若い世代を中心に高い人気を持つTikTokに対抗するように、YouTubeはYouTubeショート、Instagramではリールといった、スマホで見ることを前提とした縦型ショート動画に力を入れ、それらの投稿がSNSで大きな存在感を放っている。この現状に、SNSの口コミ分析を手がけるユーザーローカル代表取締役の伊藤将雄氏は「限られた可処分時間の奪い合いがますます激しくなってきている」と語る。そんな中、伊藤氏が“今後のSNSの活用”という視点で注目しているものとは?
――2022年のSNSで一番の大きなトレンドは何だと思われますか?
一番の大きな流れとしては、ショート動画がInstagramやYouTubeに波及したことで、競争がより激化したことでしょう。この情報過多の時代、若者にも見るべきものが大量にあるわけで、その中で最初の数秒で面白いと思ってもらえるものだけが生き残るような、限られた可処分時間の奪い合いがますます激しくなってきている印象です。
Instagramは2020年に短尺動画に特化したリール機能を実装させましたが、ここ最近はそのリールにますます重きを置くようになってきていると推察します。リールはフォロワー以外にも映像が出るようになりますし、同じ米Metaが手がけるFacebookの中でもリールの動画が見られるようになりました。そういった意味でリーチ(コンテンツを見た人数)やインプレッション(コンテンツが表示された回数)を増やしていく方向にサービス自体が向かっていっているのではないでしょうか。
一方、YouTubeは23年初頭からYouTubeショートの収益分配モデルを強化しました。「ショート動画といえばTikTok」という状態でしたが、YouTubeもここからさらにショート動画市場に力を入れていくことでしょう。
――例えばInstagramだったら「インスタ映え」、YouTubeはシンプルに「動画」、Facebookは「主に友達・同僚などの動向を確認するツール」のように、それぞれセグメントが分かれていた印象でしたが、今はそういったすみ分けが崩壊しつつあるということでしょうか。
サービスを見てもらう・使ってもらうための新たな仕掛けを施すことに、ためらいがなくなってきているように感じます。これまでは、どの企業も“金持ちけんかせず”的に、それぞれ差別化されたテーマの中で運用を行っていましたが、各サービスがユーザーの滞在時間を延ばすのに必死になっている状況ではないでしょうか。
最近、若者の倍速視聴がありますが、SNSのほかにも各種サブスクリプション(定額課金)やゲームなど、見る・やるべきものが多すぎて、時間が足りないというのが現状だと思います。同時に今の若者は効率の良さを求め、それこそ良質なものはすぐにネットで評判になる。だからこそ、SNSを使って話題をつくる必要があるのでしょう。
VTuberファンがTikTokを利用するように
――イーロン・マスク氏による買収など経営面で注目を集めるTwitterですが、サービス自体の変化はどのように見ていますか?
Twitterも“Clubhouse(クラブハウス)のTwitter版”ともいえる音声SNSサービス「スペース」を21年に実装させるなど、コミュニティー機能は拡充させています。一方でTwitterのサービス自体は従来の形からは大きく外れていない印象です。
そんな中でやはりTikTokというサービスの存在感は、どんどん増しているのではないでしょうか。もともと若年層向けのメディアと認識していましたが、そのほかの幅広い年代にも使われるようになってきた。確実に見ている・利用する人が増えてきていると思います。
――TikTokで注目を集めた事例として印象に残っているものは何かありますか?
水曜日のカンパネラはボーカルがコムアイさんから詩羽(うたは)さんに代わり「どうなるのかな?」と注目していましたが、22年5月に発表したアルバム「ネオン」の収録曲「エジソン」がTikTokで大ヒットしました。メンバーチェンジにより、ファンが離れてしまうケースは多いですが、「エジソン」でブレークしたことで、古参のファンを喜ばせただけではなく、新規のファンを獲得したことにもつながったと思います。
VTuber(バーチャルユーチューバー)もTikTokを使って知名度を上げる事例が生まれています。湊あくあは「#あくあ色ぱれっと」という楽曲がTikTokで流行しましたし、宝鐘マリン、沙花叉クロヱもTikTokで存在感を高めています。もともとVTuberとTikTokはあまり相性が良くないと感じていましたが、その2つの事例が生まれたことで、VTuberファンがTikTokを利用するようになりました。
TikTokがきっかけとなり、VTuberのYouTubeチャンネルの登録者が10万人ほど増加した例もあります。やはりTikTokは若者を中心に新たな才能を発見するきっかけとなるツールになっていると感じます。
ライブ配信の活用が重要なポイント
――今後、SNSの活用という視点で注目しているものは?
最近、すごくうまくいっている取り組みとして注目しているのは、オンラインライブのSNSを使った運用です。例えば最初の15分だけYouTubeで流し、Twitterなどで感想が拡散されることで、トレンド入りする。そうすることで、たくさんの人がライブの存在を知り、一部の人はそこから課金をしてライブ配信を楽しむという動線が出来上がります。
実際のライブはもちろんですが、配信ライブもほかに替えがきかない唯一無二の体験を味わえます。それに対してお金を支払うことをためらわない方は多くいるでしょう。ライブは関連グッズを販売することも含め、マネタイズの仕組みとして、やはり優秀だと感じます。
そういった意味でも今後もライブ配信の活用は、エンタテインメント業界にとって重要なポイントになってくるのではないでしょうか。TikTokではどんなに曲が再生されたとしても、マネタイズという点で見ると、まだクリエーターへの収益化が整っていません。では、どこでマネタイズをするんだとなったときに、ストリーミング再生による収益のほか、何かしらの柱がもう一つ欲しくなってくる。そうなったときに、ライブ配信は有効な手段だと考えます。
ライブ配信が芸能事務所にとって利点だという点は箱のキャパが決まっていないというところ。人気のアーティストによる公演のチケットが即完売してしまう話はよくありますが、オンラインでしたら定員という概念は無いに等しい。小さな箱を借りて、ライブ配信でプラスオンの収益を得ることで、用意していた箱が“埋まらなかった”というリスクも回避することができます。新型コロナウイルス禍で注目を集めたオンラインライブ配信ですが、今後もうまく活用することで、市場は伸びていくと予測しますし、芸能事務所も積極的に利用していくのではないでしょうか。
YouTubeでは「スーパーチャット(以下、スパチャ)」と呼ばれる投げ銭機能が今後も存在感を高めていくでしょう。たとえスパチャで私財を投じる視聴者が200人だったとしても、平均で5000円ずつ支払えば「100万円」の売り上げが立ちます。人数は小規模でも高い熱量を抱えるファンがいることで、マネタイズが成り立ち、芸能活動を続けられるパターンも当然あります。
多くの人がお金を支払うことで成立する配信ライブ、スパチャで一部の熱狂的なファンがお金を支払い推しを支えていくスタイル、その両方が今後も共存していくでしょう。いずれにせよ、よりデジタルの方にエンタテインメント業界のマネタイズポイントが移っていくんだろうと考えています。