
ロングセラー商品の多くは、時代に合わせてパッケージや成分を刷新しながら、顧客に価値を届け続けている。だが、顧客が刷新を望むとは限らない。ファンケルの「マイルドクレンジングオイル」(以下、マイクレ)は1997年の発売以来、現在も主力商品だ。しかし、かつてファンケルはマイクレのパッケージのデザイン刷新によって、売り上げが目標を大きく下回り、わずか1年で再改修する大失敗を味わった。その原因は「ブランディングの誤解」にある。重要なのは、商品の変えるべき部分とそうでない部分を正しく見極めるための、顧客調査法だ。
「あの青色のクレンジング」。マイクレのパッケージの特徴である青いボトルにちなんで、ファンケルの顧客は商品をこう呼ぶ。
長年愛用する顧客にとって、パッケージの色は、小売店の棚で一目見て商品を識別するための大事な記号だ。マイクレは青いボトルと認識しているから、迷わず商品を選んで購入できる。
ところが、ファンケルはそれほど強く顧客から認識されているマイクレのボトルの色を、青から白へ変更したことがある。2012年に「よりスタイリッシュなブランドにする」という目的で行われた化粧品事業の大々的なリブランディングの影響を受けたものだった。当時、売り上げを3割以上伸ばすという目標のもと、全社的に相当な投資がなされたという。
しかしリブランディング後、マイクレは予定していた売り上げを大きく下回った。「数値的に(順調でないのが)一目瞭然だった」とファンケル広報部の陣内真紀氏は当時の状況を説明する。
「お客さまが商品を見つけられなくなった」。ファンケル化粧品事業本部化粧品商品企画部部長の土井幸永子氏は、原因をこう話す。短期的にはプロモーションにより売り上げは増加したが、商品そのものに対しての売り上げ増加でないため、長期的には売り上げ減少の恐れがあった。
この大々的なリブランディングによって、マイクレだけでなくサプリメントなど複数の商品が売り上げ不振に陥った。結果的に13年3月期、ファンケルは創業以来初の赤字を計上。13年1月には、ファンケルの創業者である池森賢二氏が経営再建のため急きょ8年ぶりに経営へと復帰した。
こうして、マイクレはパッケージデザイン変更後約1年で、元の青色のボトルに戻すことになった。売り上げ低迷の原因がパッケージだと判断したのは、顧客から商品を見つけられないという声が相次いだこと、中身は変えておらずパッケージのみの刷新だったためだという。この再改修が奏功し、売り上げも回復した。「これ以降、お客さまが商品を呼ぶときに使う色は変えない方針になった」と土井氏は言う。
特集の第1回でも解説した通り、「ブランド」は農家が牛を識別するための焼き印が語源だと言われる。ブランドを象徴するパッケージやロゴは、顧客が商品を識別するための「識別子」だ。その識別子を安易に変更すると、顧客が小売店で商品を見つけられなくなり、離反を引き起こす恐れがある。
▼第1回 ローソンPB騒動、高級食パンの盛衰に学ぶ「ブランディングの誤解」Strategy Partners(東京・港)代表取締役の西口一希氏は「多くの顧客にブランディングで刷り込んだ便益と独自性を変更する場合、離反者がかなり増えるリスクがある。新規顧客は獲得できたとしても、ロイヤルティーの高いLTV(顧客生涯価値)に貢献する優良顧客の離反率が高まり、結果として売り上げが落ちてしまうということは往々にして起こり得る」と指摘する。かつてファンケルはまさしく、このブランディングの誤解に陥ってしまったわけだ。
ロングセラー商品は数年に一度、その時々のトレンドや会社の事情などに合わせて、中身やパッケージデザインを変更する必要に迫られる。だが、失敗すれば売り上げを大きく下落させてしまうリスクをはらんでいる。変化させるべき部分とそうでない部分とを見極めることは至難の業だ。そのため、既存製品のリニューアルはとても慎重に行う必要がある。
そんな大きな失敗を犯したファンケルだが、その反省を生かし、その後はマイクレの刷新を何度も成功させてきた。発売から約四半世紀もたった22年上半期に、新旧入れ替わりの激しい化粧品の口コミサイト「@cosme」で最高位含め3冠を獲得するほどのロングセラー商品となった。
商品の「変えてはいけない部分」 どうつかむ?
ファンケルはマイクレを刷新する際に、何を重要視しているのか。
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