海外で売る! 日本ブランドの挑戦 第2回

「焼酎を世界の酒に」という理念を掲げ、三和酒類(大分県宇佐市)は麦焼酎「いいちこ」の世界展開を強化している。米国現地子会社を立ち上げてから9年目という同社の宮﨑哲郎氏による手記の後編は、無名だった商品をいかに米国各都市の有名バーに広げていったのか具体的な足跡をつづる。

iichiko USAゼネラルマネジャーの宮﨑哲郎氏
iichiko USAゼネラルマネジャーの宮﨑哲郎氏
▼前編はこちら 焼酎「いいちこ」米国でどう売る? 日本の常識破る逆転マーケ術

チューハイ文化とカクテル文化はまったく違う

 米国で焼酎を売るなら日本食レストランよりバーに可能性がある――。そのアイデアには確信を持っていましたが、様々な協力を得るうえでも、本社を説得し、理解してもらう必要があります。

 当初は、米国にいた日本の関係者に「米国ではカクテルが重要なマーケティングツールとなる。焼酎をカクテルで提供することが重要になる」と説明しても「混ぜたら焼酎の味が分からなくなる」「良い商品を混ぜるなんてもったいない」というコメントをいただきました。同じように日本の本社の方からも「いい焼酎を混ぜて飲むなんて」という声があったのです。

 私も焼酎に魅了されて、大学の研究室や就職先を選んだほどなので「いい焼酎はオンザロックか、水割りで。ジュースで割るなんてもってのほか」という意見も理解できる。でも米国ではその考え方では通用しない。このギャップは何だろうと突き詰めて考えた結果、これは「チューハイ文化とカクテルの文化を混同している」という答えにたどり着きます。

 カクテルの定義とは「2種類以上の飲料を混ぜ合わせたもの」。チューハイも広義ではカクテルです。しかし、日本のチューハイと世界のカクテルの文化背景にはとても大きな差があると感じています。

 日本のチューハイに使用されるベース酒は、一般的に甲類焼酎(連続蒸留した無味無臭の焼酎)を使います。チューハイでは、果汁やジュースがメインであり、その味を邪魔しないことが求められるからです。それに対してカクテルは、「個性と個性をミックスさせてより良いもの、新しい味を創造しよう」という概念です。

 私が普段、商品の説明をしている中でも、その違いが表れてきます。日本人の方には「『いいちこ』と何を割るとおいしいの?」とよく質問を受けます。米国の方からは「iichikoと何をミックスさせるとおいしいの?」という質問を受けます。

 日本は「割る(÷)文化」(割り算の文化)であるのに対して、米国の「ミックス(×)文化」(掛け算の文化)であるという、明確な違いが言葉の中に表れているのです。

日本のチューハイと、米国など世界で飲まれているカクテルの違い
日本のチューハイと、米国など世界で飲まれているカクテルの違い

 例えば、チューハイで使用する焼酎に10の価値があるとすると、それをグレープフルーツなどで割る(÷)ことで、10÷2=5と本来持っている「物の価値を薄める」。そう考えるのがチューハイ文化です。

 米国をはじめとするカクテル文化は、ベースのお酒に他の物をミックスさせることで、10×2=20と、本来の価値をさらに高めようという概念に基づいています。その考え方は、値段にも影響しています。居酒屋さんで飲むチューハイが1杯500円程度なのに対し、カクテルバーで飲むカクテルは1杯1500円程度と比較的高いのは、掛け算の思考が背景にあるからでしょう。

 最近では“OMAKASE(お任せ)”というスタイルも浸透してきた米国のすし文化も、最初は米国人の好みをミックスしたカルフォルニアロールから始まりました。緑茶、抹茶の文化も一般に浸透してきていますが、スタートは「砂糖入りのグリーンティー」「抹茶フラペチーノ」から広がってきたのです。

 米国をはじめ海外で日本の製品を販売するうえでは、こうした背景を理解し「文化をミックスする」工程は避けて通れない部分ではないかと思います。

 そもそも米国は世界中から異なる文化の人々が集まり、混ざりあったミックスの国です。混ざることが悪いという意識はまったくなく、むしろ「混ざることでより良いものができる」と潜在的に考えるDNAがあります。この米国のミックス文化への理解も、米国戦略のキーポイントの1つだと思っています。

日本食レストランとバーという場所の違い

 日本でカクテルバーに行く場合、大抵は2軒目か3軒目。営業時間も7時ころから深夜まで、また店内は静かな場所をイメージされるのではないでしょうか。しかし、米国ではトップバーでも16時頃からオープンしていたり、食事の前にバーで一杯カクテルを飲むといった習慣もあったり、店内の雰囲気もカジュアルなバーが大半です。

 日本人にとって居酒屋は気軽に立ち寄れる「日常の場所」で、バーは特別なときに行く「非日常の場」なのです。反対に、米国人にとっての日本食レストランは、特別な場合に行く「非日常」を感じに行く場所であり、バーの方が生活になじみのある「日常の場所」なのです。

 だからこそ、米国人の食文化に焼酎を浸透させるには、実は彼らの日常の生活圏で蒸留酒を飲む場所でもある「バーの攻略」が正しかったのです。

米国のバーは日常の生活に溶け込んでいる。写真は、世界のバー業界のアカデミー賞といわれる「テールズオブザカクテル」で22年にベストアメリカンバー1位となった「Katakana Kitten(カタナキトゥン)」
米国のバーは日常の生活に溶け込んでいる。写真は、世界のバー業界のアカデミー賞といわれる「テールズオブザカクテル」で22年にベストアメリカンバー1位となった「Katakana Kitten(カタナキトゥン)」
同じく「テールズオブザカクテル」で20年にベストアメリカンバー1位の「Pacific Cocktail Heaven(パシフィック・カクテル・ヘブン)」
同じく「テールズオブザカクテル」で20年にベストアメリカンバー1位の「Pacific Cocktail Heaven(パシフィック・カクテル・ヘブン)」

商流改革でバー向けにも取引を拡大

 こういった文化の違いや米国市場の現場を理解してもらうため、役員や幹部にも渡米してもらい、カクテル文化を肌でじかに感じてもらいました。晴れて承認を受け、いよいよ「バーから攻める戦略」で勝負をするという方針が固まりました。

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