多くのスマホ決済サービスが不便な点は、銀行口座やクレジットカードとひも付けていちいち残高チャージする手間だ。その手間が2023年4月に始まる新制度によって、軽減される道が開けた。「給与デジタル払い」(通称、デジタル給与)が“解禁”され、企業が賃金の全額または一部をスマホ決済の残高に直接チャージできるようになるからだ。ただ制度開始まで1カ月強になったものの、盛り上がりに欠けているのも事実。一体裏側で何が起こっているのか。

2023年4月に労働基準法の施行規則等の一部改正省令が施行され、PayPayなどのスマホ決済サービスで給与の全額または一部を受け取れるようになる
2023年4月に労働基準法の施行規則等の一部改正省令が施行され、PayPayなどのスマホ決済サービスで給与の全額または一部を受け取れるようになる

 「まだ検討すら始めていない。解禁日は迫っているが、検討したくてもまだ手を付けようがない段階だと言った方が正確かもしれない」。こう胸の内を明かすのは、ある家電メーカーの財務担当者だ。彼の頭を悩ませている存在が、25年ぶりに会社員・団体職員らが給与を受け取る新しい手段として加わる「給与デジタル払い」だ。

 給与デジタル払いは、「PayPay」「d払い」「au PAY」といったスマホ決済サービスを提供する資金移動業者の口座を通じて、従業員に賃金を支払うというもの。労働基準法の施行規則等の一部改正省令が施行される2023年4月に“解禁”される。導入の議論が始まったのは17年12月に開催された「国家戦略特区ワーキンググループ」であり、5年がかりでようやく実現にこぎ着け、政府が鳴り物入りでスタートさせる制度だ。

 現金、銀行口座(1975年に導入)、証券総合口座(98年に導入)に次ぐ第4の選択肢が生まれることで、従業員は従来主流だった銀行振込ではなく、スマホ決済サービスの残高としても給与を受け取れるようになる。口座残高の上限額は100万円という制約があるものの、指定日に定額が残高に入金されるわけで、スマホ決済を日常的に使っている人にとっては逐次チャージする手間が減る意味で朗報だ。

 一方、制度を導入・運用する企業にとっても、新制度はメリットがある。給与を銀行振り込みする場合、1件当たり振込手数料として300円程度かかっている。もし従業員が全額をスマホ決済で受け取ることを選択すれば、そのコスト負担が軽減される。スマホ決済の事業者の多くが、自社サービス内での送金手数料を無料に設定しているからだ。

 口座残高が上限に近く、賃金を送金することによって100万円を超えてしまう場合の対策も盛り込まれている。給与デジタル払いを扱うスマホ決済事業者は、超過分を指定した銀行口座に自動的に送金する仕組みを取り入れる義務がある。つまり仕組み上は、従業員が全額給与デジタル払いを希望し、口座からあふれた分をスマホ決済で銀行口座に振り込ませるといった一体運用も可能だ。

 10年には13.2%だった日本のキャッシュレス普及率は、スマホ決済などの勃興により、21年には31.5%まで伸長した。この勢いに弾みを付ける意味で、25年までに諸外国並みの40%まで引き上げることを目指す政府にとって、給与デジタル払いはいわば“隠し玉”。内閣府の国民経済計算(GDP統計)によると、国内における雇用者報酬は総額で約289兆5000万円。巨額マネーの受け皿が、銀行からスマホ決済事業者に拡大するとあって、社会の構造を根本から変えられる可能性も秘める。

 にもかかわらず、冒頭の担当者が明かしたように、解禁と同時に一足飛びで普及する機運が一向に高まっていない。それはなぜか。

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