「ストリートファイターV」などの格闘ゲームで活躍するプロゲーマー・ネモ(根本直樹)氏と、ゲーム好きを自認するnoteプロデューサーの徳力基彦氏の対談。趣味と仕事の両立について語った前編に続き、後編ではやりたいことに向けて一歩踏み出すリスクとそれを取るときの判断に話は及んだ。
IT企業のシステムエンジニア(SE)として働くかたわら、格闘ゲームのプロプレーヤーとして活躍してきたネモ氏。前編では、noteプロデューサーの徳力基彦氏の疑問に答える形でその歩みを振り返りながら、趣味と仕事を両立するバランス感覚について語った。後編では、やりたいことに向けて一歩踏み出すリスクと、それを取るときの判断へと話は広がった。
▼第1回はこちら note徳力氏がプロゲーマー・ネモに聞く 趣味を仕事にした思考法兼業プロの道は自分で調べた
徳力基彦氏(以下、徳力) ネモさんの著書「思い込む力」を読んで感じたことですが、現状で何ができて何ができていないかを考えて行動するのはネモさんの特徴ですね。著書ではプロゲーマーのセカンドキャリアについても触れています。僕もこれから先、問題になってくると思うんですが、そうした点でも物事を俯瞰(ふかん)して見ている印象を受けました。

ネモ氏(以下、ネモ) セカンドキャリアについては、自分が抱えていた問題だから切実に感じています。プロゲーマーという職業を親が認めてくれないというのは、経済的な問題や将来性に不安があるからですよね? 例えば、リアルなスポーツでは実業団があって、現役を退いた後も働ける道があります。そういうふうに将来のめどがある程度たっていたら、自分も親を説得しやすかっただろうなと思うんです。
自分がかつて困ったことは、これからほかの誰かも困ることでしょうし、これを解決できる方法を提示できれば、ビジネスになると思いました。
徳力 プロスポーツの世界では実業団という仕組みは古いと言われることもありますが、選手の立場で見るとリスクヘッジの仕組みとしてすごく意味がありますよね。
ネモさんの場合、社会人になってそういう仕組みがあることも知ったんでしょうか。学生からいきなりプロゲーマーになった人にはそういう仕組みがあることすら知らない人もいるんじゃないかと思いますが。
ネモ 兼業プロゲーマーとしてやっていきたいと思ったときに、まず思いついたのが実業団という形式だったので、インターネットなどで実業団の事例を調べたりしながらいろいろと考えていました。
そうするうちに、実業団に入っても、選手引退後に一般の社員として働いていくのは難しいケースがあることを知りました。職場にうまくなじめなかったりして辞めていくことも多いそうなんです。実業団という形にもやはりリスクはあるなと感じました。
徳力 誰かに話を聞いたりもしましたか?
ネモ 知り合いに、かつて酒造会社の実業団チームで選手活動をしていて、今もそこで働いている人がいて、1度お話をうかがったことはあります。ただ、ネットで調べて得た情報も多いです。
徳力 eスポーツに関して言うと、日本はずっと後進国と言われていて、海外との状況の違いがよく話題になりますよね。海外の大会に出ていて向こうの選手との接点も多いネモさんなら、そうした情報も得やすかったんじゃないですか?
ネモ そうですね。実際にプロとして活動している人たちの話を直接聞けたのはとても参考になりました。
企業“村”の外に広がるネットワーク
徳力 ネモさんがデルと契約して兼業プロゲーマーになるのは2016年。海外ならプロゲーマーへの転身も現実的な選択肢だったかもしれませんが、日本ではキャリアチェンジのために会社を辞めるということ自体、まだレアでしたよね。会社を辞めない、兼業という選択をしたのは、国内外のプロゲーマーと接して知った、日本と海外との違いも影響しているんでしょうか?
ネモ そうですね。いろんな人とつながりができて、いろんな意見を聞くようになったことは大きかったです。
徳力 そうでしょうね。企業というのは村のようなもので、長くいると、社内のネットワークで価値観の近い人たちとばかり話すようになっていきます。社内の人と話すこと自体は悪くないんですが、外からの視点で見ることが減って、視野が狭くなっていきやすい面もあるんですよね。ネモさんの場合は、SEをやりながらもゲームを通じたつながりがずっと続いていたことが大きいなと思うんですよ。徐々に仕事以外のネットワークが切れてしまう人も多いですから。
ネモ そういう意味では、私は多分“ちゃんとした会社員”ではなかったんだろうなって思います(笑)。仕事は責任を持ってやっていましたが、気持ちの上では本業のSEよりも趣味が優先でしたし、友人もゲームコミュニティーのほうが多かったですから。SEとしてクライアント企業に常駐していたので、そこの人たちと親しくなることはありましたが、自社の人ともほとんど接点がありませんでした。
徳力 何か情報を得るために社外に広くアンテナを張ったというよりも、始めから社外にアンテナがあったという感じだったんですね。
「好きなこと」でプロになる必須条件
徳力 リスクを考えて兼業プロゲーマーの道を選んだネモさんですが、21年には仕事を辞めて専業になりました。兼業、専業どちらも経験した立場から、後輩が「プロゲーマーになりたい」と言ってきたら、どうアドバイスしますか?
ネモ 考えてみてほしいこととして、3つを伝えますね。
1つ目は金銭的な問題が解決できること。収入がどれだけ見込めるのかということです。2つめは家族の理解をきちんと得られること。3つめは自分のキャリアをしっかり考えることですね。
金銭面が大事というのは誰もが思うことだと思いますが、私としては、家族の理解が得られない場合もプロになることを勧めにくいです。仮にうまくいかなかった場合、家族のサポートが得られるかどうかは大きな違いです。これは金銭面だけでなく、精神面でもです。
もっともそれ以前に、しっかりと実績を積んでいることが前提にはなります。当たり前のことですが、実績がない人がプロゲーマーになりたいと言ったところで、スポンサーがつくことはまずありませんし、人気を得ることも難しいです。大会に出るなどして実績を積むうちに、自分のポジションや現実的な問題が見えてきますし、「プロになれるかも」という自信も生まれます。実績という裏付けがあることで、配信や動画の投稿で収入を得る道が見えて来たり、スポンサー企業が見つかりやすくなったりするんです。もちろん家族の理解も得やすくなるでしょう。
徳力 まずはやりたいことに対して、実際に行動し、実績を積むということですね。
ネモ プロゲーマーになるってやっぱり結構難しいことだと思うんですよ。ただ、だからといって立ち止まっていても仕方ない。自分がやりたい、できると思うなら、まずは行動してみる。すると、そこで初めて見えてくる課題もあると思います。課題が見えれば、クリアする方法も考えられます。そうやって細かい実績や経験を重ね、課題をクリアしていくしか方法はないんじゃないですかね。
徳力 ネモさんはそうやって一つ一つ課題をクリアしながら「これならプロでいけるんじゃん」というところまでたどりついて今があるわけですが、ここにも僕が気になったことがあるんです。一般的には、金銭面や家族のこと、選手を引退したあとのキャリアなどの課題を前にあきらめてしまう人は多いと思うんです。でもネモさんはあきらめなかった。その違いは何だと思いますか?
ネモ やっぱり好きなことをやめたくなかったという1点ですかね。SEをやっていたころ、そろそろ異動だなというタイミングで、このままだとゲームをやめなければいけないかもしれないと思ったんです。異動したらとても忙しくなるだろうし、上司からも「いつまでもゲームをやっているわけにもいかないよね」と言われて。でもゲームをやめるのはもういやだなと。国内外の大会で実績を積んだことで自分はできるという感覚もあったし、ここでやめるのはもったいないとも思いました。
じゃあ、どうしたらゲームをやめずに済むんだろうと考えた結果、出てきた選択肢がプロゲーマーでした。その後も、仕事をしながらゲームを続けるにはどうすればいいかということばかり考えてきました。プロに「なれるかどうか」より「なるしかない」という気持ちでしたね。
キャリアのためのリスクをどう取るのか?
徳力 ネモさんの本のタイトルは「思い込む力」ですが、この「自分にはできる」と思い込んで一歩を踏み出す過程って、あらゆる人、あらゆる局面でに参考になると思うんですよ。ネモさんの場合は、進む先がプロゲーマーという、まだ生まれたばかりの職業だったから、その話を聞いて「自分には関係ない」「遠いことだ」と思う人も多いかもしれないけれど、その思考のプロセスは「自分がやりたいと思ったことを実現するためにどうするか」ということじゃないですか。かなり普遍的で、応用が利く話ですよね。しかもリスクに対してもきちんと考えている。
ビジネスでもよくあることですが、本やメディアを通じて一般の人たちに見えるのは活躍している人たちの話がほとんどで、成功者の多くは「やりたいことがあるなら本気で取り組め」みたいなことしか言わないんですよ。でも、その裏側には、はるかに多くの成功していない人たちがいるんです。ネモさんはそういううまくいかなかった人も見ているから、やりたいことをやる際のリスクを考える。それが「思い込む力」にはきちんと書かれているのが印象的でした。
一方で、ネモさんのようにリスクも考える人が思い切った選択をするときは、どういう判断をしているのかということも聞いてみたいと思いました。勢いに任せるのでなく、論理的に、手順を踏んで、会社員から専業プロゲーマーにまでキャリアをスライドさせていますよね?
ネモ やはりそれも行動してみての判断かなと思います。結局、行動してみないと分からないことが多い。行動した結果がたまたま今成功しているだけというか。
「行動したけど成功できなかった」と思っている人はもちろんいると思います。例えば、「転職したはいいけど前の会社のほうがよかった」みたいに思うケースはあり得ますよね。でもそれも結果論でしかなくて、もし転職していなかったら、今も不満を抱いたまま前の会社にい続けるかもしれません。「あのとき転職していればよかった」と思いながら。どちらがいいと感じるかは本人次第なところもあるし、単純な話ではありませんが、私としては行動を起こしたからこそ比較ができるし、納得する落とし所も見つかるかもしれないと思うんですよね。
働きながらできることから始めればいい
徳力 お話をうかがって分かってきましたが、ネモさんの考えの基本は「動く」ことが前提なんですね。何かアクションを起こしては考える。動いてみて「これくらいだったらリスクを抑えてできる」ということを確認し、確認できたら次の一歩をもう少し大きくしてみる。
ネモ そうですね。僕はまずスポンサーを見つけて兼業のプロゲーマーになりましたけど、それはスポンサーを取ってくることが働きながらでもできることだったからです。
徳力 確かに働きながらでもできますね。
ネモ スポンサーが見つかればさらに次の段階に進めますし、見つからなければそのまま会社で仕事を続けていればいいわけです。
徳力 そうなんですよね。目標まで一気に進もうとはしないんですよね。これまでの話にも出てきたとおり、まずは上司の了解を得て有給休暇で世界大会に出てみる。出たらけっこう戦えることが分かった、これならプロゲーマーになれるかもしれないと考える。でもここで会社を辞めるなんてことはしない。会社勤めを続けたままプロになるために、スポンサーを探してまずは兼業プロゲーマーになる……少しずつ段階を踏んでいく。
ネモ 今の自分だったら何ができるのかを考えて、そのできることをまずやってみればいいと思うんですよ。
徳力 これはゲーマーに限らず、何かにチャレンジしようとする人はみんな参考になると思います。
ネモ 今なら、例えばまずはYouTubeでゲーム配信動画を投稿してみて、人気が出てきたらそれを足がかりに次の段階を考えることもできるでしょうし、再生数が伸びなかったらなぜ伸びないのかを考えたり、誰かに相談してみたりするのもいいと思います。もちろん相談して得られる意見が自分の状況に合ったものとは限らないので、闇雲に取り入れるのではなく、そこはきちんと自分で考えて判断しないといけないんですが。
徳力 そう。海外の大会に出るときもそうですが、ネモさんは人に結構相談しますよね。ここも特徴的だと思うんですが、本業とは違う夢やキャリアにチャレンジするタイプの人って、あまり周りに相談しないイメージがあるんですよ。特に会社の人には相談しない(笑)。
ネモ 僕はめちゃめちゃ相談しましたね(笑)。単純に周りの人に恵まれていたというのもあると思います。
論理性と「思い込む力」が支えたキャリア
徳力 「思い込む力」を読んでいると、周囲の人に恵まれていたことは強く感じました。会社の上司も理解があるし。だから一読者としては、「理解のない上司だったらどうなっていたんだろう?」という興味はありますね(笑)。でも、それについてもネモさんが周囲の理解を得られるようにきちんと説明していたからという面もあるとは思います。
入社面接で趣味のことは話していたとおっしゃっていましたが、「あいつしょっちゅう会社を休むよね」と噂になって、その後で海外のゲーム大会に出ているのを知ったというような流れだったら、周囲の印象は違っていたはずです。そう考えると、職場環境を良好に保つ努力をネモさんが無意識にしていたようにも僕には読めました。
ネモ そうですね。ゲームに対する偏見は今もありますが、昔はもっとひどかったと思うんです。だからこそ入社試験の面接でも大会に出るくらい本気で活動していることを伝えましたね。
徳力 どんな反応でした?
ネモ ゲームの大会があることすら知らない人も少なくなかったので、「何それ? 全国大会なんてあるの?」と逆にいろいろ聞かれたりしました。本気で熱中できる趣味があるって、きちんと説明すればきちんと理解してくれることが多かったです。
徳力 確かに人事からすると何もしてない人よりは何か打ち込めるものを持っている人のほうが、評価できるかもしれない。でも、ゲームの話をするのって、当時の就職マニュアル本みたいなものの内容を考えると、けっこうリスク高いですよね。
ネモ そこはあんまり考えてなかったです(笑)
徳力 ネモさんが違うのはそういうところなんだろうな。相談相手の選び方からしてセンスがいいのかもしれない。
ネモ 自分ではわかりませんが、相談する相手とタイミングは見計らいますよ。いつも不機嫌な人は基本的に反応が悪くて相談しても無駄なことが多いので避けるとか、コーヒーを飲んで一服しているときや仕事が一段落して機嫌の良さそうなタイミングで話しかけるとか(笑)。
そのあたりは、若い頃からゲームセンターでいろんな人と接してきたことも大きいかもしれません。高校も大学も、学校生活では年齢も立場も近い人としか接することがないですよね。でもゲームセンターには年齢も職業も違う、でも「ゲームが好き」という共通項はあるという人たちが集まりますから。
徳力 なるほどね。いろんな人と出会ってきたことが視野の広さにつながっているのかもしれない。
本のタイトルの「思い込む力」って、言葉だけを見ると視野が狭いかのようにも見えると思うんです。でも、視野を広くもって論理的に考える力と、いざというときに「自分にはできる」と思い込む力。この両立こそが、ネモさんらしいポイントなんですね。
「自分にはできる」という思いで行動はするんだけれども、それまでにはうまくいかないかもしれない要素もきちんと検討もして、自分の持つ情報だけで足りなければ、周りの人に相談もする。自分の思いや考えが正しいかどうかを検証しながら、自信を深めていく――このサイクルがネモさんの発想と行動の肝である気がしますね。
今は副業などにもチャレンジしやすい時代ですから、ネモさんの思考方法はいろいろな人にとってまねしやすくなっているように思います。本業にリスクが及ばないようにしながら、自分の可能性を広げていく。キャリアチェンジやキャリアアップを考えている人にとって、すごく参考になることが書かれていると思いました。
ネモ そういってもらえるとうれしいです。ありがとうございます。
(写真提供/大須晶、対談写真/中村宏、編集/平野亜矢)
※この連載では、次回以降、ネモ氏の書籍「思い込む力 やっと『好きなこと』を仕事にできた」から一部を抜粋して掲載します。

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“システムエンジニアとして会社に勤めながら、格闘ゲーム界の頂点で世界を舞台に戦ってきたプロゲーマー・ネモ。ゲーム仲間が次々と"専業"プロゲーマーになる一方、彼はあえて"兼業"の道を選びました。
“兼業プロゲーマー"としても知られた彼の道のりは、プロゲーマーとして輝かしい戦績を積み重ねると同時に、自分なりの働き方を模索し続けた日々でもあります。ゲームやeスポーツファンはもちろんのこと、「やりたい仕事」「向いている仕事」とは何か、好きなことを仕事に生かすにはどうすればいいかに悩む、ビジネスパーソンの皆さんにもお読いただきたい1冊です。アマゾンでは試し読みもございますので、ご覧ください。
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