DX(デジタルトランスフォーメーション)時代の中、小売業が大きな転換期を迎えている。このままオンライン店舗が成長し、リアル店舗は消えてしまうのか。今、リアル店舗は再定義を迫られている。小売業におけるリアル店舗の役割とは。メーカー、卸売業はどうふるまうべきなのか。一般社団法人 リテールAI研究会(東京・千代田)が、何に配慮すべきか、どんな施策を実施していくべきなのかを、5回にわたって提言する。

(写真はリテールAi研究会のWebサイトより)
(写真はリテールAi研究会のWebサイトより)

 世の中の仕組みが大きく変わりつつある。2010年には4%程度だったスマートフォンの普及率は90%を越え、ありとあらゆる活動がデジタル起点で行われるようになった。それに伴って、オンライン・オフラインともに次々と新しいサービスが登場し、メディアをにぎわせている。いまや、情報の流通経路自体も変革しつつあり、新たな情報に接する場も、テレビや新聞などの既存メディアからスマートフォン上のアプリやウェブ媒体へと軸足を移しつつある。

「リアル店舗は消えるのか?」(日経BP刊)の内容から一部抜粋して紹介している
「リアル店舗は消えるのか?」(日経BP刊)の内容から一部抜粋して紹介している

 この動きは流通小売業界にとっても例外ではない。インターネット・スマートフォン登場以前、モノを買うためにはリアル店舗に足を運ぶのが当然のこととされてきた。しかしスマートフォンという持ち運べる高性能電子計算機とインターネットという通信ネットワークの拡充により、「いつでも」「どこでも」「ありとあらゆるモノ」の購入が可能になった。これは、単なる「技術革新」ではなく「構造革命」だ。とてつもない変化の時代を私たちは生きている。

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デジタルワールドとリアルワールド

 スマートフォン登場以後、世界はデジタル世界とリアル世界の2つに分離されるようになった。電子書籍が登場し、一般化する流れの中で、書籍は「紙の本」と呼ばれるようになった。音楽はそれまでCDやレコードなどのメディアに載って流通していたが、現在の主戦場は「配信」である。店舗も「リアル店舗」と「オンライン店舗」として理解されるようになった。そして、そのような流れの中で「リアル店舗」は再定義を迫られている。

 そもそもECが登場する1990年代以前には「リアル店舗」「実店舗」という言葉は使われてこなかった。EC登場以前、世界には「リアル店舗」しか存在しなかったからだ(正確にいえば、「無店舗販売」や「通販」は存在していたが、シェアが小さく「リアル店舗」という用語はその時点ではあまり利用されていなかった)。

 しかし、アマゾンや楽天が登場、ECの勃興期である2000年代前半ごろから、「リアル店舗」や「実店舗」という言葉が流通小売業界の俎上にのぼるようになる。2010年代には一般的な言葉になった。小売業におけるリアル店舗の役割とは何か?どのような価値をお客様に提供すべきなのか? リアル店舗とオンライン店舗はどのように役割分担をしていくのか? あるいはどのように融合していくのか? そのなかでメーカー、卸売業はどうふるまうべきなのか? 流通業に関わる全ての人が、この問いに直面している。本書はその「リアル店舗」の再定義のための補助線となる本を目指した。

新しい流通の仕組みを作る

 「AmazonGo」というレジのない店舗をアマゾンが本社内にオープンしたのは2016年の末のこと。それ以前、ECが台頭していた頃から流通業界では「何かが起きる」予感があったが、AmazonGoはそれを具体化したものだと大きな話題になった。

 私がリテールAI研究会を立ち上げたのは2017年4月、活動を開始したのは同年7月のことだ。それはこれからの流通業界の変動を予期して、新しい流通の仕組みを「健全な形」で作っていきたいと考えたからである。日本の小売事業者のIT利用が他国と比べると後発だったこともある。以降、リテールAI研究会では、「新しい買い物体験実現のため、流通業界をAIで変革する」という目的を掲げ、流通業に関わる企業の健全なDX(デジタル・トランスフォーメーション)を推進するために、あらゆる企業に開かれた場を提供してきた。2022年4月には、正会員が112社、流通会員31社、賛助会員118社、協賛社・協力団体3社になるまで成長した。これらの会員企業が製・配・販の垣根を越え、日々勉強会を実施し、実証実験に取り組んでいる。また、人材育成のための検定の提供や、業界の共通商品マスタを構築する「J-MORA」の立ち上げも行ってきた。

 2018年には「リアル店舗の逆襲」(日経BP刊)という本も出版している。この書籍では、新しく登場・普及の兆しがある流通業のIT技術と、その適用可能性を紹介し、一部導入を進めている企業の事例や取り組みを解説した。「リアル店舗の逆襲」を執筆した当時が先進的な企業による「実証実験段階」だったとすると、2020年代に入った現在は「実用段階」に片足を突っ込んだ状態といってよい。DXを担当する部署の新設が急増し、さまざまな最新技術が実際に店舗運営に導入され、効果を上げるという事例が見られるようになった。

 この流れはまだまだ加速していくし、この流れに乗り遅れる企業は生き残ることができないだろう。重要なことは、流通業におけるDXは個別の企業が取り組むだけでは効果が小さく、製・配・販にまたがる流通業界全体で取り組まないと、最大の結果を出せないという点だ。大同団結して取り組まないことには、これまで長きにわたって日本の生活を支え続けてきたリアル店舗を運営する小売業が、後発のネット系小売業や外資系小売業に、席巻されてしまうかもしれない。そこで「リアル店舗は消えるのか?」では、変化する流通業界の2020年代初頭の状況を解説しながら、2030年代へと続く展望を示した。

ロジックツリーでDXを分解して理解する

 当会で作成したロジックツリーがある。これは「新しい買い物体験実現のため、流通業界をAIで変革する」という設立目的を実現するために、着手すべきことを分類して図表化したものだ。大きく「流通業のDX」「データ活用環境の整備」「テクノロジー活用による新しい買い物体験」の3つに分け、それぞれの分野で何に配慮すべきか、どんな施策を実施していくべきなのかをまとめている。

(図は「リアル店舗は消えるのか?」から)
(図は「リアル店舗は消えるのか?」から)

 「流通業のDX」は、社会全体のデジタル環境の変化や、そのなかで小売業・メーカーなど流通業がどう変わろうとしているのか、どのような新しいビジネスモデルを作っていこうとしているのかが問われる。「データ活用環境の整備」は、いかにデータ起点でDXを進めていくべきかであり、手順と課題がポイントだ。「新しい買い物体験の実現のために」とは、データを集約し、分析、活用するための基盤を整えた企業が取り組むことができるようになる。決済や通信インフラをはじめとする店舗システムの最新化、店舗マネジメントやオペレーションの効率化、次々と生まれる新しい顧客接点の整備、お客さまの買い物体験の高度化…、膨大な取り組み事項が待ち構えている。そのなかでもマーチャンダイジングサイクルの起点となる「需要予測」、新しい小売業のビジネスモデルとして注目が集まる「リテールメディア」などが注目される。

 日本の流通小売業は、何十年もの長きにわたり、業界全体での効率化に挑戦してきている。しかし残念なことに、最終的には業界どうしの綱引き合戦になってしまい、何度も何度も頓挫し続けてきたという経緯がある。私たちの取り組みは、その見果てぬ夢に対する再チャレンジといえるだろう。

【販売サイト】

リアル店舗は消えるのか?
流通DXが開くマーケティング新時代(日経BP)
著者:一般社団法人リテールAI研究会、鹿野恵子
定価:1,980円(税込)、四六判、344ページ

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