完結させられれば、来場者の利便性は飛躍的に高まります。そこまでレベルアップできれば、興行側でも導入するケースが増えていくのではないかと思っています」。
ファンと直接つながる「D2F」のためにも機能
さらに現在の電子チケットは、「D2F(Direct to FAN)」とも呼ばれる、アーティストとファンが直接つながる場としても機能し始めている。
19年にサービスを開始した電子チケットサービスの「ZAIKO」は、アーティストが独自の販売ページを作成したり、チケットの販売期間を自由に設定することが可能。そして、購買層のデータなどに関しても全て把握できるようになっている。
playgroundの「MOALA Ticket」も、アーティスト側が来場者データの全てを一元管理できる仕組みを採用しており、そこに基づいた企画、グッズ販売といった展開にも大きく役立っている。「電子チケットは非常にイケてる顧客接点です。アーティスト側でも来場者のデータを保持し、ファンの解像度を高めることがエンタメ業界の発展につながるになると考えています」。
電子チケットの新たな可能性も生まれている。それがチケットに「NFT」(非代替性トークン)を掛け合わせるというものだ。アーティストや、チケット販売プラットフォームで、既に幾つかの取り組みが始まっている。
ずっと真夜中でいいのに。は、昨年4月のさいたまスーパーアリーナ公演でNFT施策を実施した。チケットを購入した来場者に、会場でQRコードの付いたポストカードを配布。そこから、匿名アーティスト「AtoZ MUSEUM by A2Z(エートゥージー)」とコラボレーションしたNFTデジタルアート作品を入手できるというものだ。
昨年11月にJUJUは、映像配信サービス「Stagecrowd」でのオンラインライブにおいて、「ライブフォトNFT付き視聴チケット」を販売。公演当日に撮影したライブフォトをNFTとして発行し、購入者は後日受け取れるようになっていた。
半券をNFT化し、コレクションアイテムに
そして、チケット販売プラットフォームでも、半券をNFT化することで、新たな価値を生み出すという動きが見られる。
ZAIKOは、「Digitama Srubs」というサービスを21年12月にスタート。NFT化された半券には、イベントのキービジュアル、日程、会場名、シリアルナンバーなどが記録されており、Web上で自分の購入したチケット半券をコレクションすることが可能となっている。
playgroundは、スポーツ界で先行してNFT施策を行う。バレーボールのVリーグ2部に所属するヴォレアス北海道とタッグを組んで、22年3月に開催されたV1昇格がかかった大一番の試合で、来場者に半券として「来場証明NFT」を配布。歴史の目撃者であることをデジタル上で証明するという取り組みを実施した。
今年に入ってからは、福岡ソフトバンクホークスと組み、2月4日、5日のホークスの「春季キャンプ」来場者に、推し選手の「応援証明NFT」を配布。保有者は、デジタル上のアルバムにコレクションできるだけでなく、キャンプ中の選手写真などがデザインされた来場者限定のデラックス版を購入する権利も獲得できるようになっていた。
「応援を証明するNFTについては、国内外の多くのアーティストの方たちからも引き合いが来ている状況です。NFTは全ての応援履歴を残せるので、今後はNFTの保有状況に基づいて、ファンに対するサービスを変えていくような時代が来るのではないかと思います」
また、半券だけでなく、チケットそのものをNFT化した「NFTチケット」の将来性については、チケットエージェンシーを横断した統一規格のものが誕生したときに、大きなインパクトが生まれそうだ。
「今現在は、ぴあで買ったチケットはぴあしか転売できませんが、ローチケでも可能になるようなイメージです。1つに集約できるので、ユーザーがチケットを扱いやすくなるだけでなく、興行側もチケットエージェンシー間で残券などを自由に移動させられるようなことが可能になります」