DX(デジタルトランスフォーメーション)時代で小売業が大きな転換期を迎えている中、一般社団法人 リテールAI研究会(東京・千代田)が、DX推進において何に配慮すべきか、どんな施策を実施していくべきなのかを、5回にわたって提言する。3回目の今回は、小売業DXによる、新たなビジネスモデルについて考察した。
さまざまな新技術で実店舗を武装しつつ、チャレンジングな小売業は既存の「小売り」のビジネスから一歩踏み出した、新しい収益源の確保を模索している。その中でも目を引くのが、①システムの外販、②金融業、③広告業だ。
▼前回(2回)はこちら リアル店舗に眠るデータという宝の山 小売業DX、3つの目的システムの外販ビジネスも
図はアマゾンのセグメント別売上高と利益である。リテール部門の売上高も成長しているが、さらに目を引くのが、アマゾンが提供するクラウド開発基盤のAWS(Amazon Web Services)の売上高だ。営業利益率が30%近く、年間成長率も30%以上となっている。もはやアマゾンは、小売事業者であると同時にシステム事業者であるといえる。
このような、自社が開発した情報システムを他の同業他社に展開する、「システムの横展開」は昔から銀行・製造業など、さまざまな業種で行われてきた。以前は情報システム子会社を作り、内製で得られたシステム開発のノウハウを他社にも提供するビジネスモデルが中心だったが、昨今はクラウド化やサブスクリプション契約が一般的になり、いわば競合他社から情報システムを支援されることに対する抵抗感は薄らいできている。
アメリカでは、ウォルマートもシステムの外部提供に積極的な姿勢を見せる。2021年にはアドビと戦略的パートナーシップを組み、さまざまな店舗運営に関するテクノロジーを小売業に提供することを発表。また、単純なシステム提供とは異なるが、「ウォルマート・ゴーローカル」という、どの企業も採算を合わせるのに苦労している店舗から購入者の自宅までの配送を請け負うラストワンマイル配送を同社が請け負うサービスも提供を開始。こちらはアメリカ最大手のホームセンター、ホームデポが採用したと発表されている。ホームデポは「ウォルマート・ゴーローカル」を使用することで、アメリカにおける人口カバー率が90%を越えるという。
アマゾンは前述したAWSはもちろん、より実店舗に近いソリューションの外販をもくろんでいる。レジレスソリューションの「ジャストウォークアウト」や手のひら認証システム「アマゾン・ワン」などを外販。空港でコンビニを運営するHudsonや、ボストンのスタジアム「TDガーデン」内売店など、小規模な売店・コンビニエンスストアで採用が進んでいる。アメリカの大手スーパーマーケット「クローガー」は、マイクロソフトと提携して、陳列棚の棚板に小型のサイネージを組み込んだ「エッジシェルフ」を外販する。プライスカード付け替えの手間をはぶき、プロモーション動画なども投影することで、リテールメディア化を推進する役割も果たす。
国内では、九州に本社を構えるトライアルカンパニーがスマートショッピングカートを軸とした店舗運営システムを子会社を通じて外販。北海道にドラッグストアなど約200店を展開するサツドラHDは、AWLという子会社(19年から別会社)でAIカメラのソリューションを他の小売業に向けて提供し、GRITWORKSという子会社では小売業向け基幹業務システムの開発に対応したりPOSレジのシステムを販売したりしている。福岡本社のホームセンター「グッデイ」はデータ分析に関する子会社を設立、BIツールを用いた分析方法のソリューションを小売業各社に提供している。
システム開発をするだけの人材や知見のある小売業にとって、システム外販による副収入の確保は、本業である小売りに比べ利益率が高く、スケールしやすいという点でメリットが大きい。
一方、こと国内の小売業は、ライバル企業の使うソリューションの利用を忌避する傾向がある。実際に、「アマゾンは小売業としての競合だからAWSは選択しない。Microsoft Azure、あるいはGoogle CloudPlatform(GCP)を使う」という意思決定も時折見られる。
日本の小売業は、他国と比較すると寡占化が進んでおらず、小規模な企業が大半を占めているという特徴がある。たとえば地方に数店~十数店舗を展開する食品スーパーマーケットのように、規模が小さくてシステムを開発するパワーがない企業は、他社が作ったシステムやプラットフォームに相乗りすることも重要な経営判断になってくるはずだ。そしてそこには大きなシステム開発ニーズが眠っている。
▼関連記事 新しい買い物体験に向け、小売業再定義への挑戦が始まった小売業は金融業と親和性が高い
日々の買い物を通じてお客様と金銭のやり取りが発生する小売業は、金融業と親和性が高いのも特徴だ。楽天やアリババなど、EC大手プラットフォームは銀行業の運営に積極的だ。実店舗こそ構えてはいないものの、預金サービス、ローン、公共料金の支払いなど毎日の銀行ニーズを満たすサービスを提供する。手数料や利率が安価に抑えられているのも人気の秘訣である。
実店舗を運営する小売業ではセブン&アイ・ホールディングス(HD)とイオンの金融業への進出が目立つ。セブン&アイHDでは営業利益の9.7%を金融関連事業が占めている。イオンでは総合金融事業が同35.4%となっている(いずれも2022年2月期)。
海外でも、2021年にはウォルマートがZ世代に人気の投資プラットフォーム「ロビンフッド」の出資企業でもあるリビット・キャピタルと提携し、フィンテック企業を設立すると発表している。JCペニーやメイシーズでは、クレジットカード事業が重要な収入源になっている。
広義に捉えれば、食品スーパーマーケットやドラッグストアが提供するハウスプリペイドカードサービスも、金融業であり、フィンテックといえるだろう。この施策はお客様から先にキャッシュをお預かりすることもあり、資金繰りにも好影響を与える。クレジットカードと違って小売業側に支払い手数料がかからないのも大きい。
昨今の動きではBNPLサービスの導入が興味深い。BNPLは「Buy Now, Pay Later」の略で、「後払いサービス」のことだ。クレジットカードに代わる決済方法として世界的にシェアを高めつつある。
アメリカではアファーム、アフターペイ、クラーナなどの各種BNPLサービスが登場し、ペイパルやアメリカン・エキスプレスなどの既存決済事業者も同様のサービスを展開し始めた。BNPLサービスは、与信の関係でクレジットカードを持てない人、あるいはクレジットカードを使いたくない若年層を中心に利用者を増やしている。欧米では通常のクレジットカード払いにも金利がかかるため、金利の支払いを忌避する人たちにも歓迎されている。
またBNPLサービスは、導入する小売業側にも大きなメリットが期待されている。アファームによれば、BNPLを導入したECサイトは、平均注文額が85%増、リピーター20%増という変化が見られるという。
BNPLサービスについては、日本国内でもいくつかの事業者がサービスをスタートしている。たとえば、CtoCアプリの「メルカリ」が提供する「メルペイスマート払い」は、当月の購入代金を、翌月にまとめて清算できる後払いサービスだ。メルカリの利用実績によってAIが与信を判断し、個人ごとの利用限度額を決定している。
2021年に決済大手ペイパルに買収されたペイディは、ECの支払い画面で簡単な項目を入力すると、手数料無料で分割払いできる仕組みを提供する。個人の与信を見るのではなく、ECサイトでの購買データなどをもとにAIなどが与信枠を設定するのが特徴だ。それまでに何を購入したのかという傾向から、支払い枠を決定するのである。欧米ではECのみならず実店舗でのこのようなBNPLサービス利用率が増加しており、今後国内でも決済方法の選択肢の一つとして普及が進むことが想定される。
小売業は自社を取り巻く資金の流れをデジタル技術を用いてアップデートすることによって、新しい鉱脈を見つけることができる、まだまだ可能性に満ちた業界といえる。
リテールメディアで広告業に
小売業の店舗をメディアと考える「リテールメディア」の価値が高まっている。店頭のサイネージやアプリなどに広告を掲載し、メーカーなどから広告費を得るというビジネスモデルだ。
2021年1月、ウォルマートは広告プラットフォーム事業「ウォルマート・コネクト」をスタートした。全米4000店を越える店舗に設置された、17万台を越えるスクリーンを広告スペースとして提供する。店舗、eコマースのサイトに訪れる週1億5000万人の顧客がターゲットだ。このサービスでは店頭のサイネージのみならず、スマートフォンアプリや店舗レジのディスプレーもメディアとして活用される。データ分析とアプリによって店内にいる顧客にパーソナライズしたクーポンを発行し、リアルタイムに値下げすることで食品ロスの減少をもくろむ。メーカーは店舗におけるリアルタイムの販売動向を把握して広告内容を変化させることもできるという。同社は、「5年以内に全米トップ10の広告プラットフォームになる」と宣言した。
日本でもリテール広告市場が成長する可能性は高い。購入の瞬間での精緻なターゲティングと、効果的な広告配信が可能になれば、それまでマス媒体に使われていた広告費用がリテールメディアへとシフトしていく動きもありうるだろう。
また、日本の小売業にはリベートという慣習がある。メーカーが販売機会を提供してくれた小売業に対して支払う報奨金である。この金額は可視化されておらず、その規模は数兆円に及ぶと考えられるが、このリベートもリテールメディアへの広告費にシフトする可能性がある。市場規模は少なくとも3兆円にはなるのではないかと筆者は試算する。
試行錯誤の繰り返しだけが10年後の発展につながる
このようにさまざまな新技術が登場し、先進的な小売業はどんどん導入を進め、失敗と成功を繰り返しながら進化を続けている。一部の企業では新しいビジネスモデルによる副収入まで得るようになってきた。しかし日本の小売業には、投資に慎重で、新しいソリューションやビジネスモデルに対して様子見をする企業も少なくない。
確かに新規の技術やビジネスモデルはその仕様が実用に足るようになるまでしばらく時間がかかる。新しい技術を提供している企業そのものが事業に失敗して解散してしまうということもよくある話だ。新規の採用技術を決定する際には、その技術が枯れるまで待った方がいいという側面もある。
しかし社会全体が大きな変化に直面しているこの2020年代、手をこまねいて見ているだけという選択肢はありえない。挑戦し続けないことには、一歩も二歩も競合に遅れを取ることになるだろう。自社のDXを、慎重に、けれども大胆に進めていくべきだ。試行錯誤を繰り返して、ノウハウやデータを蓄積していくことだけが、10年後の自社の発展につながるのである。
【販売サイト】
リアル店舗は消えるのか?
流通DXが開くマーケティング新時代(日経BP)
著者:一般社団法人リテールAI研究会、鹿野恵子
定価:1,980円(税込)、四六判、344ページ
■ 日経BOOKプラスで購入する
■ Amazonで購入する