※日経エンタテインメント! 2023年4月号の記事を再構成
エンタテインメント作品作りを変える「5大新潮流」を解説する「エンタ界の新スタンダード」特集。第2回のテーマは、スマートフォンに最適化した縦スクロール閲覧で、グローバルでの急成長が見込まれている縦読みマンガ「WEBTOON(ウェブトゥーン)」。日本では2022~23年が「ウェブトゥーン元年」と言われており、様々な企業が参入。その現状と広がり、課題とこれからを見ていく。
縦スクロールでオールカラーのスマートフォンに特化した新しいマンガの形態「WEBTOON(ウェブトゥーン)」がシェアを伸ばしている。
ウェブトゥーンは約20年前に韓国で始まったサービスだ。2003年にKakaoが、05年にNAVERが開始。「もともと発祥の地である韓国では、20年前に出版業界が縮小したため、作家たちの作品を発表する場としてNAVER WEBTOON社がやっていた1つのサービスでした。同様に出版業界が縮小していたアメリカに進出。エコシステムがアメリカで確立したことで、今の基盤を作ってきたという歴史があります」(LINE Digital Frontier共同代表取締役 金信培氏)。
近年アメリカ、ヨーロッパ、中国など各国を席巻。アメリカでは昨年ギリシャ神話がモチーフの『ロア・オリンポス』が、マンガ界のアカデミー賞と言われるアイズナー賞など3大マンガ賞を総なめにする快挙を達成した。世界のウェブトゥーン市場は2021年に37億8751万ドル(約5075億円)まで伸長し、28年には275億1007万ドル(約3兆6863億円)に達すると試算されている(※QYResearch「Global Webtoons Market Size, Status and Forecast 2022-2028」より。円は2月時点1ドル134円で計算。)。
日本には、10年代前半に上陸。「comico」「ピッコマ」「LINEマンガ」など韓国にルーツを持つプラットホーム系のマンガアプリが次々と参戦し、認知を広げ、横開きを主流とする日本のマンガ界に縦スクロールで読むという新風を巻き起こした。
現在日本では、マンガアプリユーザーの約40%がウェブトゥーンを読んだことがあるとされ、そのうち半数以上は週に1回以上利用しているという(図1)。支持されている理由としては、「スクロールのみで読める」「スマートフォンで読みやすい」「カラーが豊富」といった機能面から、「絵がきれい」「会話の流れが分かりやすい」など提供されている作品そのものにも好意的な意見が多い(図2)。
当初、『俺だけレベルアップな件』(ピッコマ)に代表される韓国作品が主流だったが、『先輩はおとこのこ』(LINEマンガ)など日本人作家によるヒット作も誕生してきており、ここにきて日本でのウェブトゥーンは新たな局面を迎えている。
スタジオ続々、出版社も参戦
ここ2、3年の間に、ウェブトゥーンを制作するスタジオが続々と誕生。21年にはDMM.comがGIGATOON Studioを作りマンガ制作に初めて取りかかったのをはじめ、22年にはサイバーエージェントの子会社がStudio ZOONを設立するなど、ウェブコンテンツを主軸にする企業が参戦。現在ウェブトゥーンの制作スタジオはSORAJIMAなど日本に約70社が存在し、随時クリエイターを募集している状況だ。さらに『Dr.STONE』(集英社)の作画を担当したBoichiが尹仁完の原作で今年中に「LINEマンガ」でウェブトゥーン作品の連載をスタートすることも発表されるなど、人気作家も参戦。
小学館、集英社、KADOKAWAといった大手出版社も昨年から本格的な参画を始め、ゲーム会社のアカツキがウェブトゥーンに特化したマンガアプリ「HykeComic」をスタートさせるなど大きな動きとなっている。
「縦スクロールは実装しているところが少なく、そういう意味では広がっているともこれからとも言えます。LINEマンガさんには過去20年分の作品がありますが、昨年くらいから各社ようやくスタートしたところ。日本ではまだ作品数がそろっておらず、すぐに収益化するのは簡単ではありません。今、いちから作品を作っているので、溜まったときにどうなっているかですね」(小学館でウェブトゥーン事業を手掛ける鳥光裕氏)。
Netflixで配信され世界的ヒットとなったドラマ『梨泰院クラス』も元はウェブトゥーンから生まれた作品。映像化への流れも既にできている。
今回は日本でのウェブトゥーン展開で先行する「LINEマンガ」と、22年に専門スタジオを作りウェブトゥーン制作に乗り出した小学館を取材。そこから見えてきたのは、「世界」というキーワードだ。
本格参入を果たした小学館。課題は「どこで売るか」
――小学館では昨年、ウェブトゥーンの専門部署を作ると同時に、制作スタジオSTUDIO SEEDを立ち上げた他、バンダイなどと共同でウェブトゥーンコンテスト「TOON GATE」を開催するなど、動きを活発化させている。そこで今回は、小学館の鳥光裕氏に、本格参入に至った考えを聞いた。
「マンガはデジタルと相性がいい」というのがまずあります。電子マンガも普及しており日本国内は現状のままでもいいのですが、世界の人は見開きの方向が逆ということもあり、縦スクロールのほうが読みやすいんです。今後従来のコマ割りのマンガがスマートフォンで見やすいように最適化していくことは避けられませんし、長い目で見たときに流通を考えても、世界に作品が広がるのはスマホからになっていくと考えられます。マンガを輸出産業としたとき、今のマンガの形で広がっていくほうが幸せなのですが、ウェブトゥーン興隆に備えて、知見と作品を溜めておく必要があると思いました。
ウェブトゥーンは世界で5億人近い市場があると言われていて、7、8年後には3兆円の市場規模になるという予測もあります。今後日本ではどうなるか分かりませんが、例えば子どもが『ドラえもん』より先にウェブトゥーンを読んでしまったらそれが普通になってしまう。ですから今、我々がやるのは、3兆円の市場のための攻撃と、マンガを守るためのディフェンスの両方の意味があります。
60年分の蓄積をリセット
マンガとウェブトゥーンは人の心を動かすという点では同じですが、やはり少し違います。日本のマンガが蓄積してきた60年分の経験がリセットされるというか。マンガはページをめくる作業があり、縦スクロールとは読者の目の動きや流れが違うので、演出からして変わります。時間経過の表現も、コマとコマの間の幅なのか、次のコマに行くまでの余白なのか、テクニック的なことも変わってくる。
構成は昼ドラに近く、今までは単行本1巻単位でどこを盛り上げるか考えていたのが、毎回の掲載約70~80コマのなかで次を読んでもらうための引きを作らなくてはいけない。また内容も本は簡単に読み返せますが、縦スクロールだと難しく、伏線や前振りも入れづらかったりします。そういう意味で、ウェブトゥーン作品に顔のアップやパニックものなどが多いのは、パッと読んだときの分かりやすさが重要視されているからなんだなと。物語の設定や、作品への入り口となる毎回の引きも、とてもよく研究されていると思います。
要は、我々としてはフォームを変えなければいけないんですね。『M-1グランプリ』のように、テレビの3~4分と劇場の15分の漫才ではネタ作りが変わるのと同じで。そこは慣れていかなければいけないと思っています。
クリエイターの発掘に意味
――「マンガで1番重要な“人の心を動かす作品を作る”のは、編集者ならみんなできる。そこは出版社ならではの強みです」と話す鳥光氏。小学館では現在9名の編集者がウェブトゥーンの業務に就く。STUDIO SEEDも本格始業から1年が経過、分業のシステムも確立してきており、現在約15本の作品を走らせているという。直近の課題は、ウェブトゥーンを「どこで出し」「どこで売るのか」ということだ。
LINEマンガさんなどのストアさんにお願いするか、弊社のマンガアプリ「マンガワン」に出すか、「eコミックストア」(※小学館の総合電子書籍サイト)で見られるようにするのか。縦スクロールで閲覧できる機能を実装しているところがまだ少ないこともあり、その時々の判断になります。
日本は世界と比べて書店がとても多く普段は考えないことですが、デジタルだと平積みであったり背表紙が見えるような“売り場”が少なく、ウェブトゥーンはより少ない。今はお客さんがもともといるところに「こういう作品もありますよ」と出している状態で、「ウェブトゥーンを始めます」だけではお客さんは集まらないんです。
そうなると、誰が何を描くかが重要になってきます。また、ムーブメントを起こす広げ方も、日本ではデジタルの中に留まりがち。戦う相手もSNSやゲーム、動画配信などになってくるので、本を作る感覚に頼るだけではダメで、デジタル上のビジネスとして別のスキームを考えなければいけません。そこは他の出版社さんも苦労されているのではないでしょうか。
「TOON GATE」は非常に面白かったですね。マンガは、原作と作画が分かれている場合もありますが、基本全て1人でやらなければいけませんでした。でも、ウェブトゥーンは「脚本」「キャラクターを描く」「色を塗る」「背景の効果」など何か1つでも才能があればよく、ある種アニメや映画と同じような作り方。クリエイターを発掘していく場になる可能性を感じましたし、それにより、日本でもエンタテインメントに関われる人が増えていくのではと。
裾野が広がることは業界にとってもいいこと。そこに我々がやる意味もあると思いますし、うまくいくとマンガ界にとって有益であると感じています。