※日経エンタテインメント! 2023年4月号の記事を再構成
現在放送中の、テレビ東京のドラマ『夫を社会的に抹殺する5つの方法』(通称『オトサツ』)が話題だ。夫の大輔(野村周平)からDVやモラハラを受けてきた主人公の奥田茜(馬場ふみか)が、謎の手紙の指示に従い、大輔を制裁していく社会派サスペンス。1月に放送がスタートすると、初回の見逃し再生回数は129万回を突破した(ビデオリサーチ調べ。23年1月18日現在)。さらに、TVerの「お気に入り登録」数は、23年2月中旬時点で約53万人。これはGP帯(19時~23時)ドラマに匹敵する数字で、24時台の深夜ドラマとしては異例と言える。
この作品の特徴として、DMMグループのWebマンガスタジオ「GIGATOON Studio」制作の“縦読みマンガ”(縦スクロールで読むフルカラーのWebマンガ)を原作としている点が挙げられる。韓国のWebtoon原作のヒットコンテンツは数あるが、『オトサツ』は「日本初」の新しい例となるため、業界の注目度も高いだろう。どのような形でこのプロジェクトが進み、ヒットにつなげたのか。『オトサツ』プロデューサーの倉地雄大氏と、コンテンツプロデューサーの井上穂乃香氏に話を聞いた。
原作の持つ攻めたテーマとビビッドな現代性
――縦読みマンガを原作とするドラマを制作して、その魅力をどんなところに感じていますか。
倉地雄大氏(以下、倉地) 私見ですが、Webtoonをはじめとする縦読みマンガは、攻め切っている題材が多いですよね。今の時代に合ったものを切り取っていて、タイトルも分かりやすい。『オトサツ』が多くの人の目に留まった理由も、そんなところにありそうです。一般的に、縦読みマンガはスマホで読むと思うんですが、電車1駅分みたいな尺感で1話が作られている。そこに、次を読みたくなるような、読者を引き付ける努力や工夫が詰まっているので、シーンの持つ力が強い。ちなみに『オトサツ』の場合は、大体マンガ3話分が30分のドラマ1話分で、サイズ感としても相性がいいと感じました。
井上穂乃香氏(以下、井上) 実際に放送が始まってから、「その顔やめろよ。仕事行く前から疲れる」みたいに、大輔が茜をモラハラするシーンは、SNSで切り取られてかなりバズりました。原作にすでに、切り取りたくなるシーンやセリフがたくさんあるんですよね。SNSで作品のことを知った新たな視聴者が、配信で本編を見てくれる、といった動線にもなりました。
倉地 ドラマ作りの点では、夫から妻へのDVやモラハラが描かれますし、女性が見たときに「軽い」と思われたら終わりだなと。馬場ふみかさんが演じる茜は被害者ですが、復讐をしていく加害者にもなるわけで、その茜を応援できるドラマにしないといけない。性別がすべてではないですが、茜の気持ちを丁寧に描ける女性監督の上村奈帆さんに監督していただきました。上村監督は「こういう題材なので、脚本から丁寧に作りたい」と言ってくれて、脚本も担当していただいたので、監督が「やってみたい」と意図する挑戦的な表現も生きています。
井上 第1話の流産のシーンは、普通だったら病院へ行くなどの描写がないと分かりづらいところを、血が流れる映像だけで表したり。第2話では1つめの復讐として、大輔が失禁させられるんですが、視聴者が引いたり冷めたりしないラインで表現し切るというのも、チャレンジだったと思います。
ドラマとマンガが同時進行、双方で作品を盛り上げる
――今回、DMMグループとタッグを組むことになった経緯は?
倉地 『全裸監督』(19年)などを手掛けた、プロデューサーのたちばなやすひとさんと面識があって、たちばなさんにDMMさんとつないでいただいた形です。「ある程度、映像化を視野に入れたマンガ作りをしている」ということで。昨年の6月くらいにDMMさんとお会いして、1カ月くらいでいろんなことが一気に決まりました。その後の脚本作りなどが結構しんどかったですが(笑)。最初に、原作の候補をいくつか読ませていただいて。昨年、松本若菜さん主演の『復讐の未亡人』が、深夜26時台の枠にもかかわらず、見逃し配信で再生数が100万回を超えたりとかなりの反響があったんですね。「女性の復讐劇」は配信との親和性が高いという手応えもあったので、「ぜひ『オトサツ』を」とご相談させていただきました。
――通常の原作ものを制作するときと、何か違いはありましたか。
倉地 縦読みマンガの場合、連載したものをまとめて単行本で出版する…という作品より、世に出るスパンがたぶん短いんですよね。だから、ハラスメントやジェンダーのような、まだ浸透し切っていない社会問題だったり、読者の熱が高いものや、今の空気感をギュッと詰めることができるんだなと感じました。
井上 タイトルにある「社会的抹殺」っていうのもまさしくですよね。制作上の物理的なスピード感も特徴だと思いました。
倉地 そうですね。当初、マンガは12月にリリース予定と聞いていました。それを、ドラマ化の情報解禁の11月に合わせて、2カ月前倒して10月の中旬から1話が配信されたんです。おそらく、紙のマンガではありえないんじゃないかと。ご苦労はあるはずですが、1人の作家に頼るのではなく、チームで取り組む縦読みマンガの制作体制ならではかなと思いました。「ドラマでは少し設定を変えたい」といったご相談も快く受け止めてくれて、レスポンスも早かったです。あと今回新しいのは、マンガとドラマが並走している点。
井上 終盤まで、茜に復讐の方法を知らせてくる仮面の正体を誰も知らないのが良かったですよね。
倉地 マンガとドラマの盛り上がりを、同じタイミングに持っていける。ドラマと同時に、マンガも新作が配信されていて、マンガからドラマへの流入もあって。作品を知ってもらうために宣伝施策はやりますが、テレビ東京単体では1つの球を投げるのに精一杯。DMMさんで同時期に同じ作品があることで、球が熱くなる。この相乗効果はありがたかったです。
制作スタッフ自らがPRプランを設計
――井上さんは「コンテンツプロデューサー」です。どんな役割を?
倉地 他局ではあまり見ない肩書きかもしれませんが、「いかに配信で見てもらうか」をクリエーティブに考える、という任務です。最近は視聴率や録画率だけではなく、配信でどれだけ回るかが指標として大きくなってきたので、担う役割は増してますね。それから、他局のGP帯ドラマとは違い、テレビ東京の深夜ドラマは、毎クールの放送で気付いてもらえるとは限らないので、大前提として「視聴者にリーチしないとダメだ」と考えていまして。
井上 人数が少なくて、1人で2役、3役やるという局の色もあるのですが(笑)、私もDMMさんにお会いする段階から制作メンバーに入っていました。脚本の打ち合わせにも参加しているので、ドラマが完成してから宣伝プランを立てるのとは深度が違ってくると思っています。どこを伝えたいかを、ピンポイントで提案できますし、PR戦略を分業しないこの体制は、テレビ東京ならではかなと。
倉地 昨年の4月期に担当していた『花嫁未満エスケープ』も、配信が好調でしたよね?
井上 でも、最初からマスにリーチできていたわけではないんです。それで、1話と2話の反応を受けて、SNSでの働き掛けを変えました。場面写真を投稿するだけだと一方通行ですが、「今カレと元カレ、どっち派なの?」みたいな、発言したくなる議題を投げ掛けて。そうしたら、失恋ソングをBGMで使った対立構造の動画をみなさんが作ってくれたりして、TikTokで「#花嫁未満」が総再生数1億回を超えたんです。配信の再生数も2倍に跳ね上がったりして、うれしい反響でした。
倉地 井上は入社2年目で、日常的にSNSに触れてきた世代。プロデュースする立場かつ、僕らとは違う目線でPRの発想をしてくれるのが強みです。
井上 今の時代は、作品ごとにコミュニケーションを作っていくことが重要かなと感じています。TVerの再生数は話数ごとに下がってしまうことが多いんですが、維持できるように、YouTubeで毎話「1分で分かる」ショート動画をアップしたり。SNSで人気のマンガのジャンルに、「夫へのグチ」みたいなものが1つありますが、その界隈で盛り上がってほしいので、最終回までに何か仕掛けられたらと思っています。
倉地 今回DMMさんと組ませていただいて、総括は先ですが、きっと成功事例になるだろうと考えています。縦読みマンガが得意とする、GP帯ではできないようなエッジの効いたテーマは、『モテキ』(10年)や『アオイホノオ』(14年)などを制作してきたテレビ東京と相性がいいと思うんです。新たな表現を模索するためにも、今後も新作に挑戦したいです。
ドラマの進行と連動して、無料枠の増量やキャンペーンなど柔軟に対応し、より多くの方に届けられるように、プロモーションも頑張りました。結果、作品と「GIGATOON Studio」、「DMMブックス」の知名度も上がったと認識しています。
ぜひ今後も、今回得た知見をもとに、映像化への取り組みを継続していきたいと考えています。(談)
(写真/中村嘉昭)