小売業界の大型イベント「NRF:Retail's Big Show」ではここ数年、流通小売業のDX(デジタルトランスフォーメーション)が注目されてきた。2023年のNRFで何が見えてきたのか。サプライチェーンの変化を軸として、電通で小売り関連のDXや事業変革(BX)を手掛ける木村仁昭氏が読み解く。

米ニューヨークで小売業界の大型イベント「NRF 2023:Retail's Big Show」が開催された
米ニューヨークで小売業界の大型イベント「NRF 2023:Retail's Big Show」が開催された

 米ニューヨークで2023年1月15~17日に開催された「NRF 2023:Retail's Big Show」は、新型コロナウイルスの感染症が拡大する前とほぼ変わらない規模のリアル開催となった。基調講演をはじめ175以上のセッションがあり、展示会場は多くの人でにぎわっていた。流通小売業に携わる人たちだけでなくメーカー担当者を含め、日本からの参加者も多く見られた。

 これら海外イベントは、「大規模な各社ブース」「新規性のあるハードウエア」、「リッチなUI/UX(ユーザーインターフェース/ユーザーエクスペリエンス)のデモ」に目が行きがちだ。その点では、筆者が初参加したNRF 2020の方が量・質ともに今回を上回っていただろう。

 それだけに、定点観測している“ベテラン日本人”の方からは「見るべき所が少なかった」という意見もちらほら聞こえてきた。それは正しいだろうか。日本で、安心安全を最優先するあまり、「行動半径縮小」「不確実性が前提」「非対面リモート」といったコロナ禍によく見られた表層的な課題のみにとらわれている人も多い。米国の流通小売業はそれらの対応を終え、その先に広がる新たな社会課題への対応を進めつつあることに気付く必要がある。

 米小売大手ウォルマートの米国部門CEO(最高経営責任者)ジョン・ファーナー氏は基調講演で「グローバルサプライチェーンへの危機」として(1)急激な需要増への対応、(2)ものからサービスへのシフト、(3)歴史的水準のインフレ、(4)ウクライナ危機、と4つの課題を挙げた。これらを踏まえ、米国小売り各社の取り組みを基調講演の話や実店舗の様子を交え、紹介していきたい。

クローガー、23年は顧客の半数が困窮の恐れ

 全米2700以上の店舗と43.5万人の従業員を抱える米小売り大手のクローガーのロドニー・マクマレン会長兼CEOは、コロナ以降の買い物行動の変化を以下のように話した。「従来、スーパーマーケットではせいぜい週に1回の来店だった。今はアプリを活用することが当たり前。お買い物リストを準備し、デジタルクーポンをダウンロードするなど、常時店とつながっている」。オンラインか店か、といったチャネルは気にしておらず、自分たちの必要なタイミングで簡単に買い物ができたかが重要だという。

米小売り大手のクローガーの講演
米小売り大手のクローガーの講演

 クローガーはテクノロジー投資を5年前の3~4倍に増やしている。「買い物時の障壁を取り除く」という取り組みは以前から進めてきたが、コロナ禍がそれを加速した。「テクノロジー活用の意識が自社にあるうちは、まだまだ顧客の満足にはつながらない」とマクマレン氏は話す。店の内外やアプリだけでなく、地道なサプライチェーン全体での改善が必要になるということだ。

 23年に向けては「自社の顧客の半分が経済的困窮にさらされる」と予測しており「顧客は節約志向に向かうだろうが、彼らの顧客体験がこれまでより劣ることがあってはならない」(マクマレン氏)とも述べている。

PBもOMOも全方位で強いホールフーズ

 「ものからサービスへのシフト」という点で巧みにビジネスの実践をしているのが、米アマゾン・ドット・コムと傘下のスーパー、ホールフーズ・マーケットではないだろうか。ホールフーズCEOのジェイソン・ビークル氏は講演内で「リテール劇場」という言葉を使っていた。店づくりやサービス全体で楽しませ、魅了する仕組みがあるという意味だ。

 実際、どんな店舗なのか。会期中、最近つくられたホールフーズの新店を訪れると、地産地消をうたったローカル商品や自社PB(プライベートブランド)の品ぞろえが目立っていた。日用品や食料品などの大半が独自のPB「365」で、地元の生活者もそのクオリティーを支持する人は多いという。

ホールフーズの店舗内には独自のPB「365」の商品が並ぶ
ホールフーズの店舗内には独自のPB「365」の商品が並ぶ

 数年前からある既存店も訪れてみた。ここで来店客以上に目立っていたのは店内を精力的に動くネットスーパーの宅配用に袋を持って商品を集めるピッカーだった。ターゲットは、大都市圏などのAmazon Primeユーザーで、あらゆる購買チャネルへのリテラシーが高く商品への目利きもたけている人。そうした顧客の満足を勝ち取るためには、グループシナジーを発揮し、あらゆる接点で高次元の顧客要求に応えていく。そんなOMO(オンラインとオフラインの融合)の一歩先にある付加価値(※)が必要なのだ。

 地下のフードコート横に返品コーナーがあり、アマゾンでのオンライン購入物品をオフラインで返品し、そのまま店内で生鮮品を購入する、という光景も見られた。PBから通販の返品まで、サプライチェーンだけでなくバリューチェーン全体でグループ企業の総力を集めた「リテール劇場」を構築していることが分かる。

※注)物理的な店舗の施設や店員、デジタルのツールを融合し、顧客が便利に使える状態になっていることを「Phygital(フィジタル)」と呼ぶこともある。この詳細は別記事で紹介する
ネットスーパーの宅配用に商品を集めるピッカーの姿も目立っていた
ネットスーパーの宅配用に商品を集めるピッカーの姿も目立っていた

ウォルマートはドローン配送を視野

 チャールズ・シュワブ証券のチーフストラテジスト、リズ・アン・ソンダース氏の講演では、もの経済からサービス経済への変化といった論点も踏まえながら、マクロ経済的観点の掘り下げをしていた。「ウクライナ危機は、中長期的にはエネルギーと食糧の2つの領域に与える影響が大きく、結果それがインフレという経済的な痛みを伴う消費社会環境をつくり出し、今我々はまさにその最中にいる」と話した。

 それによって、ものからサービスへのシフトがさらに進み、様々な商品カテゴリーにおいて、消費者は財布のひもを引き締めている。郊外を中心にハードディスカウンターといわれる小型店舗の低価格スーパー「Lidl(リドル)」や「ALDI(アルディ)」が支持されているという。

低価格スーパーの「Lidl」や「ALDI」。視察した際は、品ぞろえや在庫が少なめに感じたが、安い物を入手したい生活者に支持されている
低価格スーパーの「Lidl」や「ALDI」。視察した際は、品ぞろえや在庫が少なめに感じたが、安い物を入手したい生活者に支持されている

 ではそこに対して、米国の流通小売業界はどのように立ち向かうのか? 1つの解を提示してくれたのがウォルマートだ。

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