スニーカーブームの中心的存在の米ナイキは、単に魅力的な商品を開発し続けていることだけが高い人気を維持している理由ではない。経営の中枢にデジタル戦略を据えることで、優れたCX(顧客体験)を生みだし、それを競争優位を確立する源泉としている。新型コロナウイルス感染症拡大によって、ナイキも実店舗の休業を余儀なくされた。それでもなお、優れた顧客体験を提供できたからこそ強さを維持できた。本連載では米国先進企業のデジタル戦略とそれに即した取り組みから、日本企業が学ぶべき点を考えたい。

米大手スポーツ用品メーカーのナイキはデジタル経由の売り上げが100億ドル超の規模に成長、2022年度は全売上高の24%を占める規模になっている。優れたCX(顧客体験)の設計が貢献している(写真/Shutterstock)
米大手スポーツ用品メーカーのナイキはデジタル経由の売り上げが100億ドル超の規模に成長、2022年度は全売上高の24%を占める規模になっている。優れたCX(顧客体験)の設計が貢献している(写真/Shutterstock)

 米大手スポーツ用品メーカーのナイキの2022年度(21年6月~22年5月期)の売上高は467億ドル(約6兆円)となった。うちリアルの直営店を含むD2C(ダイレクト・トゥー・コンシューマー)事業は前年比で11%増の187億ドル(約2兆4000億円)。また、デジタル経由の売り上げは、100億ドル超の規模に成長、22年度は全売上高の24%を占めている。マシュー・フレンドCFO(最高財務責任者)によると、デジタルチャネル経由の売上高はコロナ禍前の2倍以上の規模になっているという。

 直営店の好調ぶりもさることながら、売上高の約4分の1をデジタルチャネル由来が占めるまでの規模に成長を遂げた。その最大の要因が、明確なデジタル戦略にあることは間違いない。新型コロナウイルス感染症拡大の影響で既存店舗を一時的に閉鎖することもあった。それにもかかわらず全体の売り上げを伸ばし続けている。

 ナイキといえば、しばしばその華やかなテレビCMやイベントなどの取り組みが話題になる。主力商品のスニーカーでも、「NFTスニーカー(21年12月に買収したベンチャーの事業を継承)」、自分好みにスニーカーをカスタマイズして注文できる「Nike by You」など、新たな価値を創造し続けている。しかし、ナイキの顧客体験への積極的な投資はコロナ禍以前から進めてきたものだ。

ナイキのデジタル戦略の軸は「顧客とのつながり」

 現会長でプロダクトデザイナー出身のマイク・パーカー氏は、CEO(最高経営責任者)時代からデジタル戦略「Consumer Direct Offense」を掲げ、ナイキのDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進してきた。パーカー氏に代わって20年1月にCEOに就任したジョン・ドナホー氏は、D2Cをさらに推し進める「Consumer Direct Acceleration」戦略を掲げる。

20年1月にナイキのCEO(最高経営責任者)に就任したジョン・ドナホー氏はD2C(ダイレクト・トゥー・コンシューマー)をさらに推し進める戦略を掲げる
20年1月にナイキのCEO(最高経営責任者)に就任したジョン・ドナホー氏はD2C(ダイレクト・トゥー・コンシューマー)をさらに推し進める戦略を掲げる

 筆者らは、これまでのナイキが取り組んできた顧客体験価値向上の数々の施策を調べた結果、あることに気付いた。それは施策の一つ一つが他の会社が実践して、既に成果を出したベストプラクティスであることだ。

 ナイキが実施した数あるベストプラクティスの中から、代表例を2つ紹介したい。1つ目がBOPIS(Buy Online Pick-up In Store=店頭受け取りサービス)である。BOPISは国内の企業でも取り組む企業が増えている。店舗にロッカーや専用カウンターを設置するところまでは誰もが思い付くだろう。ところが米ナイキの旗艦店はさらにその先を行く。

このコンテンツ・機能は有料会員限定です。

有料会員になると全記事をお読みいただけるのはもちろん
  • ①2000以上の先進事例を探せるデータベース
  • ②未来の出来事を把握し消費を予測「未来消費カレンダー」
  • ③日経トレンディ、日経デザイン最新号もデジタルで読める
  • ④スキルアップに役立つ最新動画セミナー
ほか、使えるサービスが盛りだくさんです。<有料会員の詳細はこちら>
65
この記事をいいね!する