芸能人がファンとの交流を図る目的で利用されてきたSNS。新たなファン獲得にも力を発揮してきたが、最近は事情が変わりつつある。例えばYouTube。YouTubeチャンネルの統計情報などを扱う「yutura(ユーチュラ)」の管理者で、オモシロ代表取締役の堂馬佑太氏は「YouTubeへの動画投稿数が増え、有名なYouTuberでも、以前ほど再生回数が取れなくなったのは事実としてあります」と指摘する。
――YouTubeでは、2021年7月に短尺動画を投稿できる「YouTubeショート」が日本でも導入されました。以降、YouTubeショートを効果的に活用しているクリエーターが増えている印象です。
YouTubeショートを積極的に活用し、存在感を高めているクリエイターは増加していると思います。そんな中、クリエイターがあふれていることでの競争の激化により「現在のYouTubeは戦国時代」と表現する人もいます。
つまり以前ほど有名なYouTuberでも再生回数が稼げなくなっているということ。登録者こそ100万人を超えているけれど、再生回数はアベレージで数万回というクリエイターも珍しくはありません。それほど再生回数が分散されているということですね。
――視聴者の限られた可処分時間の奪い合いが起きているということでしょうか。
そうです。言い方を変えると「供給過多」ということ。チャンネルの数が増え過ぎてしまったが故、古参の有名YouTuberの動画再生数が、以前ほどまわらなくなってきてしまっている現状が確かにあります。
――再生回数に応じた収益を得られるというのがYouTubeの特徴です。そういう意味だと、以前ほど稼げなくなっているトップYouTuberもいるということ?
そう思います。古参の有名YouTuberの再生数を、芸能人が多く参入した3年前と比較してみたところ、最大で9割減少した方もいます。同じように活動しているのに再生数が稼げないのです。4~5年前は確かに「トップYouTuber」という枠にいたクリエイターが2022年に入り引退したケースも。戦国時代というのは言葉の例えではなく、古参の多くが苦戦を強いられており、まさにそういう時代の最中(さなか)ということです。
特に新型コロナウイルス禍になってからは芸能人が多く参入し、それに対し多くのYouTuberは危機感を抱いていた状況だったと思いますが、その危機感が現実になっているということではないでしょうか。
ショート動画の上手な活用は登録者数を増やす秘訣
――その一方で、YouTubeショートは投稿数も多く、23年2月からYouTubeショートも収益化されました。収益化が及ぼす影響はどのように考えていらっしゃいますか?
収益という面では、ロング動画のほうがメリットがあるのは変わらないと思いますが、間違いなくYouTubeショートを投稿する人は増えていくでしょう。これにより新しいスターが生まれる可能性も高まれば、内容が薄い投稿が散見される確率も上がる。良くも悪くも、変化は起きるのではないでしょうか。
今までは再生数が稼げて知名度は上げられるけれど、マネタイズができないというのがYouTubeショートの実態でした。今のYouTubeの雰囲気とがらっと変わっていく可能性があるでしょう。
――これまでのYouTube動画のある種の“定石”である10分程度の動画、またはそれ以上のロング動画の投稿数は減少していく見立てでしょうか?
それは難しいところです。従来のトップYouTuberはその尺の長さが中心というのは変わらないでしょうから。ただ、現在、チャンネル登録者数を飛躍的に伸ばしている方々はショート動画を上手に活用しています。
実際に「yutura」の22年10月の再生回数ランキングを見てみると、「スパイダーメーン」「さがわ」「じゅんや」など短尺動画に特化したクリエイターが名を連ねています。これらのチャンネルは言語に頼らない、エンタテインメント動画を発信していて、海外ファンが多いというのが特徴。海外人気を取り込むことがチャンネル登録者数を飛躍させる肝とは以前から叫ばれていましたが、それを体現した形となっています。
しかし、これらの数値は、いわゆる「日本のYouTube好き」がイメージするYouTubeの世界とは乖離(かいり)があると考えています。日本人からの知名度という視点で見ると、HIKAKIN(ヒカキン)さんやはじめしゃちょーさんに遠く及ばないでしょう。
一方、YouTubeショートではない動画が、長尺になっている傾向もあります。以前だと8~10分でも「長い」と指摘されていましたが、ここ最近では1時間尺の動画を更新するYouTuberも珍しくはありません。ヒカルさんやコムドットがまさにそう。それにより1本の動画で広告収入が多く発生しますが、YouTube的にも、可処分時間の奪い合いが発生している昨今の状況を受け、長くYouTubeに視聴者を滞在させてくれたクリエイターには大いに還元していくということでしょう。
そういう意味でもショート動画の収益化により、市場が活性化され、「動画の表現」という意味でもますます多様性を生むのではないでしょうか。
テレビとYouTubeの境目はなくなってきている
――いわゆる芸能人でYouTubeショートを活用し、飛躍した方はいましたか。
お笑いタレントのねづっちさんでしょう。チャンネル登録者数がしばらくの間、1万に届かなかったねづっちさんでしたが、現在では16万超(※取材時の段階)と飛躍的にその数を伸ばしています。以前からネタ動画は公開していましたが、ショート動画を活用してからその数を伸ばすようになりました。これはねづっちさんの芸がYouTubeショートのスタイルにひったりはまった証しと言えるのではないでしょうか。
一方、ショート動画ではありませんが、女優でファッションモデルの杏さんのチャンネルも大きな話題となりました。特に22年8月28日に公開された「【謙&杏】親子で料理をしました【Cooking】」と題した動画では、父親である俳優の渡辺謙さんと共演し、1000万回再生を突破しています。チャンネル登録者数も2カ月間で30万人ほど増加しているデータもあります。芸能人で飛躍的に数を伸ばしているほうだと言っていいでしょう。
――親子で料理を作るというシンプルな内容でしたが、世間に大きなインパクトを与えましたね。
家族共演はYouTubeで受けが良い傾向があります。例えば、元モーニング娘。の藤本美貴さんも、ご主人の庄司智春さん(品川庄司)とたびたび共演し、好評を博しています。22年8月9日に公開された「【ドッキリ】ミキティ、庄司と全く同じ格好で迎えに行ってみた【いきなりペアルック】」と題した動画は、500万回再生を突破しています。コメント欄を見てみると「全てのドッキリがこのくらい平和で穏やかになってほしい」という声も。攻めたドッキリ企画ではなく、見ていてほほ笑ましくなるような内容でもYouTubeでは需要があると感じます。
ほかにも、なかやまきんに君さんも2022年に話題になった1人ではないでしょうか。「ザ・きんにくTV 【The Muscle TV】」のチャンネル登録者数は200万人に迫る勢いと、芸能人チャンネルの中で、かなり高いほうです。同年に吉本興業を退所しましたが、事務所やテレビの仕事に頼らない芸人さんがYouTubeに流れてきているのは、やはりひとつの象徴的なトレンド。オリエンタルラジオの中田敦彦さん、キャンプ動画で人気のあるヒロシさんもまさにそうです。
――「YouTube」がキャッチフレーズにしていた「好きなことで、生きていく」を体現している存在と言えそうですね。
一方で、テレビや舞台で活躍する芸人さんのYouTubeチャンネルも伸びているものがあります。霜降り明星の粗品さんは動画で話した内容がネットニュースに取り上げられることも多く、より広く拡散されています。
18年に“カジサック”ことキングコングの梶原雄太さんがYouTube参入を表明したときは大きな話題になりましたが、その頃はまだ芸人さんがYouTubeで自己表現していくような足場が固まっていませんでした。それ故、世間では「成功できるの?」と疑問視するような意見が多く見られました。ただ、今の芸人さんはYouTubeのセオリーを理解した上で、参入している。そういう意味でも、テレビとYouTubeの境目がなくなってきていると感じます。
かつてのテレビの立ち位置にYouTubeが近づいていると感じます。フワちゃんもメディアに出始めた頃はYouTuberという肩書でしたが、現在では芸能界の中心にいる。一方でコムドットの地上波初の冠番組「コムドットって何?」(フジテレビ)が放送される事例も。今後もそういった相互関係がどんどん活発になっていくのではないでしょうか。