海外で売る! 日本ブランドの挑戦 第3回

江崎グリコの「ポッキー」といえば、日本人なら誰もが知っているほどのブランド力を持つ。海外市場を含めると累計100億箱以上を販売してきた。ポッキーの海外マーケティングを担当するのは、大きな反響のあった本誌記事「プロマーケターが見たCES 2023」を執筆した玉井博久氏。海外で日本の商品を売るうえでの要諦を聞いた。

アジア各国でポッキーの箱をハート形に組み上げて展示する「Pocky Love」の施策で高い成果を出した
アジア各国でポッキーの箱をハート形に組み上げて展示する「Pocky Love」の施策で高い成果を出した
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 1966年発売のロングセラー商品であるポッキーは、海外展開の歴史も長い。60年代後半の香港に始まり、50年以上にわたって海外でも販売されてきた。中国やインドネシアなどのアジア各国のほか、米国など30以上の国と地域で販売しており、世界の累計販売箱数は100億箱を超える。2020年と21年と2年連続で「チョコレートコーティングされたビスケットブランド」として世界の売り上げトップになり、ギネス認定も受けている。

 同社内で13年、海外でのマーケティングの取り組みを強化するため、社内でグローバルブランドマネージャーという新しい役職を設けた。現地のディストリビューター(流通・配送業者)に依存し、単に輸出するだけでは、スーパーマーケットの輸入商品を集めた棚に、ポッキーがぽつんと置かれるだけ。そんな状況を変え、海外でも積極的に消費者に働きかけ、ブランド力を高める狙いだった。

 リクルートや広告会社でブランド構築の仕事を手掛けてきた玉井氏は、江崎グリコへ入社した後、当初はポッキーの国内広告を担当していた。並行して当時のグローバルブランドマネージャーと連携し、海外拠点との情報交換や業務のサポートもしていた。そうした取り組みの中で、世界共通のブランドメッセージ「Share happiness!(シェアハピネス!)」も生まれる。

カップケーキやデザートをデコレーションするなど、米国でのマーケティングの取り組み例
カップケーキやデザートをデコレーションするなど、米国でのマーケティングの取り組み例
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 16年から玉井氏は、グローバルブランドマネージャーのもとで正式に海外全体を見渡すマーケティング担当に携わっている。ASEAN(東南アジア諸国連合)市場での伸びしろが大きいことから、17年にはアジア地域を統括する拠点をシンガポールに設立した。それ以来、同氏はシンガポールに在住している。

ポッキーを「どう役立てるか」

 海外展開の業務を通して、「ポッキーが選ばれる理由をつくるために『どう役立てるか』を見つけようとしてきた」と玉井氏は話す。ポッキーは食品であり、ある程度は空腹を満たせるが、その面ではアジアの屋台で売っている軽食の方が勝る。細い棒状で、手を汚さず、食べかすをこぼさずに食べられる。そんなポッキーの特徴を人々の生活の中でどう生かすのか。玉井氏は「困りごとを探そう」とチーム内で呼びかけ続けてきた。

中国や米国など30以上の国と地域でポッキーを販売している。写真は中国のパッケージ、江崎グリコのWebサイトから
中国や米国など30以上の国と地域でポッキーを販売している。写真は中国のパッケージ、江崎グリコのWebサイトから
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 そのためには観察をする。例えばインドネシアで首都ジャカルタを訪れてみれば、交通渋滞がひどいことが分かる。通常なら15分で到着する道のはずが、渋滞していると2時間もかかってしまう。交通規制により、ナンバープレート末尾の数字が偶数か奇数かで日によって通れない道がある。「2日ほど滞在すれば、誰でも渋滞が大きな『困りごと』であることが分かる」と玉井氏は話す。

 ポッキーで日々発生している渋滞のイライラを解消できれば、行き先の商談がうまくいくかもしれないし、友達との食事会にもより楽しい気分で到着できる。インドネシアでは、渋滞中に同乗者と分け合って楽しく食べられることを訴えるCMを流したほか、アジア地域で広がっている配車サービスの「Grab(グラブ)」と提携して車内でポッキーを販売する取り組みを実施した。

交通渋滞が激しいことで知られているインドネシアでは、渋滞をテーマにしたCMを流したほか、配車サービスの「Grab(グラブ)」との連携を進めた
交通渋滞が激しいことで知られているインドネシアでは、渋滞をテーマにしたCMを流したほか、配車サービスの「Grab(グラブ)」との連携を進めた
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 「困りごとを探す」という姿勢は、かつて働いていたリクルートで身に付けた。「『不の解消』を見つけろ、それがビジネスになる」という考え方に基づき、リクルートは成長を続けてきた。「不」とは消費者が抱える不安や不満のこと。マーケティングの文献などでは、顧客の課題(ペイン)を解決し、新たな体験価値(ゲイン)を生み出すことが重要と書かれている。「ペインばかり見ている。その問題を見て、ポッキーがどう役立てるかを考え続けている」(玉井氏)

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