全米小売業協会(NRF)が主催する小売業界の大型イベント「NRF 2023:Retail's Big Show」が2023年1月14~16日に米ニューヨークで開催された。インフレなどによる経済停滞が続くと予想される中、米小売り各社は打開策をどう導き出すのか。同イベントに毎年参加しているヤプリの伴大二郎氏が読み解く。

全米小売業協会(NRF)が2023年1月14~16日に米ニューヨークで大型イベント「NRF 2023:Retail's Big Show」を開催した
全米小売業協会(NRF)が2023年1月14~16日に米ニューヨークで大型イベント「NRF 2023:Retail's Big Show」を開催した
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 毎年1月に開催となる世界最大規模の小売り展示会「NRF」が開催された。筆者は新型コロナウイルス感染症拡大の前に開催されたNRF2020はもちろん、完全オンラインだったNRF2021をはさみ、NRF2022もリアル会場で参加した。厳重な入出国の水際対策を抜け、苦労して参加した22年の会場は、出展企業もまばらで寂しいものだった。今回のNRF2023はコロナ以前のにぎわいを取り戻し、1000社以上の企業が会場を埋め尽くした。

 NRF2023で掲げられたテーマは「ブレークスルー」。コロナ禍により、グローバル規模での物流の脆弱さが露呈した。顧客対応の効率化などに向けた急速なDX(デジタルトランスフォーメーション)が進む一方で慢性的な人手不足を抱えており、今後も長引くとみられるインフレによる景気停滞の懸念も広がっている。確かに解決すべき課題は多い。

 3日間の中で可能な限り多くのセッションを聴講した。その中の1つ、ファッションやライフスタイル系に強い英調査会社WGSNによる講演の中で気になるキーワードがあった。生活コスト高騰、自然災害、社会の分断など複数のリスクが互いに影響を与えつつ大きくなっていくことを意味する「Polycrisis-Age(ポリクライシス時代)」という言葉だ。ポリクライシスは、世界経済フォーラムが23年1月11日に公表した報告書「Global Risks Report 2023」に登場した言葉で、ちょっとした流行語になっている。

英調査会社WGSNのコンシューマーインサイト副社長、アンドレア・ベル氏の講演。「Polycrisis-Age(ポリクライシス時代)」について説明した
英調査会社WGSNのコンシューマーインサイト副社長、アンドレア・ベル氏の講演。「Polycrisis-Age(ポリクライシス時代)」について説明した
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 例えば、米国をはじめとする世界各国では、移民の問題が拡大している。生活環境を丸ごと移すケースはもちろん、ノマド移住という形でデジタル遊牧民の存在もあり、国のルールが効きにくくなりつつある。テクノロジー分野では、サイバー犯罪が広がっているほか、SNSの進化によりマストレンドは消滅して一部のニッチな関心のみに終始する。こうしたさまざまな事象によって、社会は不安定かつ、コントロールが効きづらい状態になっている。当然ながら、消費の最前線である小売業界も大きな影響を受ける。講演の概要をまとめると、そんな形になる。

 国が動くのを待っていられないし、もはや国で解決できないことも多い。そんな中で小売業界も自ら危機を突破しなくてはならない。これが23年のテーマ「ブレークスルー」の背景にあるのだろう。現段階で、どの企業も明確な正解は持っていないかもしれない。それでも今回のNRFで見た多くのセッションを通し、その足がかりが見えてきた。

顧客中心文化を組織レベルに反映させる

 コロナ禍のDXで大幅なデジタル投資に踏み込んだが、今後の不安定な時代に挑むうえでは、逆に従業員の「人間力」に回帰しようとしているのではないか。そう感じさせたのは、米ディスカウントストア大手ターゲットの会長兼CEO(最高経営責任者)ブライアン・コーネル氏の講演だった。

 「未来の小売りリーダーシップ」として、4人の女性リーダーをステージに招き、プライベートブランド(PB)の強化やパーパスを軸とした従業員体験の改革についてトークを展開した。

米ディスカウントストア大手ターゲット会長兼CEO(最高経営責任者)ブライアン・コーネル氏と4人の女性リーダーによる講演
米ディスカウントストア大手ターゲット会長兼CEO(最高経営責任者)ブライアン・コーネル氏と4人の女性リーダーによる講演
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 ターゲットは取締役会の3分の1とリーダーシップチームの半分が女性であり、3分の1は有色人種でもある。さらにターゲットの2000以上の店舗のほぼ半数を女性リーダーが務めている。多様性を持たせたリーダーの意見を反映し、マーケティング活動を行うことで、例えば有色人種向けのプロモーションを62%増加させた。

 有色人種のデザイナーによるPB商品の開発を進め、多様な顧客の好みに合うカラー展開をしている。従業員の生活やコミュニティーと深く関わり尊重しながら顧客と深く感情的につながる体験をデザインしている。

 クリスマスにニューヨークを襲った大寒波では、ニューヨーク州バッファローの店長が避難所を必要とする人のために店舗を開放したという。こうした行動がマニュアル通りではなく、指示なしで取れる店舗のカルチャーが重要だとコーネル氏は称賛した。

OMOによるデジタル化も人とのふれあい重視

 アプリと店舗のサービスを連携させるOMO(オンラインとオフラインの融合)の取り組みも、これまでのNRFで議論されてきたトピックだ。このOMOも、単にデータを連携させるだけではなく、いかに顧客の心を揺さぶるかという“人付き合いの本質”が求められるようになってきた。

 米大手スーパーのクローガーCEO、ロドリー・マクマレン氏は「人の心を育む会話」と題したCX(カスタマーエクスペリエンス)についてのセッションで、「顧客が店との対話を望むのは、何か刺激を受けたときか、望む食べ物を手に入れたいときだけだ」とシンプルに語った。

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