※日経エンタテインメント! 2023年2月号の記事を再構成
2022年にドラマ『silent』の戸川湊斗役で注目度を上げた鈴鹿央士。19年のデビュー以降、数多くの作品へ出演し実力を培ってきた彼は、23年は人気漫画『君に届け』のドラマ版で主演を務めるなど、さらなる飛躍を遂げようとしている。演技に対する思いを聞いた。
2019年のデビュー以来、ドラマや映画への出演を重ねてきた鈴鹿央士にとって、22年は存在感を示す年となった。
22年4月スタートのドラマ『クロステイル ~探偵教室~』で主演を務め、続く7月期ドラマ『六本木クラス』に出演。8月の映画『バイオレンスアクション』を経て、9月にはアニメーション映画『夏へのトンネル、さよならの出口』で声優初主演を経験した。
一躍名を挙げたのは10月期ドラマ『silent』だ。演じたのは、川口春奈演じる主人公・青羽紬(あおば・つむぎ)と交際する戸川湊斗(とがわ・みなと)役。紬と湊斗は同棲を検討するほどの仲だが、紬が高校時代の元カレであり、聴覚を失った目黒蓮演じる佐倉想(そう)と8年ぶりに再会して心を交わすようになり、湊斗は身を引くことを決断する――。紬への愛情と想との友情のはざまで思い悩む難しい役どころを、鈴鹿は哀しさや寂しさ、そしてドラマ内では「主成分」とも表現された“優しさ”にあふれる演技で表現し、高い評価を得た。
これまでに出演した作品でも「面白い作品だね」「いい役だね」といった反響をいただくことはあったんですけれど、『silent』では、湊斗の目線に立って「悲しい」「いろいろ考えちゃう」といった声をいただいたんです。皆さんが、湊斗という人について考えてくださったのを感じました。
自分自身への反響はあまり感じないですね。街でドラマなどの撮影をしていても、「『silent』の湊斗だ」と言われることが多いので。ですが、それがまたうれしくて。鈴鹿央士という名前を知ってもらうことももちろん大事だと思いますけど、俳優は作品を作る1人。役の印象が強いことは、素直にうれしいなと思います。
最後まで優しい湊斗に安堵
最初に企画書と第1話の台本をいただきました。その時点で、湊斗は「主成分、優しさ」と書かれていましたね。湊斗は、つらいのは自分だけじゃないと考える人。時には自分のつらい気持ちがポロッと出たりするけれど、とにかく誰かのことを考えて行動する人だと思いながら演じました。
序盤での湊斗は想に嫉妬しているように見えるんですが、第3話のラストで「名前呼んで、振り返ってほしかっただけ」と思いをぶつけるシーンがありました。この湊斗の心情には、すごく共感できるというか。これは『silent』の素晴らしい点の1つだと思うんですけど、「受け入れよう」という風潮の社会に対して、「受け入れられない人がいる」という現実も伝えている。僕は、親友が耳が聞こえなくなったとしたら、そんなにすんなりとは飲み込める話ではないなと感じていたので、湊斗が想に会いたい気持ちはあるけれど、向き合う自信がないと考える点に共感したんです。
自分から紬に別れを切り出すところは……共感もできるし、つらいなとも思います。5~6話を演じている頃は「まあ、別れるのが正解かな」と思っていたんですけど、そのあと「いや、別れなかったほうが良かったのかな?」と考えたこともあったんです(笑)。
湊斗が、豹変することなく、最後まで人のことを考える優しい人だったことはほっとしました。実は、台本がまだ9話くらいまでしかない頃に、プロデューサーさんから「最後、湊斗にひと山あるから」って言われていたので、「え、誰かに怒ったりするの?」と不安だったんです(笑)。
湊斗は自身のことだけでなく、常に他の人も気にかけている人物。「本心から話している言葉なのか、相手を思って取り繕っている言葉なのか、シーンごとに確かめながら演じました」と振り返る。
役作りは、撮影しながら監督やプロデューサーとすり合わせていくタイプです。事前の演技プランみたいなものは、あまり作らないほうですね。もちろん、事前に自分の中での正解といいますか、答えを見つけて、現場に持っては行きますけど、やっぱり俳優は1人では何もできなくて。撮影部や録音部などいろんな人に支えられて、カメラの前に立っているので、僕の経験上ですけど、みんなで積み上げていったほうがうまくいったなと思うんです。
『silent』で湊斗の人物像をつかめたのは、第1話に出てくる、夜に「晴れてるね」と話しながら紬と歩くシーンでした。紬と話している時もどこかで想を考えているし、想を考えつつも紬との関係を大事にしたい。シーンごとにどちらに重きを置いて発した言葉なのかが変わるんですけど、このシーンでなんとなく湊斗のバランスをつかめた気がします。
デビュー作で大きな学び
昨今の男性俳優シーンは、注目株がひしめき合う激戦の様相を呈している。鈴鹿と同世代の20代前半でも主演や主要キャストを務める人物が増えている。『silent』にて、演技力での評価を高めた鈴鹿は、この層のトップランナーの1人に名乗りを上げたといっていい。演技のいろははデビュー作である映画『蜜蜂と遠雷』で学び、多くの作品に出演することで身についたと振り返る。
『蜜蜂と遠雷』の石川慶監督から、自分なりの正解を持つことと、皆さんと一緒に作品を作っていくことを学び、お芝居が楽しいって感じたんです。その後、ドラマ『MIU404』(20年)で綾野剛さんと星野源さん、『カレーの唄。』(配信ドラマ/20年)では満島真之介さんや瀬田なつき監督、映画『かそけきサンカヨウ』(21年)では今泉力哉監督――。『蜜蜂と遠雷』でつかんだ感覚的なものが、様々な作品や人と出会っていくなかで、「自分なりの演技への向き合い方はこういうものなんだな」と言葉にできるようになってきたんです。もちろん、まだまだ迷子になる時期もあるんですけど、軸の部分は『蜜蜂と遠雷』から変わっていないです。
『蜜蜂と遠雷』は作品に対する強い愛情を持った人たちばかりの現場だったんですが、『silent』も同様でした。スタッフさんたちの「良い作品にしたい」という思いがすごく強かったんです。例えば、良い方向に持っていくためであれば、スケジュールが押したとしても、時間をかけてちゃんと納得のいくものを撮りましょうという雰囲気がスタッフさんにも俳優側にもありました。また、監督やプロデューサーさんだけでなく、いろんなスタッフさんとも、湊斗がどうしたら幸せになるのかと考察したり。そんな作品への愛情は目には見えないけれど、画面を通して伝わるものなんだなと再確認できたので、より大切にしていきたいと思いました。
23年は、鈴鹿にとってさらなる飛躍の年となりそうだ。3月30日からNetflixで配信が始まるドラマ『君に届け』にて、主人公の風早翔太を演じる。これまでにアニメおよび映画化された人気漫画のドラマ版であり、話題を集めることは必至だ。また、3月24日公開の映画『ロストケア』には松山ケンイチ、長澤まさみという実力派に続く、3番手として出演する。作品における重要な役どころを務める機会が増えるなかで、自身の演技はもちろん、撮影現場の雰囲気づくりにも目を向けるようになったという。
まだまだ作品全体を意識して何かをできるところにはいないんですけど、先輩方がいる現場では、どのように過ごしているかを見るようにしています。綾野剛さんと星野源さんからは、お2人の背中についていきたいと思わせる姿勢と包容力にすごいなと感じましたし、満島真之介さんは撮影現場のスタッフを経験されたこともあって現場全体を見ている方でした。ドラマ『六本木クラス』でご一緒した竹内涼真さんは、あんなに器の大きい人は見たことないっていうぐらいに座長として頼りがいがありましたし、『silent』の川口さんは、「こんなフラットな方いる?」っていうぐらい、ずっと変わらず接してくださって――。そんな先輩方の姿を、「はぁ、そんなふうになれるのかな」って思いながら見ています(笑)。
23年は1作1作に全力で
『ドラゴン桜』(21年)で演じた藤井遼という役のように、僕は「あまりしゃべらなそう」って言われることが多いんです。でも、意外としゃべるタイプで(笑)。先輩方のようにはなれないですけど、良い作品に向かっていくために、今できることは、皆さんと積極的に話をすることかなと思っています。同じ作品の「組」として、壁はないほうがいいと思うので、自分に何ができるのかを試行錯誤している最中ですね。
ただ、『君に届け』の現場では、風早君を演じることへの心配が大きくて、あまり周りに目がいかなかったのは反省点で。原作のある作品は、やっぱり台本を大事にしたいですし、台本だけでなく、原作にヒントも答えもあるので、照らし合わせる作業をするようにしているんです。その行ったり来たりの作業を、精一杯やっていた感じでした。撮影に入る前はプレッシャーも感じましたけど、今思えば、また1ついい経験になったなと思います。
21年に7作、22年には5作の映画やドラマに出演するなど、デビュー以来、全速力で駆け抜けてきた鈴鹿。「23年は、どのように俳優業に取り組みたいか」と尋ねると、「作品への向き合い方を変えたい」との答えが返ってきた。
22年は、1月から12月までずっと作品に携わらせていただきました。様々な作品を経験することで得るものがあったと思います。量をこなすことで質が生まれる時と、質を大事にする時があると思うんです。23年は、そんな22年までに積み重ねてきたものを、ギュッと1作1作に全力で入れたいと思っています。
(写真/中川容邦 ヘアメイク/阿部孝介<traffic> スタイリスト/朝倉 豊)