DX(デジタルトランスフォーメーション)時代で小売業が大きな転換期を迎えている中、一般社団法人 リテールAI研究会(東京・千代田)が、DX推進において何に配慮すべきか、どんな施策を実施していくべきなのかを、5回にわたって提言する。5回目の今回は、テクノロジー活用による新しい買い物体験について考察した。

「リアル店舗は消えるのか?」(日経BP刊)から
「リアル店舗は消えるのか?」(日経BP刊)から
▼前回(4回目)はこちら 小売業のDX課題 データの整備・蓄積・活用をどう考えるか

 今回はロジックツリーの最終段階である、「テクノロジー活用による新しい買い物体験」に関するいくつかのトピックスについて論じていく。小売業とお客様を取り巻く環境は大きく変化している。私たちはこの変化を「店舗の最新化」「顧客接点の整備」「買い物体験の高度化」の3つの軸で捉えている。

 1つ目は最新技術で小売事業のあり方を置き換える「店舗の最新化」である。インフラ、ソフトウエア、デバイスの進化は、小売業の生産性を劇的に向上させる可能性を秘めている。規模にもよるが、スーパーなどのチェーンストアでは各店舗に物理的に設置されたストアサーバーから集配信されるPOSデータを、本部サーバーで分析するという構造が多い。

 各地に点在するストアサーバーをメンテナンスするのは手間がかかるし、店舗からのPOSデータは日次(たいていは夜間バッチ)でしか本部サーバーに送られないため、売り上げやその明細をリアルタイムに把握することはできない。しかし昨今のクラウドコンピューティングや仮想化技術の普及は店舗サーバーレス化を促進し、情報システム部門の社員をハード保守から解放しつつある。このことにより情報のリアルタイム性も高まりスピーディーな経営判断が可能になった。また一部の小売企業では、店舗に配信される商品情報、特売情報、棚割情報などをクラウド上で一元管理しようとする取り組みが始まっている。

 労働力不足にあえぐ小売業の省人化と属人的業務からの脱却を進める救世主として、コンピューティングシステムを自律的なものにした「AI」も、期待されている。AIカメラによる画像認識技術、電子タグ(RFID)やビーコンを使った自動認識技術なども業務の自動化、効率化のツールとして注目を集めている。

 店舗システムを最新化することによって、本部、スーパーバイザーの店舗マネジメント業務も、店舗のオペレーション業務も、より効率的に進められるようになるだろう。これにより、新たな挑戦への投資配分も可能になる。テクノロジーの活用は、効率化と事業拡大の両軸で行っていく必要がある。

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多様化した顧客接点の獲得と整備

 2点目の大きな変化が「顧客接点」である。これまで小売業はそのビジネスの中心に「店舗」を据えていた。チェーンストアビジネスは、出店し、店舗の売り上げと経費の差である店舗段階での利益を生み、さらに出店を重ねることで企業としての利益を積み上げていくビジネスモデルだ。「店舗の利益×店舗数=企業の利益」となるため、店舗の利益を最大化し、店舗数を拡大することで、企業の利益を最大化しようとする。

 店舗の利益を最大化するために、店舗の商品構成、フォーマット、店内オペレーションなどは徹底的に「標準化」が追求される。全てを型に落とすことで店舗数は拡大しやすくなり、商品仕入れもスケールメリットが生まれやすくなる。こうした「標準化」と「集中化」の相乗効果を目指すチェーンストアビジネスは、「売場」としての店の仕組みの上に成り立っている。

 しかし、コンビニエンスストア、ドラッグストア、ホームセンター、ECなど小売業態は多様化し、いまや消費者の周りには多様な「売場」が存在する。メーカーの努力による商品の進化もすさまじい。さらに消費者が買い物に求める価値は「新しい」「面白い」「環境にやさしい」など、より情緒的になってきている。「低価格」だけの紋切り型の店では、必ずしも消費者から受け入れられなくなってきたのだ。

 今、リアル店舗は商品を陳列して販売するだけでお客様に十分な価値を提供できるのだろうか。リアル店舗はそれを自ら検証するため、お客様を知り、お客様に聞く「顧客接点」として、新たな役割を担うべきである。

 さまざまなセンシング技術の発展により、店内でどんなお客様がどんな行動をとって最後には購入に至ったのかがわかるようになった。そうしてお客様を理解した上で、お客様に有益な情報をデジタルサイネージやアプリを通じて届ければ、お客様の買い物体験の質は向上するだろう。「標準化」の下、これまで作り上げ守ってきた店舗の仕組みも、お客様とのコミュニケーションの観点で見直されるときが来ている。

 小売業の顧客接点は2000年代までは、実店舗+マスメディア(折り込みチラシ、DM含む)とかなり限定されたものだけで、その限定されたツールをいかに使うかが集客なり販促の主な業務とされていた。

 しかしその状況を一変させたのがインターネットとスマートフォンの登場だ。1990年代の後半にインターネットが普及し始め、2007年にiPhoneが発売されたのを機に、通信に関する環境は大きな変化を迎える。2010年に日本国内のスマートフォン所有比率は4%程度だったが、2015年には5割を突破。2021年にはスマートフォン・ケータイ所有者のうち9割がスマートフォンを持っているという状況である。

 それに伴い、小売業の顧客接点がそれまでの「実店舗+マスメディア(折り込みチラシ、DM含む)」から、ホームページ、ECサイト、スマートフォンアプリ、SNS、コールセンター等々、さまざまな形でオンライン上に広がった。

「リアル店舗は消えるのか?」から
「リアル店舗は消えるのか?」から

 言い換えると「実店舗は複数ある顧客接点の中の一つになった」ということだ。店を中心にしたビジネスを、顧客を中心に据えたビジネスとして再定義することが必要になった。そして、小売業は実店舗以外の顧客接点という武器を獲得し整備するという「仕事が増えた」わけである。

 小売業という業態が産業化したのを終戦後の1950年代と考えると、そこから60 年以上、小売業は実店舗中心で物事を考えてきている。新しく生まれたその他の接点はどうしてもおざなりになってしまいがちだ。

 しかし「アプリが使いづらい」「ホームページの情報が更新されていない」「SNSはほとんど活用していなくて、フォロワー数が2桁」「ネットショップを開設しているけれど、注文から商品到着までにとても日数がかかる」というような小売業は、どんなに実店舗が磨かれていても、はじめて接した接点によっては魅力が半減してしまいかねない。

 接点を設けたからには、どの接点も磨き続けるべきだし、自社がどのようなコンテンツを持っているのかをきちんと把握し、適切なコンテンツを、オンライン・オフライン含めた適切な接点から伝えていく必要があろう。

買い物体験の高度化を実現する

 3つ目は、「顧客接点の増加」に伴い「新しい買い物体験を提供」していく必要が出てきたことである。つまり「買い物体験の高度化」である。魅力的な商品を開発し、販売していくのはもちろんのことであるが、たとえばお客様一人一人の趣味嗜好に合わせた広告や販促施策を展開し、オンラインでの接客を提供し、好きなところで注文し、好きな方法で受け取れるサービスを提供していく…というように、買い物方法そのものも変化が求められているのだ。

 だからこそ、リアル店舗の存在意義も変化していくだろう。お客様にとっては購入する場所から体験する場所へ、小売りにとっては顧客理解の情報を得るための場所へ。さまざまな業種業態が、リアル店舗とオンラインの店舗をミックスして、店舗そのものの価値を再定義しようとしているのだ。

「リアル店舗は消えるのか?」の内容から一部抜粋して紹介している
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リアル店舗は消えるのか?
流通DXが開くマーケティング新時代(日経BP)
著者:一般社団法人リテールAI研究会、鹿野恵子
定価:1,980円(税込)、四六判、344ページ

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