
「ダイナミックプライシング(変動価格制)」は、消費者の需給に応じて価格を変動させることで、収益の最大化や在庫リスクの軽減を計る値付け方式だ。さまざまな分野で導入が進んできたが、新型コロナウイルス禍を経て、最近は混雑の緩和や生活変容への対応、電力逼迫に備えた節電といった社会課題への対策としても取り入れられるようになっている。2023年には、多くの人にとって身近な鉄道でもダイナミックプライシングの導入が進みそうだ。3月からJR東日本が販売する「オフピーク定期券」は本格化の第一歩とも言える。この特集では、一層の拡大を見せるダイナミックプライシングの最新事情とその課題を紹介する。
エンタメから小売りまで拡大
ダイナミックプライシングの導入が日本でも活発化したのは、2019年ごろから。ビッグデータの収集と、それを分析するAI(人工知能)の活用が進んだことで、精度の高い価格設定ができるようになったことから注目が高まった。商品やサービスの売れ行きや、過去のデータに基づく需給予測に応じて、価格を動的かつ自動的に変更することで、需要が高い商品・サービスの収益を最大化し、需要の低いものの販売を促す。
動きが早かったのは、エンターテインメント業界だ。音楽業界大手ではエイベックスが19年に浜崎あゆみのカウントダウンライブに採用。座席をステージからの距離によって3つのエリアに分け、それぞれのチケット価格を販売状況に応じて変動させる仕組みを取り入れた。
サッカー・Jリーグでは、19年の横浜F・マリノスや名古屋グランパスを皮切りに採用クラブが増加。プロ野球、バスケットボール・Bリーグでも導入が進んでおり、中でも福岡ソフトバンクホークスは、20年シーズンから座席単位でダイナミックプライシングを適用して話題を呼んだ。
チケット販売という点では、テーマパークも同様だ。ユニバーサル・スタジオ・ジャパンが19年に、東京ディズニーランド・東京ディズニーシーが21年にダイナミックプライシングを導入している。
チケット販売の場合、ダイナミックプライシングの利点は、大きく分けて3つある。チケット収益の最大化、動員数の最大化、そして不正転売の抑止だ。興行チケットは、出演者や対戦カードといった内容、座席位置、開催日によって、テーマパークチケットは季節や曜日によって人気の差が大きい。人気のチケットには購入希望者が殺到する一方、不人気のチケットは売れ残る恐れがある。また、過度な人気の集中は、チケットの“プラチナ化”と不正転売を招きかねない。ダイナミックプライシングを導入することで、人気チケットの価格を上げて収益を拡大、それらチケットを買うつもりだった人を別のチケットに誘導して販売数を増やし、不人気のチケットは値引きしてでも売り切る。結果的に、チケット収益、動員数とも最大化し、不正転売も抑止できるとする。
ダイナミックプライシングが普及したことで、これまでスタッフの経験や勘で価格を設定していた業界でも、データに基づく変動価格システムへの移行が進んでいる。その例がスーパーマーケットだ。イオンリテールは21年5月から、販売実績や天候、客数などを基に、時間帯ごとに商品の陳列量に応じた割引率を提示する「AIカカク」を全国350店舗のイオンに順次導入した。スーパーマーケットでは、時間がたった商品に割引シールを貼る場面をよく見かけるが、この割引率の決定をデータに基づくダイナミックプライシングに変えたのだ。これによって、経験の少ないスタッフでも割引率を判断、売れ残りを減らし、フードロス解消につなげられる。当初は総菜を対象としていたが、導入から1年以上がたった現在はパン、ヨーグルトなどの一部商品にも利用を拡大しているという。
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