
顧客体験価値(CX)を引き上げるには、顧客と接している従業員体験価値(EX)を向上させることが必要――。こう考える丸亀製麺は、社長によるタウンミーティングや麺職人インタビューの公開など、人と人とのかかわりを生かしたEX向上のためのさまざまな手立てを講じている。その具体的な手法とその背景にある山口寛社長の考え方を解説する。
東京・渋谷──。すり鉢状の地形の底に位置するJR渋谷駅を出て、西に向かう国道246号線の上り坂を10分ほど歩き続けた先に、丸亀製麺の本社はある。しかし、この本社で、社長である山口寛氏の姿を見かけることができるのは、原則、週のうち月曜と火曜の2日間だけだ。山口氏は残りの日々を「現場巡り」、つまり全国各地に点在する835に上る丸亀製麺の店舗(2023年4月現在)などを、自分の足で回ることに費やしている。
「一番の理由は、多くの従業員と会話するため」と現場巡りにこれだけ多くの時間を費やす理由を、山口氏は事もなげに語る。
社長と店長ら十数人が話し合う会合を月2~3回開催
丸亀製麺は、感動という顧客体験価値(CX)を継続的に顧客に提供することを目指してきた。そこに成長の源があると考えているからだ。このCXの向上には、実は従業員体験価値(EX)が大きく影響する。ユーザーの満足度は、商品に加え、店内の雰囲気、接客態度、安全性などさまざまな要素によって決まり、それらのサービスの質はいずれも従業員のモチベーションに左右される。CXを引き上げるには、まずEXを高める必要があるわけだ。
このため、丸亀製麺は、特集第3回で説明したように、店頭でのユーザーの感動体験をすぐに可視化し、毎日15時、18時、21時と3回も各店舗の従業員にフィードバックする取り組みを、23年2月から一部店舗で試し始めている。対外的に発表こそしていないが、新型コロナウイルス感染症が拡大する前と比べ、「従業員の平均給与も引き上げている」(山口氏)。いずれも従業員のモチベーションをアップし、CX向上につなげることが狙いだ。
しかし、山口氏はこうした取り組みだけではEX向上に十分ではないと考えている。「従業員に対しても、お客様に対してと同様、おせっかいと言われてもいいから手間暇をかけて人と人とのかかわりをつくっていく必要がある」(山口氏)。だからこそ、社長自らが現場を巡り、従業員と直接会って会話しようとするのだ。
こうした社長の考えを象徴するのが、「タウンミーティング」という取り組みである。あるエリア内の複数の店舗から、店長や店長候補である時間帯責任者らを集め、山口氏と、丸亀製麺で唯一、“麺匠(めんしょう)”という称号を名乗れる藤本智美氏の2人がその場に赴く。グループに分かれたりしながら、「どうすればお客様にもっと喜ばれるのか」「どうすれば従業員にもっと働きがいを与えられるか」「そのためにはどういう店にしていくのがよいか」といったテーマで議論を重ねる。
丸亀製麺が収集・分析している各種のデータを示し、それに基づいて話すようなことはしない。従業員自身が感じているままに、自由な意見を交わすのがミソだ。
集まるメンバーは多いと15人ほど。1回当たり約5時間議論し、さらにその後に懇親会を開いて親睦を図る。このタウンミーティングを毎月2~3回実施している。山口氏は「議論を通じて、『こういうことをやってもよいよ』と(私が従業員に)伝えることが大切。従業員のモチベーションが上がり、半年から1年後に、そこで議論した内容が各店舗で花咲けばよい」と語る。
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