DX(デジタルトランスフォーメーション)時代で小売業が大きな転換期を迎えている中、一般社団法人 リテールAI研究会(東京・千代田)が、DX推進において何に配慮すべきか、どんな施策を実施していくべきなのかを、5回にわたって提言する。4回目の今回は、「データ活用環境の整備」について述べる。

「リアル店舗は消えるのか?」(日経BP刊)から
「リアル店舗は消えるのか?」(日経BP刊)から
▼前回(3回)はこちら IT提供や金融、広告も 小売業はDXで新しいビジネスも目指せる

 私たちは「新しい買い物体験実現のため、流通業界をAIで変革する」という目的を実現する初手として「データ活用環境の整備」に取り組むべきと考えている。基礎データを整備し、データの蓄積を適切に行い、活用していくという段階を踏まなければ、どの企業もDXを実現することはできないからだ。

「リアル店舗は消えるのか?」から
「リアル店舗は消えるのか?」から

 この図はリテールAI研究会で作成した「リテールAI・DXカオスマップ」だ。会員社を中心に、顧客接点や商品に関するリテールAI、DXのソリューションを一つの図表上にまとめた。小売業におけるAI・DXソリューションは、大きく顧客に関わる「ショッパーマーケティング」、商品に関わる「カテゴリーマネジメント」、そして物流に関わる「サプライチェーン」の3つに分類することができる。そして、各サービスロゴのそばにある「プライシング」「サイネージ」「エンド」「家計簿」「ラストワンマイル」などの文字が、ビジネス課題に対するソリューションやサービスを指し示す。

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 円の外縁部は、「クーポン」や「無人店舗」のように実際にお客様や従業員の接点となるソリューションやサービスであり、中心に向かえば向かうほど「データ基盤」「レコメンド」というように抽象度が高い基礎技術に近づいていく。

 2020年代の小売業は、このような多種多様なビジネス課題をカバーしながら、採用する技術を選択し、次世代のビジネスを構築する必要に迫られている。その際、このカオスマップ上にあるソリューションやサービスに、むやみやたらに取り組めばいいというものではない。

 なぜなら、具体的なビジネス課題を持たず、「データ基盤を整えたい」「マスタを整備したい」というような漠然とした課題感からDXに取り組もうとすると「顧客に関するデータはこれが必要だ」「サプライチェーンからは、あのデータも、このデータも必要そうだ」「あれもこれも全部データを統合したい」と収拾がつかなくなり、サグラダ・ファミリアのように完成までに何百年も必要なシステムになってしまうからだ。

 まずフォーカスすべきは「解決したい具体的なビジネス課題」だ。「サイネージを設置して、買い上げ点数アップにつなげたい」「スマートショッピングカートを導入して、レジ工数を削減したい」というように、カオスマップの外縁部にある具体的な課題を選択し、その課題を解決するのに必要な基礎的なソリューションやサービスを円の内側からピックアップしていくのである。

 このように「具体から抽象へ」と進めていくことで、無駄なくスマートにビジネス課題を解決していくことができる。そして一つ一つのビジネス課題の積み重ねが、企業全体のDXの成功につながる。

プロジェクトの87%が失敗する

 どこのビジネス課題を解決したいと考えた際にも、共通して取り組まなければならないことがある。「基礎データの整備」「データの蓄積」「データの活用」の3つだ。

 データ活用が重要であることは、どの企業でも頭では理解しているものの、実際に着手しようとすると、何から手をつければいいのかの方向性を見失ってしまって、失敗に終わるという企業は少なくない。IBMのデータサイエンスとAIのCTO、Deborah Leff氏は、「データサイエンスのプロジェクトのうち、リリースに至ったのは10件のうち1件にすぎない」と述べている。

 プロジェクトの成功に必要なのは適切な指導者によるサポートであるのに対し、一部の人 は技術や資金を投入しさえすれば成功に至ると考えているのがその理由の一つだと、氏は言う。AIのプロフェッショナルであるIBMでさえ、この程度の成功率なのである。素人がうかつに手を出しても、そう簡単に成功できることではないということは想像に難くない。ことほどさように、企業における高度なデータ活用は難易度が高いものなのだ。

 さまざまな理由が考えられるが、先に述べたように具体的な戦略なくデータ整備に着手し、サグラダ・ファミリアのような巨大なシステム計画をいくつも生み出してしまっていることと、成功のための法則がまだ確立していない状況であることが、大きな理由として考えられる。

 そこで私たちは、会員企業とともに、まずは最低限の技術的な知識を整えるべく検定事業を通じて、データ分析ができる人材を育成している。また、成功事例、失敗事例の共有と議論を繰り返すことで、少しでも失敗を減らし、成功確率を上げていくような活動を続けている。その活動を通じて得られた「基礎データの整備」「データの蓄積」「データの活用」の知見だけでなく、失敗事例なども織り交ぜてお伝えしている。

「リアル店舗は消えるのか?」の内容から一部抜粋して紹介している
「リアル店舗は消えるのか?」の内容から一部抜粋して紹介している

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リアル店舗は消えるのか?
流通DXが開くマーケティング新時代(日経BP)
著者:一般社団法人リテールAI研究会、鹿野恵子
定価:1,980円(税込)、四六判、344ページ

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