※日経エンタテインメント! 2023年2月号の記事を再構成
インパクトのある扮装とパワフルな展開で圧倒し、『キングオブコント2022』で優勝したビスケットブラザーズ。コントだけでなく、漫才では『M-1』で準決勝まで進出した。賞レースで頭角を現してきた彼ら。華やかな同期にも恵まれ、23年は人気が全国区に広がりそうだ。
大阪を拠点に活動し、漫才とコントの二刀流でめきめきと頭角を現してきたビスケットブラザーズ。2020年に『ytv漫才新人賞』、21年には『NHK上方漫才コンテスト』で優勝と、立て続けに大阪の賞レースで結果を残し、昨年10月にはコント日本一を決める『キングオブコント2022』で王座に輝いた。『キングオブコント』では、審査員の松本人志が「100(点)つけてもよかったくらい」と絶賛するほどの高評価で、史上最高得点を獲得。以降、全国ネットのバラエティで頻繁に目にする存在となった。
『キングオブコント』で披露したのは、野犬に襲われた男性のもとに、上半身がセーラー服で下半身がブリーフ姿の男が助けに来るコントと、バイト先の女友達が突然意外すぎる告白をするコントの2本。どちらも突飛な設定のもと、思わぬ方向にぐいぐいとストーリーが転がっていくパワフルなネタだった。自身のルーツやネタ作りについて2人はこう語る。
“混乱”が僕らの芸の持ち味
原田泰雅 よく「ぶっ飛んでる」と言われるんですが、自分の中ではベタな設定なんです。野犬に追いかけられるのもそうで、ルーツはファンタジー映画。1人っ子の母子家庭で、アニメのDVDとか絵本をずーっと見たり読んだりする毎日やったんですよ。ディズニー系の映画はほとんど見てますし、『ネバーエンディング・ストーリー』『インディ・ジョーンズ』『スパイキッズ』みたいなのも好きでした。
きん お笑い番組だと、2人とも『笑う犬』シリーズが原点です。
原田 コントで初めて笑ったのは「生きてるってなんだろ」の「テリーとドリー」(※)。母親が爆笑していて、それにつられて笑った記憶があります。
きん 僕もテリーとドリーが大好きで、お兄ちゃんとマネしてました。ネタ作りは原田が設定を考えてきて、説明してくれるところから始まります。「俺はセーラー服で、ブリーフをはいてんねん」って(笑)。僕らのネタって、とんでもないハンマーで相手をピヨらせて、混乱状態にする芸なんですよ。
原田 全部がめちゃくちゃで、「なんや?」の連続。理屈を考えられたらおしまい。
きん 高尚なものじゃないんで。僕ら、お客さんが目の前にいるところでは声もでかいし、ピヨらせられるんですけど、テレビだとめちゃくちゃ賛否が分かれます。
原田 今まで1度も「さすが!」みたいに、全員が納得してくれたことがない。チャンピオンのネタじゃなさすぎる(笑)。
きん 目の前にいてくれたら、1億人でも全員を笑わせる自信があるんですけど。
原田 最近心掛けていたのは、「ずっとふざけておこう」ということ。ビスケットブラザーズをやっているのに、真面目にしていても仕方ないというか。それがたまたま賞レースで結果に結びつきました。
二刀流は大阪の色
2人の同期には、霜降り明星、コロコロチキチキペッパーズ、空気階段、男性ブランコ、マユリカ、ZAZYといった、今をときめく芸人がずらり。彼らの活躍も大きな刺激になっていたようだ。
原田 同期は「濃いキャラばっかりやな」と言われます。これには理由があるんです。僕らは『爆笑レッドカーペット』や『爆笑レッドシアター』ブームくらいの頃に養成所に入ったんですが、NSC(吉本総合芸能学院)の授業中に先生から「もうすぐお笑いブームが終わるから、10年我慢してください」と言われたことがあって。実際、卒業した年に『M-1グランプリ』が1回終わって、『エンタの神様』もあんまり放送されなくなって、急に目標となる場所がなくなってしまったんです。そうなると、キモい同期たちとネタを磨いたり、話し合ったりするしかなくて。
きん 特にマユリカとZAZYはいつも一緒に遊んでました。
原田 10年の時を経て、気づいたら濃い仕上がりに(笑)。
きん 先に売れた奴らが同期愛が強くて、「早く上がってこい」と、ことあるごとに名前を出してくれていたのも刺激になりました。
原田 同期の中では、コロチキが最初に『キングオブコント』で優勝したんですが、あのときはもうわけが分からなかったですね。「えっ、取れるんや!」って。霜降りの『M-1』優勝は、それに比べたらスッと入ってきました。
ビスブラは、『キングオブコント』で優勝すると同時に、漫才でも『M-1』準決勝の28組に選ばれるなど、コントと漫才の二刀流で結果を出してきた。これには2人の活動拠点に理由があるという。
きん 大阪の色ですね。大阪で活動していると、漫才のほうがやりやすい場所が多いんです。1歩でも動いたら落ちちゃうような小さいステージでやることもあるし、お祭りの営業とかだと、小道具や着替えがあるコントはやりにくい。
原田 単純に大阪では両方やっていたほうが生き延びやすいという。どちらか1つに絞っていいと言われたら、本当は僕はコントをやりたい。でも、きんは最強の漫才師になるために香川からやってきたんで、それは認めてくれないかもしれません。
きん いや、僕は瀬戸大橋を渡って大阪に来たらコント師になってました(笑)。
夢は同期とのコント番組
『キングオブコント』優勝でその実力が広く知れ渡った今、気になるのは東京進出のタイミングだ。生放送で感じた大阪と東京の番組の違いも交えて2人はこう語る。
原田 今は大阪の劇場を盛り上げたいという気持ちがあって、「大阪のコント師はすごいぞ」というのをまずは伝えていきたいです。いずれは東京に行くことになるやろうなとは思うけど、2人とも戦略を立てられるタイプではなくて。先輩で「はよ来たほうがいいよ」って言ってくれる人もおるけど。
きん 全国区で活躍する同期もたくさんいるんで、一緒にコント番組をやりたいという夢はあります。
原田 テレビの違いでいうと、東京は温かいというか、アットホームな印象。
きん 『キングオブコント』優勝後、東京の番組にたくさん呼んでもらいましたけど、生放送に関しては大阪のほうが鋭いというか、厳しいですね。大阪は出演者がほぼ芸人なんで、常に緊迫感があるんです。東京はいろんなジャンルの芸能人がスタジオにいらっしゃるから、ゆったりしていて優しい。
原田 大阪は芸人同士の空中戦が速いから、急に話が飛んでくる。
きん ノールックパスで(笑)。
原田 大阪では朝の生放送でハイヒールさんにめっちゃお世話になっていて、本当にそこでテレビのいろはを教わったし、鍛えてもらいました。
きん 標高が高い山でマラソンをやっているようなね(笑)。
ネタで評価されて頭角を現してきた2人だけに、ネタ作りへの思いは強い。23年に向けての目標はもちろん、理想とする芸人像も、やはりネタを最重要視している。
原田 とにかくネタの鮮度は落としたくない。「今出ても優勝やんけ」と言われるようなネタを作り続けたいです。
きん もともと賞レースのためにネタを作っていたわけではなく、賞レースでは争えないような形のネタを1年間かけて仕上げていくのが、僕らの『キングオブコント』やった。そういう作業もせなあかんと思ってます。
原田 だから23年も、優勝争いできるようなネタを2本用意して、テレビを見ながら「俺らやったら勝ててるのかな」と思えるようにはしておきたいです。歴代のチャンピオンも、今でも優勝できそうなとんでもないネタを作っていたりするんで。
『キングオブコント』優勝直後の会見では女性ファンが少ないことを嘆いていた2人。その後、女性ファンは増えたのだろうか。
原田 街で声を掛けてくださるのはまだ男性のほうが多いですね。女性は隠れながら、こっそり小さい声で「実は好きです」って言ってくれる(笑)。
きん 応援してくれる方も、Twitterに鍵がかかっていて(笑)。
原田 「ビスブラが好き」と言うことを怖がっていた女性たちには、今こそ大きな声で言ってほしい。
きん もうそろそろ言ってもいい時期やと思いますんで、ぜひお願いします(笑)。
(写真/中村嘉昭)