TikTok発のヒットが続く音楽業界だが、その仕組みゆえに計画的なヒットを生み出すのが難しいという声は聞こえる。そんな中、ポニーキャニオン音楽マーケティング本部 執行役員本部長の今井一成氏は「YouTubeというプラットフォームがグルーバル対応しているのは非常に大きい。TikTokをおろそかにすることはありませんが、今後もYouTubeでのプロモーションに注力していく」と語る。
狙ってヒットを出すのは難しいTikTok
――「TikTok売れ」なる言葉が一般に定着するなど、TikTokの影響力はマーケティングの観点からも重視されるようになって久しいですが、音楽業界の視点でこの現状をどのように考えていますか?
レコード会社はアーティストと作品のプロモーションを併せて行わなくてはいけない中で、これはあくまで個人的な意見ですが、デジタルマーケティング部としてやっていかなくてはならないのは、アルバム単位ではなく「単曲」を売っていく、つまりストリーミングで再生数を伸ばすということ。“1曲をどのようにリーチしていくのか”を常に考えなくてはなりません。
デジタルの世界ではリスナーが興味を持つ入り口はアーティストでもなくアルバムでもなく、楽曲そのものなんです。そういった意味でも、やはり注力すべきはストリーミング再生数をどう増やしていくかということでしょう。
ならばどのようにして単曲を世の中に広めていくのか。そのマーケティングツールとして、TikTokは非常に有効だと考えています。TikTok独特のアルゴリズムが反応すると、そこから広く拡散していく例は多々ある。いわゆるBillboard JAPANやオリコンが展開するストリーミングチャートがきっかけとなり、ヒットチャートにランクインすることも最近では珍しくありません。
もちろんレコード会社として、TikTok戦略というものは追求しています。例えば、アーティストごとにTikTokで楽曲が拡散されるように切り出し箇所を指定するなど、それぞれ現場単位で試行錯誤しながら対応策を考えている。その一方で、TikTokの仕組みゆえに、狙ってヒットを出すのはなかなか難しいというのも事実としてあります。
――ショート動画といえば、YouTubeショートの収益化が実施されました。これによりますますYouTubeショートの市場が活発化されていくと考えられますが、それについてはどのような考えをお持ちですか?
シンガポールで行われた「All That Matters 2022」と題したデジタル・マーケティング・ カンファレンスに参加し、3日間にわたり、各界の著名人によるトークセッションを受けてきましたが、印象的だったのは、この先YouTubeは「YouTubeショート」に注力していくというメッセージです。それを踏まえ、当社としても、YouTubeショートに関するマーケティングの強化を進めています。
まずYouTubeは再生回数に応じた広告収益が入ってきます。YouTube Premuim/YouTube Music Premiumという、いわゆる会員ユーザーからの原資を、きちんとレコード会社に分配する動きも加速している。一方、TikTokでは、まだまだクリエイターの収益化が整っていません。あまり言いたくはありませんが、今のところTikTokは、レコード会社にとってプロモーションの場と割り切るほかありません。
TikTokをおろそかにすることはありませんが、YouTubeショート・YouTube・YouTube Musicというサービス連係を最大限活用した動画戦略のほうが、アーティストにとっては現状メリットが大きいと考えています。
もっとYouTubeショートを活用すべき
以前はYouTubeでMV(ミュージックビデオ)が公開されると、それで満足してしまうリスナーが非常に多く、音源のマネタイズまでつながらなかった側面がありましたが、そんな中でYouTube Musicというサービスが生まれました。つまり、YouTube内にストリーミング再生で聴かれる動線ができたわけです。そういう意味でも、今はYouTubeで音源を解放することはレコード会社にも大きなメリットがあるわけです。
前職のビクターエンタテインメント時代、YouTubeに上限90秒までの制限をかけたプロモーション映像を流し、そこからマネタイズにつなげる施策を打ちました。しかし、今はYouTube Musicとの契約があるので、そのようなプロモーションを打つことは不可能です。YouTubeで映像公開する日はイコールYouTube Musicの解禁日となるので。
しかしYouTubeショートを活用したプロモーションならば、最大60秒までの投稿という制約があるのでフル尺の解禁とはなりません。これにより先行配信という形が可能になり、従来のプロモーションの形も踏襲できるわけです。
YouTubeもYouTubeショートについてのセミナーを頻繁に開催し、いかにYouTubeショートがMVやYouTube Musicの再生回数につながっていくかということを細かく説明してくれています。動画とアーティストの人気がひも付くことも実感としてあります。そういった意味でも、もっとYouTubeショートを活用すべきだと考えています。
YouTubeのUGCに大きな手応え
――TikTokはいわゆるUGC動画による広がりが大きいと思いますが、それについてはどう考えていますか?
TikTokで拡散される影響力がどれほどものすごいかは、実際に目の当たりにしてきました。優里、Adoなどティーンに絶大なる人気を誇るアーティストを生み出すきっかけとなったメディアの勢いは実感しています。そんな中で、私はYouTubeでのUGC(ユーザー・ジェネレーテッド・コンテンツ。ここでは公式が提供した素材を利用してユーザーが作ったコンテンツを指す)の広がりにも大きな手応えを感じています。
2022年、TVアニメ『進撃の巨人 The Final Season Part 2』のオープニング曲『The Rumbling』をSiM(シム)というアーティストが、そしてエンディング曲『悪魔の子』をヒグチアイが担当し、これがUGCで世界的に拡散されました。SiMは海外比率が85%、ヒグチアイが80%以上。やはりYouTubeというプラットフォームがグローバル対応しているというのは非常に大きい。アニメが世界的にヒットしているので、海外からの反応がすさまじいです。海外でヒットするようにこちらから仕掛けていけるという、そのシステムをうまく利用することも大切なポイントだと考えます。
一方で、YouTubeショートはTikTokに比べると、UGC動画を生み出し、投稿するハードルが少し高く感じます。しかし見方を変えると、そこさえ改善されれば、大きく流れも変わってくると予測しています。
YouTubeもTikTokに対抗する形としてYouTubeショートをローンチしたはず。それゆえ、今後も機能を充実させる手を止めないでしょう。そういった意味でも、引き続きYouTube戦略に注力していこうと考えています。
ポニーキャニオン音楽マーケティング本部 執行役員本部長