観光活性化にXR(クロスリアリティー)技術を活用した実証実験がスタートしたのは2019年。JR東日本のエコシステム型オープンイノベーションでの取り組みだ。一定の成果から社会実装までつなげた共創モデルを紹介する。

超駅博 上野「AR車両フォトスポット」 AR体験イメージ(出典:JR東日本)
超駅博 上野「AR車両フォトスポット」 AR体験イメージ(出典:JR東日本)

 新型コロナウイルス感染症の拡大によって鉄道やバスをはじめとする公共交通機関を利用した移動・観光需要は大きく影響を受けた。そこで、国内観光の拡大や地方へのインバウンド送客など、失われた観光需要を改めて掘り起こすことが重要な課題となった。こうした課題に対し、AR(拡張現実)やVR(仮想現実)などのXR(クロスリアリティー)技術を活用した新たな観光体験の価値の提供による、観光活性化を目指した実証実験を行うこととした。

スマホをかざすだけで赤べこや仙台七夕などのARを表示

 2019年度の開始当初は、郊外観光型MaaS(Mobility as a Service)を想定した新規テーマ創発活動としてスタートした。複数の会員企業が集まり、デザイン思考によるワークショップを開催し、その結果アイデアとして採用されたのが「ARグラスによる観光体験」である。実証実験の候補地として、長野県善光寺を想定し、現地調査やユーザーインタビューなどを行い、XR技術を活用した観光案内ARの実証実験を計画した。2020年度に入り、コロナ禍による緊急事態宣言などで広域移動を自粛する傾向が強まったため、地方への送客を目指す実証実験は難しいと判断し、東京都区内で実証実験できるように軌道修正を行った。

 2020年11月に、山手線を対象とした都市⽣活空間を創造するプロジェクト「東京感動線」のイベント「HAND!in Yamanote Line」のメインコンテンツとして「TOKYO STATION AR ART PROJECT」と呼ぶ実証実験を実施した。東京駅丸の内駅前広場でスマートフォンを空中にかざすと東北の縁起物である赤べこや仙台七夕、新潟の三角だるまをモチーフにした3DオブジェクトをARで表示するものである。

 ARを表示するための位置測位技術として、VPS(Visual Positioning Service)技術を採用している。これは、衛星写真もしくは事前に現地を360度カメラなどで撮影し、その撮影データから点群データによる3Dマップを作成し、それとスマホのカメラ映像とをリアルタイムで突合し、位置情報・向きを推定する技術である。この技術を用いると、QRコードやマーカーなどが不要でスマホをかざすだけで空間内の正しい位置にARを表示できる。これらはKDDIとARアプリなどデジタルコミュニケーション領域におけるソリューションを手掛けるSoVeCが共同で開発した「XR CHANNEL」アプリを用いて実装 した。

 また、原宿駅の新駅舎と旧駅舎をVRで構築し、VR上にアート作品の展示や実際の駅舎にある店舗の商品紹介など、仮想空間で原宿駅を楽しむイベント「Harajuku Station VR」も併せて実施した。

 2020年度にはもう1つARを使った実証実験を実施した。2021年1月に、原宿駅・明治神宮で、スマートフォンやARグラスを使って、観光スポットや見どころのガイドやショップ・商品の案内、クーポンなどをARで表示する観光案内AR実証実験である。当初は一般のお客さまを対象に実施する予定だったが、コロナ禍による緊急事態宣言が発令されたためワーキンググループ会員企業内のメンバーの参加に限定して実証実験を行った。2022年1月に改めて2020年と同様に、東京感動線のイベント「HAND!in YAMANOTE LINE」と連携し、「HARAJUKU MEIJIJINGU AR PROJECT」と題して一般の利用客を対象とした実証実験を実施した。スマートグラスについては体に直接装着する必要があり、コロナ禍という状況であるため使いまわしなどによる感染リスクが見込まれること、そしてスマートグラス自体がそこまで普及していないことからスマートフォンによるAR体験に絞って実施した。

ARプラットフォーム活用イメージ(出典:JR東日本)
ARプラットフォーム活用イメージ(出典:JR東日本)

 これらの実証実験を実施した結果、お客さまからの評価も高く好評であったため、実証試験のフェーズから一歩進んだ社会実装を目指すこととなった。2022年4月から6月の善光寺御開帳期間に合わせ、長野県・北信濃エリアで観光型MaaS「旅する北信濃~牛(スマホ)にひかれて善光寺御開帳~」と連携して、「旅する北信濃AR体験」に取り組んだ。

 長野駅前では駅に向けてスマホをかざすと、牛が空中で暴れまわるAR映像が楽しむことができるエンターテインメント系ARコンテンツと、長野駅から善光寺エリアの見どころや店舗などの観光案内情報をARで表示する情報系ARコンテンツを提供した。当初は長野県善光寺エリアで実証実験を行うことを計画していた活動であったが、最終的に実証実験ではなく、正式なサービスとしてリリースすることにより社会実装することができた。

 この観光案内情報をARで表示する仕組みについては、水平展開を見据えて容易に他の箇所へ展開可能なARプラットフォームとしてシステム製作を行った。これまではARコンテンツを配置するためには、エクセルなどで表示位置やコンテンツ内容をまとめ、それを基に協力会社が製作していた。

 一方、ARプラットフォームでは、ARコンテンツをWeb上で簡単に登録できるシステムにし、JR東日本の社員自らが自由に編集することで簡単にAR体験イベントを実施できるようにした。2022年9月には、このプラットフォームを採用して、甲府エリアの駅からハイキング「近代の甲府に思いを馳せるボロ電の路線跡、建築物を巡るコース」というAR体験イベントを実施した。このコースに応じてARコンテンツを配置する作業は、同イベントを主催したJR東日本八王子支社甲府営業統括センターの担当者が、自らプラットフォームを使用して設定した。

 さらにエンターテインメント系ARの展開として、2022年10月の鉄道開業150年に合わせ実施した文化創造イベント「超駅博 上野」にて「AR車両フォトスポット」イベントを上野駅構内で開催した。

 AR技術を活用し、上野と上越、北陸を長年つないだEF64形電気機関車、新潟エリアで通勤車両として活躍した115系電車をAR車両として再現し、上野駅の15、16番線上に登場させた。ARならではの仕組みとして、前照灯の点灯、サボ(行き先表示器)の変化、AR車両を上昇させ車両下の様子が見られるような楽しめる仕組みを採用した。

単独企業では出てこないアイデアを水平展開

 本サブワーキンググループは、新規テーマ創発活動として郊外型観光MaaSというテーマを掲げ、ワーキンググループ会員によってデザイン思考を用いたワークショップを開催した。技術系の企業やコンサルティング会社、研究機関などの複数の様々な企業・団体が集まってワークショップ形式で新しいテーマ創出に取り組み、そのソリューションのブラッシュアップを繰り返して生まれたのが「ARグラスによる観光体験」というテーマであった。

 これは単独の企業だけでは出てこないようなユーザー視点でのアイデアやソリューションを結集してできたプロジェクトであったため、実証実験においてユーザーや社内での評判も高く、社会実装に加えて、複数カ所での水平展開が進んだと考えている。

 今後はこのARプラットフォームを活用し、様々な場所でAR体験イベントを実施し、観光体験価値の向上を目指し、観光の活性化に貢献していきたい。JR東日本社内での活用にとどまらず、JR東日本グループ会社や他社、自治体などでも活用できるような仕組みを整えることで、ARプラットフォームのビジネス化も目指していきたい。AR車両についても今回製作した2車両のARモデルを他の場所で活用したり、今回得られたAR車両の作成のノウハウを生かしていく。今後他の様々な車両についてもAR車両としてスマホ上に再現することで、ARイベントや、さらにはメタバース上での活用も検討していきたい。

(写真提供/JR東日本)

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新世代オープンイノベーション JR東日本の挑戦 生活者起点で「駅・まち・社会」を創る
2017年にJR東日本が中心となって発足させた複数産業横断型大規模コンソーシアム「モビリティ変革コンソーシアム(MIC)」の活動成果をまとめた1冊です。関連プレーヤーとあるべき姿やビジョンを共有しながらN対N型で進める新世代のオープンイノベーションである「エコシステム型オープンイノベーション」で、約130社と取り組んだ具体的な手法や事例などを紹介しています。個別企業だけでは難しい社会課題解決や産業レベルでの大きな変革に適した“新たな共創スタイル”。あなたの会社でも実践できる成功のポイントも解説しています。
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