DX(デジタルトランスフォーメーション)時代の中、小売業が大きな転換期を迎えている中、一般社団法人 リテールAI研究会(東京・千代田)が、DX推進において何に配慮すべきか、どんな施策を実施していくべきなのかを、5回にわたって提言する。2回目の今回は、小売業が掲げるDXの3つの目的などについて分析していく。
アマゾンとアリババだけではなく、そのほかのEC専業企業や、D2Cで売り上げを伸ばしてきた企業が実店舗に進出するという話もよく耳にするようになった。なぜこれらの企業はオンラインにとどまらず、実店舗への進出に挑戦しようとするのか。その最大の理由は店頭に眠る宝の山、顧客の行動データを取得したいと考えたからだ。
EC事業者にとっては、顧客のブラウザー上での行動データ、サイト閲覧ログなどの取得は当然のことであり、日々の業務は、それらのKPI(重要業績評価指標)を確認しながらPDCAを回して進めるものとされている。しかし、EC専業事業者は、ECだけで得られる情報に限界があるということに気づいた。そもそも現状のECは、買い上げ点数2~3点、目的買いや代理購買が多いという状況だ。お客様がどのような姿勢で購入したのか、どのように商品を選択したのかという人の購買に対する定性的な情報までは、つかみきれない。
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一方、実店舗という空間には、店舗に何名で訪問したのか、誰と訪問したのか、隣の商品と比較して購入したのか、急いで買ったのか、ゆっくり買ったのか……そういったさまざまなお客様の行動情報があふれている。顧客の姿を立体的に分析し、新たなビジネスモデルを開発しようとしたときに、EC企業が実店舗という場を得ようとするのは当然のことだった。
もちろん実店舗でも、それらの情報を取得するのは容易ではなかったが、昨今ではAI(人工知能)カメラやビーコンなどの普及によって、お客様が店内をどのような順番で買い回りしたのか、お客様が商品の前で何秒立ち止まったのか、商品を手に取ったのかどうか、などの情報までデータとして取得できるようになった。
これらのデータは、数多くの新商品を開発しながら、ヒットするのは一握りという、いわば「多産多死」に悩むメーカーにとっては、喉から手がでるほど欲しいデータである。そのデータをメーカーに販売することで小売業は新たな収益を得られる可能性もある。よりリッチなデータを得るために、EC企業はリアル店舗という(彼らにとっての)新大陸に熱視線を送るようになったのである。
リアル店舗を運営する小売業はデジタルの技術で武装化に着手している。私たちが見る限り、かなり多くの小売業が、この数年でDXを推進する部署を新設している。クラウド化、AIの実用化、スマートフォンの普及、お客様のITリテラシーの向上…さまざまな背景があるが、データを取得しやすくなったことは間違いない。小売業の経営者が代替わりすることにより、経営層の年齢が下がり、デジタルに対する考え方が変わったのも変化の背景としては大きそうだ。
小売企業が掲げるDXの目的には3つの種類がある。一つは効率化である。経費を削減して、利益率を上げる。たとえば今注目が集まっているレジレス技術は、レジ人件費の削減が主目的だ。あるいは、AIで需要予測を行い、仕入れ量を最適化し、廃棄ロスを減らすことでさらなる効率化を図る。需要予測技術は、シフトの効率化等にも使うことができる。
2つ目の目的は売り上げアップである。顧客のデータを集め、分析し、最適な棚割りを作ったり、客に合わせてパーソナライズされたおすすめ商品をレコメンドしたりすることで、顧客の満足度を向上させ、買い上げ点数を増し、売り上げを増やす。あるいは、適切な割引のオファーを行うことで、顧客満足度を向上させつつ、店舗に対するロイヤルティーも高める。
最後の目的が新しいビジネスモデルの開発である。小売業とて既存の「店舗で商品を販売する」というビジネスモデルだけに拘泥していては、今後人口、世帯数減少が見込まれる日本社会において、衰退の一途をたどることは間違いない。新しいビジネスモデルを探求していくのは喫緊の課題だ。
特に日本の企業ではすぐに結果が見える1つ目の「効率化」に終始しがちだ。進んでいる企業でも、2つ目の「売り上げアップ」どまりの企業が多いように思える。しかし、3つ目の「新しいビジネスモデルの開発」という目的にも並行して目を向けて人材を配置することがこれからは重要になってくる。これについては3回目で解説したい。
AI活用がすべてのベースにある
今、小売業はどのようなテクノロジーを導入しようとしているのか。その技術の一部について、概要を紹介する。
・AIカメラ
天井や棚の上に設置したAIカメラでさまざまな情報を取得し、データ化する。たとえば来店客の属性(性別、年齢、体温等)を判別、人の動きや感情をデータ化し、「通過、滞留、接触、コンバージョン」など購買行動の分析などを行う。
陳列されている商品を識別し、陳列状況の確認をしたり、鮮度を感知したりすることも可能だ。店内の従業員の動きを分析することで、店内オペレーションの効率化などにつなげることもできる。
またAIカメラは、遠隔地から店舗の状況を見るためにも利用可能だ。小売業は離れた場所に複数の拠点を有するのが特徴だ。これまではそれぞれの店舗の状況をスーパーバイザー(SV)が実際に訪問して視察し、店舗指導にあたっていた。しかしそのためには長距離を車などで移動する必要があり、臨店・指導時間より移動時間の方が長くなるという課題を抱えていた。もちろん対面による指導は重要だが、常にカメラで店頭を見ることができれば、その移動コストを減らし一人のSVが管轄する店舗数を増やすことができるかもしれない。もちろん従来通り防犯への適用も有効だろう。
・ストアアプリ
小売業の新たな顧客接点として、多くの小売業が自社のスマートフォンアプリを作って運用している。もともとはポイントカードの代替として作られていたものだが、さまざまな機能が追加され、お客様の買い物支援から、新たなビジネスモデル展開のためのツールとして汎用的なものになりつつある。
機能の一例を挙げれば、ポイントカード機能/クーポン配信/動画やレシピなどの各種コンテンツ/ピックアップ・宅配などの購買機能/店舗の取扱商品確認(在庫確認)などなど、幅広い。
この分野でも当然アメリカの小売業は進んでおり、ウォルマートのスマートフォンアプリには、自分が利用したい店内マップが表示され、買い物リストとひもづけられてどの順番で店内を回れば一番効率的に買い物を済ませられるかという情報まで表示される。アメリカのいくつかのドラッグストア企業では、処方箋の送信やアプリ経由で薬剤師と健康相談チャットができるというような健康サポート機能がついている。
・デジタルサイネージと電子棚札
この数年、チェーンストアに一気に普及が進んでいるのが、店内のデジタルサイネージだ。大小さまざまなサイネージが、動画や静止画、音声などによって店内を彩る。AIカメラから得られた情報や、その日の商品の売れ方などと連動して、タイムリーな情報を流す、店内メディアとして機能することが期待されている。
各商品棚に取り付けられ、商品価格を示す「電子棚札」もデジタルサイネージの一つといえるだろう。最近は電子ペーパーを採用し消費電力が少なく済む、メンテナンスコストの低いものが登場しており普及に拍車をかけている。電子棚札は、「ダイナミックプライシング」実現のためのツールとしても期待が高まりつつある。総菜の売れ残り状況に合わせて、値下げをする、競合の状況に応じて価格を変えるなど、さまざまな活用方法が考えられそうだ。
・レジレス技術
決済や無人レジ分野は、顧客の買い物体験の向上と、大きな人件費削減効果が見込めることから注目が集まりつつある分野である。この分野については第3章で詳しく解説する。
・ロボティクス
まだまだ実験的な段階ではあるが、小売業でのロボティクス活用も注目が集まる分野だ。店舗の床掃除ロボットは既に実用化されているし、コンビニエンスストアのローソンは、遠隔操作ロボットによる品出しの実験を行う。ドラッグストアの調剤部門では、調剤ロボットの導入が進む。
自動運転車やドローンを使った配送の自動化、無人化は業界の効率を大きく変えるといわれている。既に自動運転車に荷物を積み込んで客の家のそばまで移動し、無人で商品を販売するスタートアップが欧米や中国では実証実験をスタートしている。
物流倉庫の自動化の進展には目を見張るものがある。日用品卸売り大手のパルタックでは、RDCと呼ばれる大型物流センターで荷物のパレタイズ(出荷前の商品をパレットに詰みつける)やデパレタイズ(パレットに詰まれた商品をパレットから降ろす)、バラ商品のピッキングなどにロボットを導入し、大幅な自動化を進めている。ECやネットスーパーを展開する小売業ではオートストアの全自動倉庫なども導入が進む。
DXを進めるためには、自社の課題を洗い出し、その課題を解決すればどれぐらいの効果があるのかを試算して、解決の優先順位や、どのような順番で着手すべきなのかを検討する必要がある。課題を解決できさえすれば、結果としてITを使わなくても済むというようなこともあるかもしれない。
そして、もしもそこにデジタルを使う必要があり、大量のデータを処理しようとする場合、一番親和性の高いソフトウエア技術がAIだ。膨大なデータを分析し、活用するためには、AIの力を使わないわけにはいかない。前述した新しいデジタル技術の多くも、AIを組み込んでいるものが多い。小売業における需要予測やプライシング、1to1マーケティング、感性分析、商品管理など、さまざまな場所でAIの活用が期待されている。
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