※日経エンタテインメント! 2023年4月号の記事を再構成
日本で「ウェブトゥーン」事業に力を入れ、その普及の一翼を担っているのが、4000万ダウンロードを突破する、今年4月に10周年を迎える「LINEマンガ」だ。そのLINEマンガを運営するLINE Digital Frontier(LDF)の代表取締役に就くのが、韓国のNAVER WEBTOON社でウェブトゥーンのグローバル戦略をリードし、世界でIP化を成功させてきた金信培氏と、電子書籍販売サイトebookjapanをけん引してきたイーブックイニシアティブジャパンの代表取締役でもある、ストア事業に知見を持つ高橋将峰氏だ。ウェブトゥーンと日本マンガに精通する2人が連携し、それぞれの強みを生かし、日本のマンガ業界で見据えるウェブトゥーンの未来とはどのようなものなのか。
日本発の作品からグローバルIPを作りたい
金信培氏(以下、金) 根本的には、日本のマンガとウェブトゥーンに違いはないと考えています。ストーリーに基づいて作画、絵とセリフで構成されているエンタテインメントコンテンツであるというのは同じです。
ウェブトゥーンは、単純にフルカラーで縦スクロールという特徴だけを持って指す言葉ではなく、普遍的なユーザー使用環境、読者が1番多く使っているデバイスに最適化されたマンガの形であり、コンテンツを作るときにもそこを1番重要視しています。ですから、今スマートフォンのなかで1番読みやすく、気軽に楽しめ、それでいてしっかり内容を伝えるもの、という定義になります。
ですので、今後どんな形になるかは分かりません。デバイスがVRや3Dなどが中心になるかもしれませんし、その変化に合わせてウェブトゥーンも発展、進化をしていくということですね。
高橋将峰氏(以下、高橋) 日本側から見ると、「グローバルに通用するマンガのプラットホーム」だと思います。日本の「マンガ」の形はある種特殊で、ページの開き方は海外と逆、さらにコマ割りも複雑で、初めて手に取る人はどこからどう読めばいいのか分からないというのがあります。日本人にとっては本の形が子どもの頃からなじみがあるので、ウェブトゥーンはスマホ用に読みやすくなったという受け取り方なのでしょうが、海外の人から見ると「初めてちゃんと読みやすいマンガのフォーマットが生まれた」というのが大きな転換点だと思います。
ウェブトゥーンは今、日本だけではなくグローバルですごくはやっていて、それがこれまでとは全く性質が異なります。かつ、最初からフルカラーで文字もスマホで読みやすい大きさになっている。もともとカルチャーとしてあった素養がウェブトゥーンによって呼び起こされた形なわけです。ただこれらはあくまでプラットホームとしての話で、作品の面白さはまた別の話になります。
金 作品作りで言うと、ウェブトゥーンは「デジタルプラットホームで週刊連載する」のが基本的な形です。そこにSNSのような機能まで提供することで、毎週クリエイターが読者さんとコミュニケーションを取り、一緒に作品を作っていくのが特徴でもあります。
「一緒に作る」ということは、作品に今求められているものやトレンディーさをつぎ込んでいくということでもあります。各国で出てくるウェブトゥーン作品は、グローバル向けでトレンドに乗ったストーリーが多くなっています。
高橋 作品の多様性と作家の層の厚さは日本のほうが充実していますから、日本の作家さんにもぜひトライしていただきたいなと思っています。
22年にマーケットが拡大、ヒット作も続々
――現在LINEマンガのユーザー層は、10代から60代以上まで男女問わず幅広い読者が存在。多様なジャンル、フォーマットの作品を展開し、総合マンガサービスとして1つの地位を築いている。そのなかで、ウェブトゥーンの広がりをどう見ているのか。
高橋 日本での広がりについてはすごい勢いで増えていると感じています。18年に当社がウェブトゥーンを始めたときは、横読みに慣れた人は読まない、表現が限定的なのでは、などいろいろ言われたのですが、そこでまず作品を出したんですね。ユーザーに投げかけてみたらみなさんがそれを読み、買っていくという現象が起きた。結果が全てですから、そこをどんどん拡張してきた流れがあります。
ちょうど去年が「ウェブトゥーン元年」になったかなと。LINEマンガのサービスのなかでもウェブトゥーンが読まれる割合がすごく増え、購読者数の半分以上がウェブトゥーンを毎日読んでいる状態です。
あとは、これまで韓国の作品が中心でしたが、中国、そして日本でも今、ウェブトゥーンを制作できるスタジオが急増していて、2年前は約10社だったのが既に70社くらい存在します。コンテンツ会社、IT系、スタートアップまで多種多様で、いよいよ企業としてチャレンジするタイミングに入ってきたなと感じています。
金 日本は過去も今も世界トップのマンガ国であり、素晴らしい作家が1番多くいて、また作家が活動を続けていくインフラが整っているんですね。それが韓国やアメリカとは状況が違います。でも、デジタルにより親和的な若い作家さん、ソーシャルに敏感な作家さんたちをさらにもっとカバーできるプラットホームが必要なのではないかなと思っていて。高橋さんが言ったように、今ウェブトゥーンのスタジオが多くできていて、出版社さんも参画されています。それはとてもうれしいことですし、いい形で連携して、一緒に日本ならではの新しいスタイルのウェブトゥーンを作り出していけたらと考えています。
アニメやドラマなど、映像化がさらなる拡大の鍵
――既に日本でも、日本人作家による女装男子が主人公の『先輩はおとこのこ』が「第5回アニメ化してほしいマンガランキング」で1位を獲得。台湾、韓国、中国、タイ、フランス、ドイツで配信され人気を集めるなど、次々と結果を出している。
金 ウェブトゥーンでこのジャンルが人気というのは実はなく、学園ものだけどファンタジーであるとか、ラブロマンスだけどホラーなどジャンル自体が豊富になっています。なので、ランキングも頻繁に変わりますし、本当に垣根なく様々な作品を読者さんには楽しんでいただいています。
高橋 異世界転生や悪役令嬢などがマンガ界のメガトレンドになっているので目につきますが、LINEマンガは4000万ダウンロードを超えていて、本当に裾野が広いです。
金 今後もっと日本発の作品を増やしていく必要があると考えていて、既にプロとして活動している作家さんはもちろん、アマチュア作家さんもアップロードできる場になっていければと。LDFでは編集など作家さんをサポートできる環境を整えています。
高橋 『先輩はおとこのこ』は元は「LINEマンガ インディーズ」というアマチュア作家さんの投稿システムから生まれた作品なんです。ここで多くの読者を獲得した作品が本連載となるのですが、この流れは今まで出版社の編集部でふるいにかけられていたのとは別のもの。システム自体は当初からありますが、今年から報酬も出るようになったので、活用してほしいですね。
金 「クリエイター・エコノミー」=アマチュア作家を育てていくことは重要なことだと思っています。
――日本でのウェブトゥーンは「うまくいっていると思います」と金氏。しかし、「まだスタートを切ったばかりで、マーケットが本当の意味でポジティブな状態になるには3年から5年かかると思っています」と話す。そして作品数の増加とともに、これからの鍵となるのが、アニメ化やドラマ化など、映像化によるグローバルIP化だ。
高橋 日本でグローバルに出られるソフトウエア文化では、マンガ、アニメ、ゲームなどがありますが、ウェブトゥーンの市場規模はその半分にもなっていません。成功の兆しがあるものとしては、先ほども話に出た『先輩はおとこのこ』はグローバル展開していて世界で読まれていますが、IP化にはもう少し時間がかかるかなと。
金 国をまたいでのコンテンツビジネスに発展させることがウェブトゥーンの目標でもあります。昨年は韓国のドラマ制作スタジオ・スタジオドラゴンと提携してスタジオドラゴンジャパンを設立したりと、今まさに準備を進めている段階です。春以降、よりいいニュ ースが発表できると思います。
高橋 LINEマンガにおけるウェブトゥーンの今の状況は、「先に出した」ということ。多様性を認めていち早く最大化していった、これに尽きます。だから、他社さんが新たにウェブトゥーンを起点としたビジネスをやるときに1番に声をかけてもらえる。スタジオさんも今1つずつ作品を作って売り出そうとしているところ。連携はしっかり取っているので、一緒に発展していけたらと思います。