リアルを変える「デジタルCX(顧客体験)」 第3回

2023年1月、スターバックスの会員プログラム「スターバックス リワード」がリニューアルした。スターバックスはデジタルCX(顧客体験)で何を重要視し、いかにブランドらしさを提供しているのか。モバイルオーダーや会員プログラムなどのデジタル施策について担当者に聞いた。

店内で並ばずに商品を受け取れるMobile Order & Pay。受け取りの際のニックネームを自分で設定でき、特別感を味わえる
店内で並ばずに商品を受け取れるMobile Order & Pay。受け取りの際のニックネームを自分で設定でき、特別感を味わえる

 「アーニャさまでございますか?」「はい」──。気恥ずかしく照れ笑いしながらドリンクを受け取る。椅子に座り、大好きな「アーニャ」(アニメ「スパイファミリー」のキャラクター名)と書かれた紙カップを眺めるとワクワクしてしまった。「自分(アーニャ)専用」の紙カップに愛着がわき、最初の一口を大切に飲む。飲み慣れた味がよりおいしく感じられた。

 筆者が利用したのはスターバックス コーヒー ジャパン(東京・品川)が2019年6月から始めた「Mobile Order & Pay(以下、モバイルオーダー)」だ。当初は都内56店舗、テークアウト限定だったが、20年初には店内にも利用場所を広げ、同年12月以降は取り扱い商品の拡充とともに、サービスを全店舗に拡大している。

 モバイルオーダーでは、アプリ画面で「受取店舗」「TO GO(お持ち帰り)か店内飲食」「商品」「カスタマイズ内容」「ペーパーバッグを利用するか否か」を選び、受取時間を確認して店に向かえば、カウンターですぐに受け取ることができる。

受取店舗、TO GO(お持ち帰り)か店内飲食かを選択し、商品選択画面へ
受取店舗、TO GO(お持ち帰り)か店内飲食かを選択し、商品選択画面へ

 所要時間は、入力に1~2分、店舗での受け取りに数十秒。デジタル戦略本部本部長の濱野努氏は「店舗でオーダーする際の一番のペインポイントは、列に並ぶ時間。これを解消できるためモバイルオーダーを一度使うと利用頻度が増える傾向が高い」と人気の理由を語る。

 時短ニーズに応えるだけではない。スターバックスで重要視しているのが、デジタルツールを通して店舗同様の「豊かな体験」を提供することだ。「1分1秒でも早く注文して受け取り、オフィスに戻りたいお客様もいれば、店舗のパートナーと話してリフレッシュしたり気分を変えたりしたいお客様もいる。デジタル施策でも、それぞれの人が目的を達することができるような設計ができないと利用されなくなる」(濱野氏)。使っていて楽しい、面白いと感じるような情緒価値をいかに加えられるかがスターバックスらしさだ。

 モバイルオーダーでの情緒価値の1つは、ドリンクのカスタマイズだ。サービス開始当初に1300通りだったカスタマイズは、Twitterや店舗で寄せられた顧客の声に応え、7500通りに増やした。例えばミルクは、7種類(通常のミルク、低脂肪、無脂肪、豆乳、アーモンドミルク、オーツミルク、ブレベ:ミルクと生クリーム半々)から選択し、量と温度帯を指定できる。カスタマイズ利用率は、店舗でのオーダーに比べモバイルオーダーが3割高く、注文する際の楽しみにつながっていることがうかがえる。

カスタマイズ選択画面。ドリンクに応じてカスタマイズの種類が変わる
カスタマイズ選択画面。ドリンクに応じてカスタマイズの種類が変わる

 もう1つの情緒価値は、先の「ニックネーム」だ。最大10文字まで入力でき、オーダーごとに変更できる。ニックネームの項目で「使用しない」を選べば「ブラジル41」など、「コーヒーの産地+番号」が自動的に設定される。取材後、筆者がニックネームを入れてみたところ、思いがけず特別感を得ることができた。

 なぜニックネームを入力できるようにしたのか。濱野氏は「お客様を番号で識別するのはよくない。何かスターバックスらしい方法はないかという観点から生まれた」と説明する。10 文字のフリースペースには「スリーブ欲しい」などと店舗へのメッセージを入力する顧客もいる。よく使われるのは、推しのタレントやキャラクターの名前だという。ライブ会場近くの店舗でモバイルオーダーし、推しのグッズとカップを並べてSNSにアップするファンがいるなど、想定外の使われ方をしているケースも多い。また、ニックネームをきっかけに、パートナーが「○○さんのファンなのですね」と声を掛けて会話が始まり、顧客とのコネクト(つながり)が生まれることもあるという。

デジタル戦略本部本部長の濱野努氏(写真/小野さやか)
デジタル戦略本部本部長の濱野努氏(写真/小野さやか)

 スピードを重視しがちなモバイルオーダーで、本来ニックネーム機能は不要な類いだ。だがその「余分」が大きな価値を生んだ。スターバックスのデジタル施策に情緒価値が生まれる理由は「顧客が自発的に楽しめる『余白』があること」と濱野氏は語る。

 こうした点で、23年1月にリニューアルした「スターバックス リワード」も、ただ「Star(ポイント)」を集めてドリンクやフードと交換するだけの会員プログラムではない。

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