スタートアップ業界に無知な素人CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)担当者が、金融の仕組みを知らぬまま無謀な投資を重ねて損失拡大、社内の協力も得られずシナジーは実現しない……。CVCに取り組む企業には、そんな“残念な未来”が待ち受けているかもしれない。日本最大の業界コミュニティー「FIRST CVC」の代表、山田一慶氏が、日本のCVC成功の鍵を解説する。
ある投資家に、「CVC活動に取り組む事業会社のコミュニティーをやっています」と自己紹介した際、こんな趣旨のことを言われたことがある。
「あー、どこもうまくいかないやつですよね。投資ならプロに任せたほうがいいのに」
CVCに真摯に取り組む事業会社の責任者・担当者が集まるコミュニティー「FIRST CVC」の代表として、現場の様々な工夫や努力・事例を見てきた立場としては、当然違和感を覚える発言だった。
事実としては、前回の連載第1回 ▼関連記事:ファミマも松竹もCVC設立 大企業のベンチャー投資、驚きの実態 で紹介したように、CVC組織を設立する企業は増加の一途をたどっている。そのうえ、すでに始まっているCVC活動の多くは好調であり、スタートアップという産業におけるCVCの役割・重要性はますます高まっている。「どの企業もうまくいかない」というのは、あまりにも雑な議論と言えるだろう。
しかし、そうはいってもスタートアップ業界にこうしたCVC活動へのネガティブイメージがあるのも事実だ。彼が言ったことは、CVCが本質的に抱える課題の核心を突いた、一理ある話でもある。
大企業がスタートアップへの投資と協業を狙うCVC活動は、純粋なファンドとも、大企業同士のアライアンスとも違う特有の難しさがある。それを自覚せずに取り組めば、確かに「うまくいかない」という状態に陥る恐れはある。CVC活動への世間のイメージは、CVCが成功までに直面する壁の高さを示しているとも言える。
では、CVCの成功を阻む「壁」とは一体何なのか。理解するためのキーワードは以下の3つだ。
(1)スタートアップは「文化」である
(2)CVCは、VC(ベンチャーキャピタル)である
(3)戦略シナジーとは、社内改革である
今回はこの3つのキーワードを軸に、FIRST CVCがまとめた国内CVC110社の大規模調査「Japan CVC Survey2022」のデータを引き続き参照し、特に活動状況が好調で投資に積極的なCVC(「リーディングCVC」と定義)に注目しながら、CVCが向き合う壁と、日本のCVCが現在それをどこまで乗り越えられているのか、読み解いてみたい。
▼関連リンク(クリックで別サイトへ) 「Japan CVC Survey 2022」そもそも「スタートアップ」とは何か
まず、(1)スタートアップは「文化」であるという点に関して。そもそもあまたある企業の中で、一体どの会社がCVCの投資先となる「スタートアップ」と言えるのか。これは実に難しい問いである。確実に定義する法律や基準は存在しないからだ。
スタートアップと呼ばれる企業には、起業直後の売り上げゼロの企業からプロダクトが立ち上がった後の年商数億円ほどの企業まで存在し、設立年数で定義するのは困難。また、VCからの資金調達の有無という考え方もあるが、例外はそれなりに存在する。結局、スタートアップを特徴付けるのは、経営スタイルや価値観、その企業の目指す成長や革新性といった「文化的要素」にあるというのが筆者の見解だ。
スタートアップは、従来のビジネスモデルや産業構造に挑戦し、新しい市場を創造することを目指す。そのため、リスクを恐れず、急速な成長や変化に対応できるアジリティー(柔軟性・敏しょう性)を持っている。また、誰もやったことのないテーマに向かって多様なバックグラウンドやスキルを持つ人材が集まり、それぞれの強みを生かし合って革新的なアイデアを生み出すダイバーシティー(多様性)も求められる。
一方で、安定した事業を持ち、大規模なオペレーションを維持する必要がある大企業の組織は、こうした文化が弱くなりがちだ。大企業とスタートアップの間の文化的ギャップは、協業の進展を妨げる大きな原因となる。両者のシナジーを最大化するためには、大企業側もアジリティーとダイバーシティーのある組織文化を築くことが必要だ。
当然、その最前線に立つCVCには、スタートアップのスピード感や発想に、より柔軟についていくことが求められる。CVCがスタートアップと大企業の間の懸け橋となり、両者の文化的な違いを理解しながら適切にマッチングを行い、迅速な意思決定や実行力をもって投資先のスタートアップをサポートする。これができれば、良い投資や協業につながるはずだ。
この観点から見て、日本のCVCの現状はどうなのか。
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